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6. 三上 颯楽 過去編

僕は、小さい頃から自分の考えや感情をうまく表現するのが苦手だった。人前に出ると頭が真っ白になり、何を言っていいのかわからなくなる。学校でも、友達といる時でも、いつもどこか一歩引いてしまう自分がいた。音楽との出会いも、そんな自分の内にこもる世界の中で起こった。


ある日、母が古いドラムセットを家に持ち帰ってきた。それは近所の友人が処分しようとしていたものだったが、僕の好奇心を引きつけた。静かに叩いてみると、音の振動が自分の心と身体に響いてくるようで、不思議な感覚に包まれた。無言で感情を表現できるものがあるんだ、と気づいた瞬間だった。それ以来、部屋でひたすらドラムを叩くことが唯一の逃げ場になった。でも、外の世界では相変わらず引っ込み思案で、いつもオドオドしていた。学校の軽音部に入る勇気なんて到底なかった。人と向き合うのは苦手だ。自分の気持ちを言葉にするのはさらに難しかった。


そんなある日、偶然の出会いが僕の運命を変えることになる。学校の帰り道、彼は公園のベンチに座って、一人でイヤホンをつけて音楽を聴いていた。その時、突然隣に誰かが座った。驚いて顔を上げると、そこには有元 美緒がいた。彼女は学校でも人気のクラスメイトの1人だ。そんな人が僕に話しかけることなんてあるのだろうか。僕がこの異様な状況に戸惑っていると、美緒は爽やかな笑顔を浮かべて、僕の方をチラッと見た。

「何聴いてるの?」

美緒は気さくに話しかけてきた。僕は一瞬言葉を詰まらせたが、彼女のことを無視する訳にはいかないので答えた。

「あ、えっと……ジャズ……かな」

「ジャズ?いいじゃん!私も好きだよ。音楽好きなの?」

美緒が興味津々な顔で尋ねてくる。

「う、うん……少しだけドラムやってて」

「ドラム!すごいね!」

「でも、そんな上手くないし……人前でやるのは苦手で……」

僕は目を逸らしながら言った。美緒は少し驚いたようだったが、すぐに優しく微笑んで、

「そんなことないよ。私も最初はそうだったし、みんな怖いよね。でも、音楽ってもっと自由なものだと思うんだ。上手い下手じゃなくて、気持ちを込めて演奏すれば、それでいいんじゃないかな」

と、軽い調子で言った。その言葉は僕の胸に響いた。音楽を通じて、自分を解放していいんだ、と初めて思えた瞬間だった。


それから数日後、僕はまた公園で音楽を聞いているところに美緒と偶然出会った。美緒は「また会ったね!」と懲りずにまた明るく声をかけてきた。美緒は学校でも人気者で、いつもみんなに囲まれていたが、その日は彼女一人だった。少し戸惑ったが、美緒が自然に話しかけてくれることで、次第に心を開いていった。美緒は音楽に対する情熱を語り、僕も少しずつ自分の気持ちを話せるようになった。美緒は僕が抱えていた悩みや不安を聞いてくれて、「大丈夫だよ、絶対にできる」と何度も言ってくれた。その言葉は、僕にとって大きな支えになっていった。


ある時、美緒は僕に軽音部のことを話し始めた。

「ねぇ、颯楽。もし良かったら、私たちのバンドに参加してくれない?ドラムを探してるんだ。でも、無理にとは言わないよ。もし一緒にやってみたいと思ったら、いつでも言ってね」

僕はその提案に心が揺れた。自分がバンドに入って、他の人と一緒に演奏するなんて、これまで考えたこともなかった。だけど、美緒の言葉には不思議な力があった。彼女が言うと、なんだか自分でもできるんじゃないか、そんな気がしてくる。僕はその提案に戸惑いながらも、美緒の真剣な目を見て、どうしても断れなかった。自分なんかが参加していいのだろうかという不安はあったものの、「大丈夫、私がいるから」という言葉に励まされて、思い切って参加することに決めた。


