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枯葉  作者: summer_afternoon
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日曜日にはお茶を


日曜日、不動産屋に足を運んだ。物件の条件は、勤務先から徒歩40分以内。始電終電関係なしのアメリカファースト勤務だから。電車がない時間は基本タクシーを使うが、歩ける方が便利。辞める予定であっても引っ越しの方が先だから仕方がない。ちなみに、今住んでいるところは、勤務先から徒歩20分。


東京の中心から徒歩圏ってお高い。今のマンションが結構いいから、そーゆーとこばっか勧められる。一応、前もってピックアップした物件はツリだったっぽい。


「なるべく安いところで」


FIRE予定。現在住んでいるマンションは購入したとこ。もともとは外国人同様、投資用と考えていたから、自分の家に住めなくなることはどーでもいい。

引っ越すと決めたら素晴らしいことに気づいた。今住んでるとこを賃貸にすれば、FIREしても月々金が入ってくる。

おおー。徒歩20分を徒歩40分にしただけで、すっげー値段が変わる。

案内されて即決。


戻って契約書に記入しているとき、別の客の声が聞こえた。


「YouTuberはダメなんですか?」


目の前で、オレを接客していた社員が微妙に眉をひそめた。

オレにとっては他人事じゃない。よかった。職があるうちに引っ越すことになって。


不動産屋を出るとき、偶然、女性と一緒になった。この人、さっきの「YouTuberはダメなんですか?」の人だよな。

歩き始めると方向が一緒。女性はオレの数メートル前を歩く。なんか嫌だな。ストーカーと間違えられてるかも。まあ、すぐにマンションに着いて疑いが晴れる。

歩いていると、マンション前まで一緒だった。ご挨拶。


「どーも。こちらの方だったんですね」


ここに住めるってことは、YouTuberでも結構トップの方なんかな。それとも、実家暮らしのコドオバ? (コドオバ=子供部屋おばさん)

女性の年齢は30代半ばに見える。


「ああ、さっき不動産屋さんにいらっしゃった」


にこっと微笑んだ女性は、美人。歩いてる姿を後ろから見てるときも思ったんだよな、美人って。顔見えてないのに変なんだけどさ。佇まいってやつだろうか。長身でスラッとしたアスリート系シルエット。


「引っ越しなさるんですか?」


不動産屋にいたから当たり前なんだけど、会話として尋ねた。


「はい。ちょっとネットに住所が晒されてしまって」


ん?


「奇遇ですね。自分もです」

「まさか。それって昨日のニュースのですか?」

「はい。迷惑ですよね」

「ホント困りますよね」


おお、これは!

で、なんとなく、マンションに隣接する商業施設のカフェに入った。


「いーなー。住むとこ決まったんですね? 私、YouTuberだから寒い目で見られちゃって」


窓際のカウンター席、隣で女性がはああっとため息をつく。


「YouTuber、今をときめくですね。どのチャンネルですか? もしよかったらですけど」


美人だから、メイクとかファッションとかかな。


「これです」


見せられた画面にはアニメーションと風景。アニメは人物じゃなく人工物だったり、空想的な建物だったり、不思議な世界観。BGMはジャズ。チャンネル名は「036」。チャンネル登録者数を見ると100万人越え。盾とか貰えるんじゃなかったっけ。コメント欄は英語やフランス語だけでなく、タイ語やアラビア語まである。


「へー。なんか、かっこいい。これ、1人で?」


そんな感想しか言えなかった。芸術音痴で。


「そうです」

「ゼロサンロクさんとお呼びすればいいですか?」

「私、苗字が尾美なんです。6月生まれなので」

「尾美さんなんですね。安藤です」


自然に自己紹介し合えてヨカッタ。


「オレ、こーゆーの詳しくないからよく分かんないんですけど、作るのに時間かかりそうですね」

「めちゃくちゃかかります」

「じゃ、時間なくてアレに登録したんですか?」


アレとは、マッチングアプリのこと。この人、美味しそうなんだよな。健康的で美人だし。普通の生活してたら、男に不自由するタイプじゃない。


「はい。親に言われて強引に」

「親かー。一緒に住んでるんですか?」

「いいえ。実家は近いっちゃ近いんですけど」


親が関東圏内。よし、こっちの情報も出しとこう。


「オレ、実家は横浜なんですよ。山の方ですけど」

「横浜。いいところですね。よく写真撮りに行きます」


この人、結婚願望あるんだからさ(親が)、もう「つきあってください」って言っちゃってよくね? どストライクだよな、外見。話しててもテンポとか、合うし。このまま帰るなんてもったいない。連絡先聞け、オレ。


結論。怯んだ。情けない。

これまでオール、言い寄られてつきあったから、自分からアクションする勇気、出なかった。ヘタレ。

高校時代、友人Aは今の奥さんに5回フラれた。大学入学前の春休みに「可哀想だから」ってデートしてもらって、大学時代に交際スタート。今更、そのメンタルの強さを尊敬。見直した。お前は漢だ。今度言っとこ。ストーカーっていじってたことを猛省。


部屋でぼーっとソファに寝っ転がって、再度、SNSに晒されている個人情報を見てみた。尾美さん尾美さんっと。あ、あった。歳、一緒。アンダーライン引かれてるし。へー。YouTubertって儲かるんだなー。


翌日は早朝から仕事。外資のIT系はホワイトらしいが、外資でも金融系はブラック。会社自体はブラックじゃないし、役職的に、本来長時間労働の必要はない。が。結果を出すにはブラックになってしまう。転職ありきの外資で40歳手前まで居座っているオレは、漆黒の闇に落ちるような働き方をしてきた。周りの能力が高すぎるから努力でカバーするしかない。でさ、思うわけ。自分はここまでの人間なんだろーなって。優秀な上下にサンドイッチされて、こぼれ落ちていくドレッシングまみれのレタス。そんな感じ。

辞めようと思っていることは、友人Aにしか話していない。


『まー、お前はもう他のヤツの30人分ぐらい儲けたからいーんじゃね? そんだけ頑張ったってことだろ』


そう言ってくれた。『30人は言い過ぎ』って返したけどさ。

心の中はヘドロみたいになってるのに、「おはようございます」と挨拶されると「おはようございます」と溌剌と返す。姿勢を正して颯爽と歩く。本当の自分ではなく、求められる人間像を思い描いて(こな)す。


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