引越して日曜日
尾美さんは、自由人だった。
40歳手前のいい歳こいたおっさんのオレが、浮かれて「おはよう。ミーティングが1つ終わったところ」なんてメッセージを送ったら、返信は「おはよ」のスタンプONLY。お昼、メッセージを送ってみたけれど、既読にならなかった。夕方、さすがに送るのを控えたら「横浜」と横浜駅西口五番街の画像。
「仕事?」「なんとなく。画像収集」「**におすすめのラーメン屋あるよ」「行ってみるね」
おおーっ。つきあってる感ある。これがリア充。おっさんだけど。
土曜の夜、今度は自分の部屋に招こうとカレーを作った。尾美さんは、動画編集の仕事が終わらないらしく、カレー&セックスで帰ってしまった。日曜の夕方連絡が来て、尾美さんの部屋に招かれた。多分、前日のことを申し訳なく思ったんだろう。尾美さんは、ネトフリ観ようとしたら秒で寝た。そんなに疲れていたのに呼んでくれた律儀さがかわいい。
ウィークデー、オレに時間的な余裕があまりない。とはいえ、特別な会議がなければ、仕事は早く終わらせることにした。辞めるからか、ちょっとした判断に時間を割かなくなった。けっして手を抜いているわけじゃない。でもまあ、気負いは減ったんだろう。で、今更自炊するようになった。作ると尾美さんが来てくれる。餌付け。
オレは尾美さんを繋ぎとめるのに必死だった。
本当は、どっちかの部屋に入り浸るって状態にしたかった。数日後、オレが引っ越すから。一緒に暮らしたい。すっげー好き。
引っ越した。徒歩圏内だけれど、もう会えないことを覚悟した。
一緒にいて感じた。尾美さんには、自分のテリトリーがある。
生活は不規則。仕事がら引きこもりがち。突然考え始める。突然パソコンに向かう。家事は苦手。食事はかつてのオレと同じく、外食や弁当。もっと酷い。人参や乾麺丸かじりはいい方。めんどくさいときは食べない。必要に迫られて洗濯はするけれど、基本、下着以外は畳まない。ハンガーで干して、乾いたらそのままクローゼット。生活感0。掃除だけは好きなのだそう。
連絡は基本オレから。尾美さんからの返信は短い。
総合的に考えて、同じマンションくらいの距離がベスト。一緒に暮らしたら、生活にリズムがない尾美さんと早起きすぎるオレとは不自然な空気になるだろう。オレが料理を担当したとしても、食べないかもしれない尾美さんと気を遣い合う。離れたら、お互いに時間が合わなくて、すれ違う。そもそも、尾美さんはオレに「会いたい」という感情があるのか怪しい。
一応、新居で一緒に、荷物の段ボールを開けた。
「キッチン用品、ぜんぜんないじゃん」「料理しないからさ」「だねー。私も」「ははは」「テレビ配線OK」「あ、歯医者さんで殺人事件って」「どこでもあるんだな」「本、多っ」「尾美さんがそれ言う?」「そっか。私、あの部屋なんとかしなきゃなー」「東京のジオラマっぽい」「新宿? 丸の内?」「丸の内かな」「あはは」「引越し蕎麦食べに行こ」「行く!」
引っ越す前、引越しが決まらない尾美さんに、言いたかった。「一緒に暮らそう」って。
が、ここは狭いんじゃね? 生活時間帯が全く異なる2人を包容しきれない気がする。さっきまでいたマンションは、リビング約20畳、高い天井、広め2ベッドルーム。今度の部屋は、リビング16畳、旧日本家屋よりは高い程度の天井、狭め2ベッドルーム。
「今日こそ言うぞ!」と意気込んでいたオレの気持ちがしゅるしゅると萎んでくる。物件を決めるタイミングがあと1歩遅ければ。……初めて知り合ったのは不動産屋からの帰り道だったから、どうしようもない。あと1歩遅ければ、オレは尾美さんと知り合っていなかった。
自分の今後も重ねると、一緒に暮らすという提案は、ずいぶんとヒモ的。FIRE予定のオレ。かたや、チャンネル登録者数100万人越えYouTuber。辞職について話してからじゃないと、詐欺男の計画犯罪のようになってしまう。
引っ越し蕎麦を食べながら会話する。
「オレ、明後日からNYなんだ」
「いーなー」
「仕事」
「いーなー。私も行こっかな」
「え?」
「私の仕事はどこでもできるから」
「5日間くらいの予定」
「私も行く」
「恋人同行なんて許されない」
「恋人。へへ。照れる。別に、飛行機もホテルの別にとるし」
ホテルが一緒とか仕事に響く。歳だから。じゃなくて、もうホテルは取ってある。
尾美さんは、オレの目の前で飛行機のチケットを取り、ホテルの予約をした。オレが泊まるホテルから3ブロック離れている。海外旅行に慣れていそう。
NY。
会議に参加したり、企業のお偉いさんに会ったり、ロビー活動の話を聞いたり、パーティにゲスト参加したり、友人に会ったり。忙殺。でもって、シンガポール支店への異動を打診された。栄転なんだけどさ。辞めようと思ってるんだよな。「考えさせてほしい」って答えたら「Why?」って。この場合の響きは、=即決しないなんてバカげている。確かに。
やっと時間ができて、尾美さんとセントラルパークを散歩した。日本ではしなかった手繋ぎデート。日本って、アラフォーが手ぇ繋いてたらキモいって文化だから。
ロマンチックってこーゆーことだよな。自分が舞い上がってるのが分かる。日本より少し寒いせいか、セントラルパークには赤や黄金色の葉がひらひらと舞い散る。
散歩しながら、シンガポールへの異動のことを考えていた。必要とされたのは感動的に嬉しかった。目の前にいた完璧な上司に、1歩の何分の1かでも近づけるんじゃないかなんて恐れ多いことを思った。シンガポールには何年か前に滞在したことがある。たぶん、仕事し易いとは、思う。東京より。生活は東京が楽。イリーガルに殺人事件とかなければ。
「ねーねー、ハドソン川沿い歩いたよ」
「英語は話せる?」
「単語並べるだけ。でも通じる」
「なら大丈夫。危ないとこ行かなけりゃ」
「危ないとこ、こっちの人が教えてくれた」
「友達?」
「チャンネル登録してくれてる人」
オレの頭の中に、英語やタイ語が並ぶコメント欄がよぎった。
「ここに住んでんの?」
「うん。ちょうど個展やってたから遊びに行ったんだ」
「へー。すげー人じゃん」
「パーティに誘われたんだけど、振る舞い方が分かんないし、社交辞令だろうし……」
尾美さんは地面を見つめて口籠る。めずらしい。いつもはっきりしてるのに。
「行きたいの?」
「うん」
「一緒に行こうか?」
「ホント!?」
うっわー。きらっきらの笑顔。