スタジオに顔を出した初日、緊張で手汗がにじんでいた。美緒はそんな僕を気遣い、「最初は軽く合わせてみよう」と優しくリードしてくれた。そこにはすでにギターを持った北山 奏斗がいた。彼もまた、見た目とは裏腹に気さくに話しかけてくれたが、僕はやはりオドオドとしてしまい、なかなかうまく返事ができなかった。


しかし、演奏が始まると、音楽が僕を救ってくれた。美緒の歌声が響き、奏斗のギターがリズムに乗る中で、僕も少しずつ自分のペースでスティックを振るうことができた。音が重なるたびに、不思議と緊張はほぐれ、いつの間にか自分の殻を少しずつ破っていくのを感じた。曲が終わると、2人がにこっと笑いながら「すごくいい感じだったよ!」と褒めてくれた。その笑顔を見た瞬間、僕は少しだけ自信がついた気がした。練習が終えると、僕はドラムセットを片付けていた。僕の中でまだ緊張と不安が混じり合っていて、一段と疲れていた。どのように接すればいいのかがわからなかった。そんな時、奏斗がふと僕に声をかけてきた。

「おい、颯楽疲れたろ?ちょっと付き合えよ」

その言い方は強引に思えたが、僕は断れずに、うなずいて奏斗の後ろをついていった。


僕達は学校の自動販売機の前にたどり着く。奏斗がポケットから小銭を取り出し、無言で自販機を見つめると、僕に目を向けた。

「お前、何が好きなんだ?」

言い方はぶっきらぼうだが、その表情にはどこか気遣いが感じられた。

「あ、あの……コーラとか、好きです」

「コーラか、わかった」

奏斗はそう言うと、コーラを買って僕に手渡し、自分用にはエナジードリンクを選んだ。コーラを受け取った僕は少し戸惑いながらも、「あ、ありがとう……」

と小さな声で礼を言った。奏斗は無言で蓋を開けて一口飲んだ後、ちらっと僕を見た。

「なあ、颯楽。あんまり気負うなよ。練習中も、お前結構いいリズム出してたじゃねえか。もっとリラックスしてやれば、もっといい感じになる」

「で、でも……俺、あんまり上手くなくて……迷惑かけてないか不安で……」

と、僕は小さな声で不安を吐露した。奏斗はその言葉に少しだけ苦笑し、

「お前、そんなこと気にすんなよ。今日から俺たちは仲間だろ?仲間同士、助け合って成長すればいいだけだ。下手でも、今はそれでいい。大事なのは、続けることだ」

と言って、僕の肩を軽く叩いた。その瞬間、僕の心が少し軽くなった気がした。奏斗はクールで厳しそうな印象だったが、こうして話してみると、その内側にはしっかりとした思いやりが感じられた。

「奏斗……ありがとう。僕、もっと頑張るよ」

僕は少し自信を取り戻し、奏斗にそう言った。

奏斗は「おう、その調子だ」と短く答えた後、エナジードリンクを一気に飲み干し、空の缶をゴミ箱に投げ入れた。

「じゃあ、次の練習も本気でやれよ。俺が見てるからな」

と、奏斗はニヤリと笑ってみせた。その言葉に、僕は自然と微笑みを返した。


次の練習の日、僕は部室に少し早めに到着し、準備をしていた。すると、ドアが開き、奏斗がギターケースを肩にかけて現れた。

「お、早いじゃねえか。やる気出してきたな」

奏斗は軽く手を上げながらそう言うと、ギターをケースから取り出し、アンプに繋ぎ始めた。

「うん、なんかもっとみんなと一緒にうまくなりたくてさ」

奏斗はそれを聞いて、ふっと笑いながらも

「そりゃいいことだ。音楽ってのは一人でやるもんじゃねえ。みんなで一緒に奏でて初めて楽しいもんだ」

と、少し真剣な顔で言った。

「奏斗ってさ、冷たいように見えて、実はすごく優しいよね」

その言葉に僕は思わず口に出してしまった。すると奏斗は、一瞬だけ驚いたように目を見開いたが、すぐに照れ隠しのように肩をすくめた。

「なんだよ、いきなり。お前、そんなこと言うなよ。恥ずかしいだろうが」

彼は顔を少し赤くしながら、わざとそっけなく返事をした。そのやり取りに僕は笑ってしまった。自分でも驚くほど自然に笑えていることに気づいた。今までずっとオドオドしていた自分が、こうして少しずつだが変わってきている。それは美緒や奏斗のおかげだと、改めて感じた。


