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第8話 私と旦那様と元恋人とその夫との大修羅場です



「セドリックとは上手くやっているか?」

「はい。セドリック様にはとてもよくしていただいております」


 なんだか自分でも味気のない返事だとは思うのですが、事実なので仕方ありません。セドリック様は普段私に対して、かなり気を遣ってくださいます。きっと巻き込んでしまったという負い目があるのでしょう。


「まあ、あいつが女性を無下に扱う姿は想像出来んが……。そうか。上手くやっているか」


 どこかほっとしたように紡がれた言葉に、少しだけ私の罪悪感が疼きました。きっと王太子殿下は夫婦として上手くやっているかどうかを聞いたのでしょうが、夫婦生活を抜きにすれば、私たちはそこそこ上手くやっているのではないかと思いますので、先ほどの答えは間違いではありません。

 なんだか言い訳じみていますが。


 セドリック様と私の話題は、そこで終わりました。まあ聞いていて楽しいものでもないでしょうし。けれど王太子殿下との会話は尽きませんでした。


 私がぼうっと見蕩れていた王宮の庭で育てている、他国の珍しい花について。先日、新進気鋭の芸術家から購入したオブジェ。好きな食べ物は何か。好きな色は何か。

 何だかお見合いのような会話をしながら、私と王太子殿下と、そして一切会話に加わろうとしない殿下のお付きの方たちはホールに向かってゆっくりと歩みを進めました。


 王太子殿下のお話に相槌を打ちながら歩いていると、ふいに王太子殿下が立ち止まりました。急に足を止められたので、ぶつかりそうになってしまいました。危なかったです。


 王太子殿下はそのまま明らかに別方向と思われる方向へと歩き出し、とある廊下の一画で足を止めました。お付きの方々もわけがわからないという顔をしながらも、そのまま王太子殿下のあとをついて行きます。


 つかつかと進んでいた王太子殿下が足を止めたすぐ前方には、部屋がありました。応接室のような場所でしょうか。


 そこからは人の話し声が聞こえてきました。


 小さな声で話しているのか内容までは聞き取れません。ですが女性と男性、二人分の声だということだけはわかりました。


 王太子殿下は後ろを振り返り、静かにしろ、と付いてきた私に身振りで知らせてきました。そして私にこちらへ来いと手招きをしてきます。明らかに隠れて中での会話を盗み聞きする気満々です。

 ですが、王太子殿下のお言葉に逆らうわけにもいきません。はしたなくも私は殿下のお傍に行き、同じように身を隠し、中にいる人物たちの会話に聞き耳を立てました。



 ……――もう、……りよ。……ドリック。――


 

 こちらは女性の声です。


 最後にセドリックと聞こえた気がしたのですが、私の気のせいでしょうか。セドリック様らしき名を聞いたことで、私の心臓が急にうるさくなってきました。


 王太子殿下がさらに声のしている方へと近づいたので、私も一緒に動きます。そろそろと、まるで密偵にでもなった気分です。


 さらに扉に近づけば、今度ははっきりと、鈴を転がしたような可憐な声が聞こえてきました。


「……王太子殿下は、わたくしのことなど愛していないの」

「アマンダ……そんなことはない」


 なんと、セドリック様の声です。驚きました。やっぱり聞き間違いではなかったのですね。そして女性はアマンダ様でしたか。


「寂しいわ、セドリック。あなたに愛されて、満たされていた頃に戻りたい」

「アマンダ……」


 セドリック様の声が何となく困っているように聞こえるのは、私の願望でしょうか。――ええ、きっとそうなのでしょうね。


「セドリック……まだわたくしを愛している? ねえ、お願い。愛していると言って。わたくし以外に心を捧げたりしないで」


 アマンダ様の甘えた声に、吐き気がしました。


 甘ったるい、粘度のある声です。その声がセドリック様に絡みつき捕らえてしまうような気がして、私は軽く身震いをしました。


 いくら元恋人だろうとも、セドリック様の心を縛ることは出来ないはずです。いえ、それとも出来るのでしょうか。アマンダ様の言葉になら、セドリック様は従ってしまうのでしょうか。


 嫌です。


 舞踏会で踊るのは構いません。それは社交の一環なのですから。でもこれは違います。


 セドリック様は白い結婚にする気はないと言っていたではないですか。お願いです、セドリック様。愛しているなんて、言わないでください。


 私に現実を、突き付けないでください。


 祈るように私はじっとセドリック様の次の言葉を待ちました。


「……ああ、アマンダ。君を愛しているよ……」


 それでも、セドリック様のその言葉を聞いた私は、思っていたよりも動揺しませんでした。


 心のどこかでやはり思っていたからです。あんなに美しいアマンダ様を、そんなに簡単に忘れられるのかと。一年にも満たない月日で、忘れることなど、できはしないだろうと。


 それが証明されただけです。


「……まったく。アマンダにも困ったものだ。政略結婚というものがまったくわかっていない」


 その呆れたような小さな声に、私はようやく王太子殿下が共にいることを思い出しました。ハッと無意識に俯けていた顔を上げてみれば、お付きの者たちの顔色も、真っ青です。


 大変です。まずい事態です。


 アマンダ様は王太子妃なのです。もしかしなくても大修羅場です。


「あ、あの……王太子殿下」


 何を言ったらよいかわからずおろおろと慌てている私に、王太子殿下は平然とお応えになりました。


「ああ、気にしなくていい。政略結婚などそんなものだ。それよりも、お前は大丈夫か?」


 王太子殿下に大丈夫かと聞かれた私は、一瞬言葉に詰まったあと、小さく息を吐きだしました。


「……ええ、ご心配ありがとうございます。ですが、セドリック様の心がアマンダ様にあることなど、結婚する前からわかっていたことですので……」


 わかってはいましたけれど、実際目にすると意外と堪えましたね。


「ふん。お前の方がよほど弁えているな。これは政略の相手を間違えたか」


 王太子殿下が私の目の前を通り過ぎ、二人のいる部屋へと足を踏み入れました。


 カツン、と音が響き、その音に二人が顔を上げます。


「アマンダ」


 殿下に名を呼ばれたアマンダ様が、目を大きく見開き、「殿下……」と小さく呟きました。お化粧はまったく崩れていませんが、青色の瞳が水面のように揺れて見えるのは、きっと泣いていたからです。よく見れば頬にも涙の痕が見て取れます。


 セドリック様とアマンダ様は、抱き合っていました。王太子殿下がそんなアマンダ様とセドリック様を無言で見つめています。その美しい二人の姿を見た私は、覚悟を決めました。


 私たちはやはり、白い結婚を完遂するべきなのです。セドリック様はお優しいのでつい勘違いしてしまいそうになるのですが、私はこれ以上期待することをやめなければいけません。


 セドリック様の私に対する信頼。それがあればもう十分ではないですか。


「コーデリア……」


 セドリック様が愕然とした様子でこちらを見つめています。きっとセドリック様は今、私を傷付けたと思っているのでしょう。だから私は気にしなくていいと伝えるつもりで、セドリック様に向かって微笑みました。


 セドリック様の瞳が見開かれる様を見ても、私には何の感情も湧いてきません。


「いつから……」


 そのお美しい顔を歪め、震える声でアマンダ様が言いました。


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