第17話 私にはどちらの色も似合わないのです
セドリック様と結婚してから七か月程が経ちました。
現在私の目の前には、色とりどりの宝石が並んでいます。
今日、私たち二人は宝飾品を買いに町へ来ているのです。
セドリック様は当初ダルトン公爵家お抱えの宝石商を邸に呼び受注するとおっしゃってくださったのですが、私が辞退しました。そういったものはお義母様からいくつかいただいていますし、そもそも私にはそんな高価な宝飾品は似合いません。既製品で十分です。
セドリック様は最初納得していないご様子でしたが、私が「それはまた別の日にゆっくりと見たいです」と言ったら、しぶしぶ納得してくださったのです。
「コーデリア。ひとつと言わず、いくつでも構わないからね。これなど、どうだろう?」
そう言ってセドリック様が選んでくださったのは、セドリック様の瞳と同じ翡翠色の宝石の首飾りと耳飾りでした。明るい緑色をした宝石の周りを金と銀の細工が彩り、とても華やかな印象です。
素敵です。けれどセドリック様の色を纏った自分を想像して、私はなんだか暗澹とした気持ちになってしまいました。
王宮の舞踏会で、私は深い緑色のドレスを身に纏っていました。あの深く重い緑は私に似合いましたが、この明るい緑は私には似合わない気がします。
このような透明感のある鮮やかな色が似合うのは、きっとアマンダ様のようなお方です。アマンダ様の白金色の髪と、澄んだ青い瞳には、この宝石の明るい緑がよくお似合いになることでしょう。
「そうですね……。でも私には少し色が明るすぎる気がします」
「……そうかな。似合うと思うけど」
そう言ってセドリック様がわずかに首を傾げます。その様子を見れば、本当に私に似合っていると思ってくださっているようです。
だからといって、その宝石を手に取る気にはなれませんでした。いえ、勇気がなかったのかもしれません。
私はセドリック様に曖昧に微笑んで、また居並ぶ宝石たちに視線を移しました。
綺麗に一列に並べられた宝石たちを右から左へと見ていくうちに、ひとつの宝石が目につきました。
煌めく透明な、黄金色の宝石です。
キラキラというよりはギラギラといった形容詞が相応しいその宝石の姿に、私はふっと笑いを零しました。この宝石はまるで王太子殿下の瞳のようです。
私などが身につけたら、それこそ宝石が主役になってしまいそうです。
私がその宝石をじっと見つめていたことに気付かれたのでしょう。セドリック様がおっしゃいました。
「……その宝石はあまり君には似合わないね」
――息が止まるかと思いました。
似合わないね、と言われた瞬間、心臓がぎゅっと縮こまったかのような錯覚が起こりました。
その通りです。私自身も、宝石に負けると思っていました。けれどそれを他人から、しかも夫であるセドリック様から言われると、よくわからないどろどろとした感情が、胸に渦巻きます。
どうせ、似合わないですよ。
そんな言葉が今にも口をついて出てきてしまいそうで、「そうですね」と返事をすることだけで精一杯でした。
結局そのあと私が買った宝飾品は、あの時王宮の舞踏会に着ていったドレスのような、深く、暗い、落ち着いた緑色の宝石をあしらった首飾りと耳飾りでした。
その後邸に着くまでの間、セドリック様と何を話したのかは、正直覚えていません。
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そしてその時に新調した首飾りと耳飾りとをつけて、今夜、私は王宮の舞踏会に来ています。ドレスの色は淡い若草色。首飾り、耳飾りと同系色です。
セドリック様とアマンダ様の衝撃の逢瀬からは、約四か月が経っています。
あれから三度、王宮の舞踏会へと来ていますが、セドリック様とアマンダ様が踊ったことは一度もありません。ですが王太子妃と名門公爵家の次期公爵がその三度の内、一度もダンスを踊らないのは少々不自然です。
そろそろ一度踊っておいた方がいいのではないかと思うのですが、それをセドリック様に言おうかどうか悩んでいる内に、今日が来てしまいました。
「コーデリア。何を考えているの?」
目の前のセドリック様が、私の腰に回した手を、ぐっとご自分に引き寄せました。翡翠色の瞳が、じっとこちらを見下ろしています。
いけません。ダンスの最中でした。ダンスを踊りながら物思いにふけるなど、私も随分とこなれたものですね。
「ええ、あの……セドリック様。さすがにそろそろ一度、アマンダ様と踊られた方が良いのではないですか?」
「必要ないよ」
間髪を容れずですね。
けれど私としては、悲恋の元恋人同士であるお二人がまったく踊ろうとしないことで、余計に過去に囚われたままなのではないかと邪推する者たちが出てくるような気がするのですが、それは私の考えすぎでしょうかね?
