9.絃葉と美緒の出会い② 過去編
私は美緒ちゃんと出会って、軽音部に入って前よりも心が晴れた気がした。しかし、私の中にはまだ不安の影が残っていた。両親の反対を押し切ってでも音楽を続けるべきなのか、自分にはまだその覚悟ができていないように感じた。演奏が終わって片付けをしているとき、私はそっと美緒ちゃんに問いかけた。
「美緒ちゃん、私が音楽を続けることで、両親を悲しませることになったら…それでも、私は自分のやりたいことを貫くべきなのかな?」
美緒ちゃんは少し考え込むように黙り込み、やがて真剣な表情で答えた。
「それは、簡単に出せる答えじゃないよね。私も同じ状況にいたら、きっと迷うと思う。でも、絃葉ちゃんが本当に音楽を愛しているなら、それを押し殺してしまうのは絃葉ちゃん自身を悲しませることになるんじゃない?大事なのは、自分がどうありたいかってことだと思うよ」
私はその言葉に、新たな気づきを得たような気がした。家族の期待と自分の夢の間で揺れる気持ちがあるのは事実だが、自分自身を大切にすることもまた必要なのかもしれないと感じ始めた。
その夜、自分の部屋で鍵盤に向かいながら、美緒ちゃんの言葉を何度も反芻していた。「自分がどうありたいか」その問いは心に深く響き、答えを求めて私の心を揺さぶっていた。指先が鍵盤に触れるたび、これまで抑え込んできた想いや葛藤が、音となって溢れ出すようだった。
次の日、練習が始まると、私の指はまるで新しい自由を得たように軽やかに鍵盤を走り回り、いつも以上に情熱的な音を響かせた。美緒ちゃんの歌声と、他のメンバーの演奏が絡み合い、音楽が一つの絆となって私たちを結びつけていくのを感じた。
ある日の夕方、私と美緒ちゃんは練習後に二人で街を歩きながら話をしていた。
美緒ちゃんは、私に少し照れくさそうに切り出した。「実は、最初絃葉ちゃんと仲良くなれるか不安だったんだ。いつも成績上位で品行方正なイメージがあって、私なんかと釣り合わない気がして。だからこうして絃葉ちゃんが一緒に居てくれるの本当に嬉しいよ」
私は、美緒ちゃんの意外な一面を垣間見た気がして微笑んだ。
「私そんな近づきにくいイメージあった?」
「あったよ!なんか清廉潔白で孤高のイメージで……話しかけるのめっちゃ勇気出したんだから!」
「勝手に扉開けてきたのに?」
「そうだよ!」
私たちは顔を見合わせて、思わず笑った。
「あはは、ねぇねぇ私たちお互い呼び捨てにしない?」
美緒ちゃんが提案してきた。
「えっ、うん。もちろんいいけど……ちょっと恥ずかしいなー」
「いいじゃん!じゃあ私から……い、絃葉?」
「えっと何……み、美緒?」
恥ずかしさに耐えきれず私たちはお互い顔を赤くした。
「……何か照れくさいね」
「そうだね……美緒」
「……でもさっきより距離近くなった気がする!」
美緒はそう言い私を見て微笑んだ。私はそれに答えるようにそっと彼女の手を握り夕暮れの街をゆっくりと歩いていった。
それからの練習はさらに一層熱を帯び、私たちの音楽は日に日に成熟していった。私は、自分が演奏に込める気持ちがどんどん増していることに気づき、改めてこの場所にいる幸せを噛みしめた。そしてライブのため、私はその思いを全ての音に託して、みんなと共に観客に届ける準備を整えていった。
当日、ステージの幕が上がり、照明が私たちを照らす中、私は深呼吸をして鍵盤に手を置いた。美緒が隣で微笑みながら小さく頷くのを見て、私は心からの音を響かせ始めた。曲が始まり、指先が鍵盤に触れると、柔らかくも力強いメロディが会場全体に広がっていった。美緒の歌声と美しく重なり合って、一つの空間を包み込むように響き渡った。
曲がクライマックスに差し掛かると、私の心は完全に音楽の中に溶け込み、目の前のすべての不安や迷いが消え去っていくのを感じた。観客も私たちの情熱に引き込まれ、静かに息を呑む様子が伝わってきた。
演奏が終わり、会場はしばしの静寂の後に大きな拍手で包まれた。その瞬間、自分がずっと探し求めていた「本当の自分」を見つけたような気がした。ステージを降りた後、美緒が私の肩にそっと手を置いて笑顔で言った。
「絃葉、最高だったよ。絃葉の演奏、本当に心に響いた!」
その言葉を聞き、込み上げる感情に涙をこらえながら微笑んだ。
その夜、ライブの余韻が胸に残る中一人帰り道を歩いていた。夜風が頬を撫で、静かな街の音が心に染みわたる。ふと、ステージで感じた解放感が、何度も頭の中を巡り、自分が歩むべき道について考えさせられた。突然、後ろから美緒の声が聞こえた。
「絃葉、ちょっと待て!」
振り返ると、美緒が軽く息を切らせて立っていた。彼女は私の隣に歩み寄ると、夜空を見上げながら少し黙って歩いた。しばらくして、美緒がふと口を開いた。
