「月末、管理課は地獄を見る」
第十二話
月末というのは、どうしてこうも急に来るんだろう。
気づけばいつも、あと2日しかない。
だけど、その“あと2日”で全部が押し寄せてくるのが、管理課という場所だ。
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◆ 8月30日(水)/朝8:15 管理課
「八木原くん、朝から悪いけど、今日これお願い」
と、大島さんから渡されたのは、見積書と稟議の束(重い)。
手配ミスの報告書付きで、しかも2件。
さらに、掲示板の月次更新依頼と、社用車のオイル交換期限チェックの付箋メモ。
(いや、まだPCの電源も入れてないんですが……?)
その横で、佐伯さんは電話対応で四苦八苦していた。
どうやら、備品の発注ミスで別部署から軽く詰められているらしい。
ようこそ、月末の管理課へ。
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◆ 午前10:40/二重・三重に押し寄せる依頼の波
•【経理部】「請求書の科目が違ってるから再提出お願いできます?」
•【製造部】「棚の高さが合わなくて、備品入りません。管理課で対応できます?」
•【総務部】「来月の健康診断の名簿、今日中に提出してね」
•【警備会社】「来月の入構証、変更ありましたっけ?」
……うん、あれだ。
この世には、「一度に来る必要はなかった仕事たち」が確実に存在する。
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◆ 昼休み/食堂のカレーは癒し
「今日、仕事終わると思います?」
「終わるかどうかじゃなくて、“どう終わったことにするか”です」
八木原と大島の、この悟りの会話はカレーと一緒に胃に染み渡る。
佐伯さんは、初の“月末カオス”に若干ひきつった顔で唐揚げをかじっていた。
「みなさん、なんで普通の顔していられるんですか……?」
「慣れという名の諦めですね」
「それと、カレーは裏切らないから」
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◆ 午後2:20/印鑑も手も止まらない
印鑑、チェック、メール、電話、印刷、修正、提出、再提出。
手が止まった瞬間、「あ、それ今日中ね」の声がどこかから飛んでくる。
みんな無言だけど、誰もサボってない。
そういう日だ。月末って、たぶん会社の“耐久テスト”みたいなものだ。
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◆ 午後5:40/すべりこみ印鑑&缶コーヒー
「終わった……ように見える、だけ」
ひとまず今日の提出物は全部回収できた。
正確には、「回収できたことにして帰ろう」という意思のもと、管理課が静かに帳尻を合わせた。
疲れきった八木原の机の上に、大島さんが缶コーヒーをそっと置く。
「生き延びたな、八木原くん」
「死にかけましたけどね……次回はもっと早くやります、たぶん」
「それ毎回言うやつ」
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◆ 夜/寮の部屋、カーテンの隙間から見える夜空
さっきまでの資料、押印、電話、ファイルが、まるで夢だったかのように静かな部屋。
けれど頭の中では、今日一日のノイズがまだ鳴っている。
だけどその奥に、少しだけあった。
**「ああ、俺、この会社の“まわりを支える仕事”してるな」**という、確かな手ごたえ。
・月末は、会社全体の“人間力”が試される
・華やかさはないけれど、管理課の仕事には“地面を支える力”がある
・誰かに見られなくても、ちゃんと機能する。それが、誇り
月末を乗り越えた者にだけ許される、“ちょっとだけの誇り”。
それが今日のご褒美だった。