その後、美緒も部室に到着し、いつものように明るく声をかけた。

「二人とも、準備バッチリだね!今日は新しい曲を試してみようか!」

彼女の声に活気があり、部室が一気に明るくなる。


練習が始まると、僕は不思議と今まで以上にリラックスしてドラムを叩くことができた。奏斗のギターは安定して力強く、美緒の歌声がそれに完璧に溶け込んでいく。僕もリズムを合わせることに集中し、まるで音楽が自分たちをひとつにしているかのような感覚を覚えた。


休憩の合間、奏斗が僕に向かって話しかけてきた。

「なあ、颯楽。前よりずっと良くなってるぞ。もう不安に思うことなんてねえだろ?」

「うん、まだ完璧じゃないけど、前より自信持てるようになったかも」

と素直に答えた。奏斗の言うとうり前に比べて僕は不安を感じることが少なくっていた。

奏斗はニヤリと笑った。

「お前、頑張ってんの分かってるからな。次のライブ、期待してるぜ」

と軽く拳を突き出した。僕は頷き、その拳に自分の拳を軽く合わせた。

「うん、俺も頑張るよ」

と力強く返事をした。


その日、部室を出る頃には、僕の心の中には少しずつ自信が芽生えていた。自分はこの仲間と共に音楽を作り、成長していける。そう信じられるようになってきた。そして、奏斗との絆も、確実に深まっていた。


次のステップは、みんなで文化祭のステージに立つこと。ドラムスティックを握りしめ、心の中で誓った。

「絶対にみんなについていく。そして、最高のステージを作り上げるんだ」

その後も、軽音部の練習は順調に進み絆を深めながら、音楽への自信を少しずつ取り戻していった。文化祭が迫る中、練習の回数が増え、以前よりずっと落ち着いて演奏できるようになっていた。


ある日の練習後、奏斗が声をかけてきた。

「なあ、颯楽。お前、文化祭のステージは初めてだろ?」

「うん、初めてだから、正直まだちょっと怖いよ。失敗したらどうしようって考えちゃうんだ」

それを聞いて、奏斗は少し考えるような表情をしたあと、肩を軽くすくめて言った。

「まあ、失敗してもいいんじゃねえか?誰だって最初はミスするもんだし。俺だって最初のステージでコードミスって、めちゃくちゃ恥ずかしい思いしたけどさ、結局はそっからどう立て直すかが大事なんだよ」


その言葉に僕は驚いた。奏斗のようなクールで自信に満ちた人物が、そんな失敗をしたことがあるなんて想像もしていなかった。

「奏斗でもそんなことがあったんだ……」

「お前、俺が完璧だとでも思ってたのか?」

奏斗は少し笑いながら、ドリンクを一口飲んで続けた。

「誰でも失敗する。それが普通だよ。大事なのは、それで諦めないことだ。ここまで頑張ってきたんだから、ステージでもそのままやればいい。俺たちがついてるしな」


奏斗の言葉は、短くてぶっきらぼうなものだったが、そこには確かに思いやる気持ちがこもっていた。僕はその言葉に少しだけ心が軽くなった気がした。

「ありがとう、奏斗。そう言ってくれると、なんだか少し自信が出てきたよ」

奏斗はニヤリと笑って、軽く僕の肩を叩いた。

「いいから、考えすぎんな。音楽ってのは感じるもんだって、いつも言ってんだろ?俺たち、ちゃんと準備してきたんだから、大丈夫だ。あとは楽しむだけだぜ」


その夜、僕は家に帰ってからも奏斗の言葉を思い出していた。失敗してもいい、みんながついている――その言葉は僕にとって大きな励ましだった。失敗することを恐れるよりも、今まで自分が積み上げてきた練習を信じて、仲間と一緒に音楽を楽しむことが一番大事なのだと、ようやく心の中で納得できた。