「コーデリア。ダンスに集中して?」
少し拗ねたようにセドリック様に言われてしまったため私はそれ以上その話を続けることが出来なくなってしまいました。仕方がないのでここはダンスに集中しようとしていると、ご自分でダンスに集中しろとおっしゃったのに、セドリック様の方から話しかけてきました。
「その首飾りと耳飾り、似合っているね」
唐突でしたが、褒められて悪い気はしません。私はセドリック様にお礼を言いました。
「ありがとうございます」
「でも、先日の宝石も、きっと君に似合うと思うよ」
セドリック様のその言葉に、一瞬眩暈を感じました。太陽のように輝くあの黄金色の宝石は、確かに私には似合いません。だから、あの時のセドリック様の言葉に傷ついたけれど納得もしていたのです。
「……似合わないとおっしゃったではないですか」
今度は私が拗ねたように言えば、セドリック様が首を横に振ります。
「違う。そっちじゃない。あの明るい緑の宝石だよ」
「それは……」
わずかに高ぶっていた私の気持ちは、一瞬で静まりました。
あのセドリック様の瞳の色に似ている宝石を私が自分に似合わないと思ったのは、きっと私の中にある卑屈な想いがその原因です。
けれどもしかしたら、本当は似合うのかもしれません。そうでなければ、セドリック様が何度も似合うなどと私におっしゃってくる理由がありませんから。
セドリック様に何と言葉を返そうか悩んでいる内に、一曲目が終わってしまいました。私はセドリック様から身体を離します。気まずいです。どうしましょう……。
「コーデリア」
呼ばれて顔を上げればセドリック様が優しく微笑まれています。その笑顔を見た私はほっとしました。良かったです。セドリック様はさきほどの会話を特に気になさってはいないようですね。
「今日は疲れたら無理をしないで、壁の近くにいくか、今度は侍女を連れて休憩室に行っておいで」
以前迷ったことがあるため、セドリック様は毎回私に侍女をつけて休憩室に行くようにとおっしゃってきます。まるで子ども扱いですね。
「今日はお酒を飲むつもりはないので、迷いませんよ。でも侍女はちゃんと連れて行きます」
私がそう言えば、セドリック様は安心したようにお笑いになりました。
「それに、まだまだ大丈夫ですよ?」
少なくとも、次の曲だけはちゃんとこなさなければなりません。
私たちの次のダンスのお相手は、予め決まっています。舞踏会の始まる前、いつもお義父様が事業でお世話になっているサックウェル侯爵夫妻の子息チェスター様夫妻にお会いしたので、お互いファーストダンスを夫婦で踊ったあと、パートナーを入れ替えてダンスを踊る約束をしてあったのです。
次の曲が始まる前にすぐパートナーを入れ替えられるよう、夫妻も私たちのすぐそばで踊っているはずです。
チェスター様は体格が良く、赤茶の巻き毛の愛嬌のあるお顔立ちのお方で、夫人であるケイシー様は淡い金色の髪の、細身のお方です。
子息夫妻を見つけたセドリック様が、私の手を引き夫妻の元へと誘います。合流した私たちは予定通りパートナーの位置を入れ替え、踊る準備に入りました。
しかしセドリック様がケイシー様の手を取り、チェスター様が私の手を取ろうとした瞬間、セドリック様に声がかけられました。
威厳のある、自信に満ち溢れた声です。
振り向いた先にいらっしゃったのは、いつも通りの不敵な笑みを浮かべた王太子殿下でした。