「絃葉、今日の演奏は本当にすごかった。絃葉は自分が思ってる以上に才能があるし、その音で誰かを動かす力があると思うの」
私は美緒の言葉に驚きながらも、どこか自分でもその感覚に気づいていた。そして、胸の中にわだかまっていた不安や迷いが少しずつほどけるような気がした。
「でも……親には、音楽の道に進むことは無理だって言われてるの。学業を優先して、しっかりした仕事に就けって……」
美緒は真剣に私の言葉を聞き、しばらく黙っていた。そして静かに言葉を選びながら答えた。
「絃葉、確かに親の期待や、社会の常識っていうのは大切かもしれない。だけど、絃葉の人生は絃葉のものだよ。自分が心からやりたいことを見つけたなら、それを大切にするのも大事だと思う」
その言葉に、私の心が大きく揺れた。自分が選んだ道に進む勇気が持てず、親の期待に応えようと自分を抑え込んできた日々。しかし彼女の言葉が、私にとって新たな光となり、その先に続く道がぼんやりと見えた気がした。
「ありがとう、美緒。私、もう少し自分の気持ちを大切にしてみるよ」
その夜、私の心に芽生えた決意は、音楽という夢を追い続ける新たな一歩となった。
その翌日から、私は家でピアノに触れるたびに音楽への情熱がますます膨れ上がるのを感じた。しかし、その思いが強まるほどに、家庭内の雰囲気は暗く重くなっていった。
ある夜、静かにピアノを弾いていると、部屋に怒鳴り声が響いた。
「またそんなことをしているのか!」と父親の厳しい声が彼女の耳に突き刺さる。両親は揃ってリビングで待っており、私は怯えた表情でリビングへと足を運んだ。
「絃葉、もういい加減にしなさい。音楽なんて一生の仕事になんてならないんだ。いい大学に行って、ちゃんとした仕事に就くことが、お前のためなんだ」
父親はまっすぐ私を見つめながら、言い聞かせるように話した。私は俯いたまま、言葉を詰まらせていた。自分の夢を追うことが、こんなにも家族に苦しみを与えているのかと思うと、心が締め付けられるように痛んだ。それでも美緒の言葉が胸の中でかすかに響く。自分の道を選びたい、音楽を続けたいという思いは捨てられない。だけど、どうしても親を傷つけたくはない。
「ごめんなさい。でも、私、どうしても音楽が…」
「言い訳はもういい!お前の将来のためを思って言っているんだ!」
父親が怒りを抑えきれずに叫んだ。しばらく沈黙が流れたあと、母が口を開いた。
「絃葉、私たちが反対しているのは、音楽が嫌いだからじゃないのよ。ただ、将来の安定を考えたときに、音楽だけでは不安が多いの。それに、絃葉には素晴らしい頭脳と才能があるんだから、学業に専念すればきっともっと素晴らしい道が開けるわ」
母の言葉を聞きながら、私は下唇を噛みしめた。しかし、続けるべきだと思い、ゆっくりと再び話し出した。
「お母さん…その気持ちもわかってる。でもね、私にとって音楽はただの趣味じゃない。心の奥から溢れ出す何かがあって、それを止めることはできないの。美緒やバンドの仲間と音楽をしていると、まるで自分が自由になれるみたいに感じるの。だから、どうしても諦められないの」
父が少し困惑した表情で娘を見つめ口を開いた。
「分かったよ、絃葉。ただ、約束してくれないか?学業も大切にすること。それを続ける限り、音楽も応援しよう」
私は涙が零れそうになりながらも、静かに頷いた。その瞬間、私の中で何かが解放されたような気がした。
翌日、美緒にその話をすると、彼女は大きく頷きながら笑顔を見せてくれた。
「絃葉すごいよ、絃葉はやっぱり強いね。これでまた一歩進めるね、バンドとしても、絃葉自身としても」
私は深く息を吸い込み、心の中で新たな決意を抱いた。私はもう、後戻りすることはしない。
「私…自分の気持ちをちゃんと伝えられたことがすごく嬉しい。きっとまだ難しいこともあるけど、これからも音楽を続けられるって思うと、不思議と怖くなくなった」
美緒は頷き、優しく私の肩に手を置いた。
「うん、私たちも一緒に支えるから。絃葉の奏でる音色、心から楽しみにしてるよ」
その後、奏斗や颯楽も到着し、メンバーがそろって練習が始まった。私の演奏は以前にも増して力強く、そして繊細さが加わったものとなり、他のメンバーも自然と引き込まれていった。私の中で、音楽がただの表現手段ではなく、自分自身を解き放つためのものだと実感していた。練習が終わり、音楽室を出た後、美緒がふと立ち止まり、私の方に向き直った。
「ねぇ、絃葉。絃葉は自分の道を歩くために戦った。その覚悟、私たちみんなにとっても力になるよ」
私は小さく笑みを浮かべ、深くうなずいた。
「ありがとう、美緒。みんなのおかげでここまで来れた。これからも、一緒に歩んでいこうね」