そして、ついに文化祭の当日がやってきた。僕は緊張で手が少し震えていたが、奏斗や美緒の顔を見ていると、自然と気持ちが落ち着いてきた。美緒はいつものように明るく、

「みんなで最高のステージを作ろうね!」

「準備はいいか?いつも通りやりゃ問題ない」

と奏斗が言う。

ステージに立つと、ライトが照らし出され、観客のざわめきが耳に入ってきた。しかし、その音に飲まれることなく、僕はゆっくりと深呼吸をして、自分のペースを取り戻した。美緒の合図で演奏が始まり、奏斗のギターが力強く響く中、自然にスティックを振るうことができた。


その瞬間、自分は今、音楽を通じて仲間と繋がっていることを感じた。美緒や奏斗、そして他のメンバーと一緒に音を重ねることで、これまで感じていた孤独や不安が少しずつ消えていくのを感じた。曲が進むにつれて、僕の中の緊張は完全に消え去り、音楽に没頭することができた。


演奏が終わり、観客からの大きな拍手が響く中で、自分が一歩前進できたことを確信した。奏斗が隣で「よくやったな」と笑いながら軽く肩を叩いてくれた。その言葉に、今までにない達成感を感じながら笑顔で応えた。


このステージをきっかけに、僕はもっと自分の音楽を信じ、仲間と共に前に進んでいけると思った。


ステージの後、心の中に湧き上がる達成感と安心感に包まれていた。観客の拍手がまだ耳に残る中、彼はステージ袖で深呼吸をしながら静かに自分の心拍を整えようとしていた。そんな僕に、美緒が笑顔で駆け寄ってきた。

「颯楽、すごかったよ!本当にカッコよかった!」

美緒は明るく声をかけ、まるで兄弟のように肩を軽く叩いた。

「ありがとう…でも、本当に緊張した」

その時、奏斗もギターを片手に近づいてきた。彼はいつものようにクールな表情を崩さず、肩越しに颯楽を見ながら言った。

「お前、緊張したとか言ってるけど、演奏はしっかりしてたじゃねぇか。ま、俺に言わせればまだ完璧には遠いけどな」

そう言いながらも、奏斗の目には笑みが浮かんでいた。

「いや、そんなことないよ。俺、みんなについていけたのか分からないし…」

すると、美緒が僕の方を真剣な目で見て、

「颯楽、本当に良かったんだよ。最初はどうなるか心配だったけど、演奏が進むにつれてどんどん馴染んでいったし、最後にはみんなの音が一つになってた。あれは、颯楽がしっかりリズムを刻んでくれたからだよ」

と励ましてくれた。

「ありがとう、美緒。そう言ってもらえると、ちょっとだけ自信がつくよ」

奏斗もそれを見て、少し照れくさそうに目をそらしながら

「まあ、俺たちのバンドにいる限り、お前もどんどん成長するってことだ。俺に任せとけって言っただろ?次はもっと上手くやれよな」

と、荒っぽい口調ながらも、どこか優しい言葉を投げかけた。

その言葉に思わず笑ってしまいそうになる。肩の力を抜くことができた。奏斗の言葉はいつも厳しいように聞こえるが、その裏にある優しさや信頼が伝わってくる。

「ねえ、せっかくだし、みんなで打ち上げに行かない?」

と美緒が明るく声を上げた。

奏斗は少し考えるふりをしながら、

「ま、いいんじゃねぇか。お前らが行くなら俺も付き合うよ」

「颯楽も行こうよ!」

美緒がそう言って、僕の腕を引っ張った。

僕はまだ少し戸惑っていたが、

「うん、行くよ。みんなで行こう 」


そして僕らは夕暮れの街にくりだした。

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