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第7話 王宮で迷子になったら王太子殿下とお会いしました



 皆様こんばんは。


 セドリック様と結婚してから三か月とちょっと経ちました。現在王宮内を絶賛迷い中の私です。


 なぜこんなことになってしまったのでしょう。誰か助けて。




✢✢✢




 ことの発端はこうです。


 私は今夜、セドリック様と共に王城で開催されている舞踏会へと来ていました。この国では月に一度王宮にて舞踏会が開かれているのですが、私がそれに参加するのは今夜が二度目でした。


 一度目はセドリック様と結婚したその月の参加でした。顔見せの意味があったのでその月は参加しましたが、次の月はお休みしました。最初に参加した舞踏会で私が質問攻めにあい、参ってしまったからです。


 皆さん最初は遠巻きに私とセドリック様が立ち並ぶ姿をひそひそこそこそと囁いていた程度だったのですが、好奇心が抑えられなくなった若いお嬢様方――まあ私と同年代なのですが――に囲まれてしまいあけすけな質問攻めにあってしまったのです。


 私のその姿をセドリック様が遠くから発見してくださりすぐに助けに来てくださいましたが、二人で相談した結果、次回の王宮での舞踏会の参加は見送ろうということになりました。セドリック様からそう提案があった時、正直ほっとしました。


 ですが王家主催の舞踏会を何度も続けて不参加はさすがに良くありません。ですから、結婚三か月目に入った今月、私たちは舞踏会に参加することにしたのです。


 王宮での舞踏会なので、セドリック様とアマンダ様が踊る確率はかなり高くなります。いいえ、おそらく避けられないでしょう。


 けれど私ももうセドリック様とアマンダ様が踊ったとしても、動揺はしないと思います。この三か月、王宮の舞踏会には出ませんでしたが、他家主催の舞踏会には何度も参加しています。私もセドリック様も、その際には様々な方からダンスのお誘いを受けました。以前のファーナビー公爵家の舞踏会に参加した時にも思いましたが、その方たちと踊るのは、社交の一環、えり好みはしていられないのです。たとえそれが過去の恋人だとしても。


 なので今夜の舞踏会でセドリック様とアマンダ様が踊ることを、私は了承しています。セドリック様にもちゃんとそう伝えました。


 そう伝えた時は少し複雑な表情を見せたセドリック様でしたが、すぐにいつもの微笑みを浮かべ、私の言うことを了承してくださいました。「向こうから誘われたら踊るよ」とは言っておりましたが。



 さて、王宮で開催される舞踏会は普段出席している個人のものとは違い、やはり特別なものです。何しろ王家主催のものなのでダンスホールも広く飾り付けも豪華。参加する人数も個人主催のものとは比べ物になりません。皆様、特に女性はここぞとばかりに着飾り、ご自慢のドレスを纏い、宝飾品を身に着けています。


 かくいう私も普段よりも着飾っています。


 セドリック様の瞳の色に合わせた緑を基調としたドレスは、思いがけず私の薄茶色の髪と琥珀色の瞳に合っていました。セドリック様の明るい緑ではなく、深い色の緑でしたが、そんな違いは大したことではなかったのです。


 セドリック様からも「綺麗だよ」とのお言葉を頂戴しています。もちろん、お世辞だということはわかっていますよ。けれどそのお言葉が嬉しくて、ちょっとだけ浮かれていたのかもしれません。


 王宮で開催される舞踏会は国外の賓客なども大勢参加しています。私も今日はセドリック様とそのご両親と共に、挨拶回りに追われていました。


 それがいち段落して、セドリック様はご友人の元へ、私も一旦休憩のためにお花を摘みにホールから出たのですが……


 なんと、帰りがけに迷ってしまったのです。お花を摘みに行くくらいならと、侍女もつけていなかったことが災いしました。


 王宮はとにかく広いのです。ひとつ曲がる角を間違えば致命的です。廊下を歩いているとだんだんと人気がなくなって来たのでなんだかおかしいなとは思っていたのですが、その感覚を無視してしまいました。勧められて飲んだお酒により、軽く酩酊していたことも悪かったのでしょう。


 ふと立ち止まり周囲を見回した時には、完全に迷っていました。


 今私は広い庭に面した廊下でぼうっと一人立ち尽くしています。とりあえず元来た道を戻れば人気の多い場所に戻れることはわかっているのですが、どうにも気分が乗らず、しばし幻想的な庭を前にして思案していました。


