「地方支社へ、ようこそ、ようこそ、地獄へ」
第一話
ここは香川県丸亀市。
讃岐うどんと丸亀城と、あと……正直、それ以外はほとんど知らなかった。
そんな土地に、僕は「異動」という名のスーツケースとともに送り込まれた。
八木原勇吾、26歳。東京本社からの転勤一発目、地方支社の管理課へ。
異動理由は上司いわく「経験値上げるには最高の環境」らしいけど、僕が欲しかったのは経験値じゃなくて、できれば定時退社だったんだよな。
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丸亀駅に着いてまず思ったこと。
空が広い。やたら広い。あと、なんか空気がうまい。吸いすぎてむせた。
工業団地の端っこにある会社の支社は、なかなかに風格があった。
“歴史ある”とか“味がある”って言えば聞こえはいいけど、つまりは古いってことだ。
看板は錆びて文字の一部が読めないし、社旗はちょっと裂けてて、風にひらひら舞ってた。もはや哀愁。
でもまあ、配属された管理課のドアを開けてすぐ、哀愁どころじゃない現実がやってきた。
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「おう、八木原くんか。ええタイミングや。ちょっと草、刈ってくれ」
管理課課長・藤巻さん(作業着・無表情・声デカめ)が、まるで「コーヒー買ってきて」みたいなテンションで言ってくる。
いや待って。僕、営業出身なんですけど。パワポ作れるけど、草は刈れない。履歴書にも書いてない。
「えっ……草を……刈る?」
「そうや。A棟の裏、ボーボーや。監査来るし、今週中にな」
いや、いま“刈る”って言ったよな?
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そして始まる、人生初の草刈りタイム。
作業着に着替えて、軍手はめて、草刈り機を背負う。あれ、これって会社員の格好だったっけ?
香川の5月、想像以上に暑い。汗が止まらない。蚊も飛ぶ。草、無限にある。
隣の作業場からは「よっしゃー!稼働率100%じゃー!」って叫び声。こっちは草との戦争中ですけど。
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昼休み、食堂で味噌汁をすすってたら、隣に座ってきたのが大島沙織さん。経理の人。ジャージ姿で湯気の向こうからいい匂いする。
「初日から草刈り、お疲れさま。管理課、思ったより野外活動多いでしょ?」
「思った以上でした……いま僕の脳、Excelじゃなくて光合成してる気がします」
「ふふ、でもね。管理課って、地味だけど会社の土台なのよ。誰かがやらなきゃ、工場って止まっちゃうから」
その言葉はなんか、味噌汁より染みた。
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夜、寮の部屋でスーツケースを開ける。
きれいに畳んだシャツとネクタイが、今日の自分とまったく合ってないことに気づく。
鏡を見ると、作業着。うっすら草の汁がついてる。
でも、嫌じゃない。泥くさいけど、変な充実感がある。
東京で「営業成績」とか「KPI」とか言ってた自分は、今日、草を刈って、味噌汁を飲んだ。
……もしかして、人生、ちょっとだけマシになったかも?