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枯葉  作者: summer_afternoon
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撹乱の土曜日


鰯雲流れる空の下、ジョギング中に黒い密談をしていた。皇居の木々は紅葉の盛り。何人かが友人Aとオレを追い抜いていく。


「今ならイケる」


まだ辞める前だから。

オレは、幸せ太りで年輪のように脂肪を蓄えた友人Aに決意表明した。恋人を作ると。近日中に。


「アンドゥー、お前なー、そんな肩書き大事?」

「おう。『無職でいい』っつー女ってどうよ」


余裕のなさそうな友人Aは、少し喋る間にも、はあはあと息継ぎをする。幸せすぎの弊害だ。ざまあ。


政府による人口増加プロジェクトのマッチングアプリ登録には虚偽が認められない。マイナンバー提示。源泉徴収画像までというエゲツなさ。それでも参加したい。生涯の伴侶までいかなくても、寒い冬を一緒に乗り切る相手が欲しい。できればSランク。(この小説はフィクションです)


「まーな。お前の顔面と肩書きなら、大抵の女釣れるし。ってか、釣っとけよ」

「あんな忙しくて、出会いなんてあるわけねーじゃん」

「向こうの人とかさ。美人秘書とかいたろ」


勤務先は外資の投資銀行。本社にいたことも他の国にいたこともある。秘書は男だったが、外国人女性とはたくさん知り合った。


「強いんだよ。強すぎるんだよ」


別に日本女性が弱いという訳じゃない。外資の投資銀行で知り合う女性は取引先なども含め、頭がキレッキレなのはもちろん、美人でコミ力お化けで心身共にタフだった。たぶん、オレが「FIREするんだ」(FIREとは経済的自立と早期リタイアのこと。要するに金に困らない無職生活)なんて言ったら、ゴミ虫を見るみたいな目をすると思う。向上心がすごい。……あと、夜の方を満足させられる自信がない。ジャパニーズピーポーだから。世界で最も性欲がない、、、じゃなくて薄い民族だもん。


現在オレは、日本支社に勤務中。もう、日本の生活が懐かしすぎて、仕事ハード過ぎて辞める予定。

で、辞める前に出会っとこうって思う。名刺を渡せるうちに。


「ってことは、優しい感じの子がいいわけ?」

「んー。昔はそうだったんだけどなー」

「だったよな。『両親から愛されて丁寧に育てられた帰国子女がいい』とかって、てめーはどこの上級国民だって発言してたよな」

「今は現実を分かってる。オレがFIREする予定だから、相手は医師か弁護士か親が資産家」

「死ね」


日本のIT企業勤務、絵に描いたようなTHE中年の友人Aは悪態をつく。学生時代の彼女と結婚し、子供2人、郊外に35年ローンで家を買った男。今は娘が中学受験をすることで頭を悩ませている。


「じゃ、オレ、先行くわ」

「そーゆーとこだぞ、アンドゥー」


走るペースが違い過ぎる。オレは、友人Aを置き去りにした。


本日は土曜。けれど、NYは金曜なわけで、日本時間の明け方、ミーティングとか普通にしてた。なんなら今だって仕事帰り。会社でジョギング用の服と靴に変えての退社後。スーツや鞄は駅のロッカーにある。鞄に入ったそれを担ぎ、歩いてマンションに帰った。同じ敷地内に商業施設があるマンションは、外国人向けの設計。最近、外国人の投資用として需要があり、実際の住人は少ない。ほとんど会ったことがない。


取り敢えず、シャワー&睡眠。

殺風景な寝るためだけのだだっ広い空間に、中身のない自分が重なる。

ブラインドを下ろすときに見えた中途半端な高さからの景色は、そこそこお洒落。

『ドクターアンドー』

リモートミーティングの面々が頭に浮かぶ。業績をつつかれ、日本企業の体質に物申され、旧態然とした政治にまで。知るか。オレの力が及ぶのは業績までだ。マジであいつら別の人種だよな。自信に溢れ、輝かしい経歴を持ち、バリバリと音を立てて結果を出す。オレみたいに私生活をオール犠牲にしてなんかいない。華麗な家族がいて、プール付きの家、なんなら別荘やクルーザーだってある。学生時代から培った華麗な者同士の横の繋がりまで装備。考えるな、振り返るな、寝る!


相当疲れていたのか、7時間後に覚醒。スマホには知人達からのメッセージがあった。マッチングアプリからのメッセージもあった。お! さっそく?

喜び勇んでアプリのメッセージを開く。


「個人情報漏洩に関するお詫びとご報告

この度、当プロジェクトにおきまして、個人情報漏洩が発生しました。多大なるご迷惑とご心配をおかけする事態になりましたことを心よりお詫び申し上げます。情報の厳重な管理を求められ(以下略)」


なんだ。女の紹介じゃないのか。情報漏洩。へー。よくあることだよな。名簿業者とかにかなー。銀行の口座番号とかクレジット関係は入力してねーし。


ジョギングを一緒にした友人Aからのメッセージも見てみた。


「ヤバいぞ。顔写真はぼかし入ってっけど、アンドゥーの情報SNSに晒されてる」


ん? 添付されたURLに飛ぶとSNSのアプリが開いた。スマホ画面に表示されているのは、人口増加プロジェクトのマッチングアプリに登録した情報の表。ずらーっと名前、年齢、住所、勤務先、年収が一覧になっている。でもって、ご丁寧に、オレのところにアンダーライン。他にもアンダーライン入りがちょこちょこいる。

知人達からのメッセージの内容はほぼこの件だった。むか〜し昔の知り合いの女、何人かからもメッセージがあった。「久しぶりに会いませんか?」的な。勤務先と年収バレたからかな。よーするに、こーゆー女を釣ろうと思って個人情報を登録したはずなのに。なんか、萎えた。


ぶぶーっと友人Aから新たなメッセージが入る。「TV」? テレビを点けてみれば、どっかの省庁の大臣が深々と頭を下げている。プロジェクト終了かよ。責任を持って原因を追求し職員の教育をうんぬんって、その前に責任持って漏れた情報消せや。


くっそ。住所まで。引っ越そ。

そうか。引っ越しには勤務先が必要。仕事辞める前に気づいてよかった。明日、マンション探そ。もう夕方。土曜日が終わる。


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