 普段はもうそれほど考えないことなのですが、こうして喧騒から逃れ一人きりになってみると、やはりまだ割り切れていないのだと思い知らされてしまいます。





 この三か月はあっという間に過ぎました。


 その間、セドリック様と夫婦の契りを結んだことは、一度もありません。


 結婚して一月(ひとつき)を過ぎた頃から、セドリック様からのそういったお誘い的な行動も、すっかり影を潜めました。このままいけば、私の狙い通り白い結婚を完遂できるかもしれません。


 そのことは喜ばしいことのはずなのに、私の心はなぜか沈んでいました。


 セドリック様は、いつも私を大切にしてくださいます。この三か月の間に、セドリック様が私を見る目には、信頼と友愛がはっきりと見て取れるようになりました。


 うぬぼれではなく、セドリック様は私を伴侶として見て下さっています。ですがその伴侶とは、妻ではなく、同士としてです。


 ――いえ。政略で結ばれた妻は同士と同じでしょうから、妻として見て下さっていることは間違いないのかもしれません。ならばセドリック様は私のことを、女性として見ていないと言った方が、より正しい表現でしょう。


 時折、信頼と友愛が浮かんだセドリック様のその瞳を見ていると、とても憎らしく思ってしまうことがあります。優しくされると、腹立たしく思ってしまうことがあるのです。


 そんな時、私はこの先のことが不安になることがあります。もし、白い結婚が成立しなかった場合、私はずっとセドリック様のお飾りの妻として生きていくことになるのですから。


 私が庭を眺めながら小さく溜息を吐いていると、誰かから声をかけられました。聞き覚えのある声です。


「一人で何をしている。供はつけていないのか」


 振り向けばそこには数人の衛兵と付き人に囲まれた、一人の男性が立っておりました。なんと、王太子殿下です。私は急いで臣下の礼を執りました。


「いい。気にするな。堅苦しいのは嫌いだ」


 なんともまあ、砕けた王太子殿下です。


 お許しが出たので、私は顔を上げて、殿下のお顔を拝見しました。セドリック様の想い人である、アマンダ様の旦那様です。興味がないわけありません。

 一度だけ、セドリック様と結婚の報告をしに登城した際、一言声をかけていただきましたが、それだけです。そしてその時の私には、碌にお姿を拝見する余裕もありませんでした。


 王太子殿下の金色の髪はとても短くて、まるで騎士様のようです。強い光を放つ瞳も、髪と同じ金色に輝いています。太い眉と、厚い唇。男性らしい美貌に、力強い表情。セドリック様とは異なる魅力を湛えた美丈夫です。


「お前は、セドリックの妻だな」

「はい。コーデリアと申します」


 こんな地味な私を、王太子殿下が覚えていたことに驚きです。


「なぜここに?」


 私は言葉に詰まりました。


 本当のことを言えば間抜けを露呈することになりますが、言い訳をすれば怪しまれてしまいます。私如きは間諜にもなれませんが、どこぞで夫以外の者と逢瀬をしていたなどとあらぬ疑いを掛けられてはたまりません。


 仕方がないので、私は恥を忍び、王太子殿下に本当のことを告げることにしました。


「……休憩するために一旦ホールを出たのですが」


 しかしそこまで言ったとき、先に王太子殿下に結末を言われてしまいました。


「迷子か」

「……はい」

「はははッ」


 私の答えを聞いた王太子殿下が、豪快に笑い出しました。何でしょうか、見かけよりもとても気さくなお方です。何だか陽気な親戚のお兄ちゃんといった感じです。


「仕方ない。俺が案内してやろう」


 とんでもないです。私のような者が王太子殿下に道案内させるなどあってはならないことです。


「恐れ多いことでございます。来た道筋を辿ればどうにかなるかと思いますので、どうか私のことなどお捨て置きください」

「うむ。だが王城で迷子になるご婦人など、忘れたくとも忘れられないな。それに俺もこれからホールに戻るのだ。共に戻ればいい」


 私はちらりと、王太子殿下のお付きの方々に視線を向けました。いくら地味で凡庸とはいえ、王太子殿下がアマンダ様以外の女性を連れてホールに戻るのはいかがなものかと思ったからです。


 しかしお付きの方々が答える前に、王太子殿下自らお墨付きをもらいました。


「遠慮するな。これだけの人数が付いているんだ。逢瀬などとは誰も疑わん」


 王太子殿下がニヤリと笑いました。王族のニヤリはなんだか背中がぞくぞくします。


 けれど、王太子殿下のおっしゃることも尤もです。そもそも万が一にも愛人との逢瀬なら、共にホールになど戻らないでしょう。容貌云々以前の問題でしたね。


 私は結局王太子殿下とともにホールに戻ることになりました。


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