第16話 いつか二人の世界に私が入れる日は来るのでしょうか
「今日は殿下とどんな話を?」
これはセドリック様が邸に戻って来て、開口一番に私におっしゃった言葉です。挨拶もなしに本題に入るところなどは、王太子殿下に似ていますね。
セドリック様の次期公爵としての業務以外の主なお仕事は王宮での文書管理等ですので、王太子殿下に呼び出されていた私は、今日、セドリック様と同じ場所にいたということです。
まあ、お会いする機会はなかったのですけれどね。それでも、同じ場所にいたというのに互いが何をしているか一切知らないで過ごしていたなんて、何だか変な感じです。
「お帰りなさいませ。その話は夜にいたします」
私がそう言えば、セドリック様は何故か眉を顰めました。大変珍しい態度です。セドリック様が私に対して何か文句を言ったり怒ったりすることは滅多にありません。いえ、おそらく結婚してから一度もないはずです。
何か気に障ることを言ってしまったのでしょうか。あるいは無意識にそっけない言い方になってしまったとか。
「セドリック様? すみません、何かお気に障りましたか?」
私がそう言えば、セドリック様はハッとしたように表情を変え、急いで私に謝罪をなさいました。
「ああ……すまない、コーデリア。ちょっと仕事であった嫌なことを思い出してしまってね」
私の先ほどの言葉にお仕事での嫌なことを思い起こさせる文言があったでしょうか?
ですが、セドリック様がそうおっしゃるのなら、それを信じる他ありません。もし本当は私の何かに怒っていたとしても、お優しいセドリック様としてはそれを私におっしゃるつもりはないのでしょうから。
「さあ、食事にしよう」
セドリック様はそれ以上その件について何かをおっしゃることはありませんでした。あとは普段どおり、夕食を食べながら軽く今後の業務予定の打ち合わせです。
今月私たちが出席する夜会は三回、そして晩餐会は二回あります。
名門公爵家の予定としては少なめですが、それはひとえにセドリック様の努力のたまものといえます。セドリック様はなるべく私の負担にならないよう、どうしても必要な交際以外は断ってくださるか、あるいはお義母様に頼んでくださり、私の代わりにお義母様に出て頂いているのです。
お義母様も私の王命で嫁いできたアマンダ様の身代わり(これは私がそう思っているだけかもしれません)という立場を考えてくださり、必要最低限の社交が出来ていれば問題ないとおっしゃってくださいます。それでも公爵夫人になった際にはもう少し社交の場を増やすことになるだろうとはおっしゃっているのですが――。
その時にはすでに「白い結婚」が成立しているかもしれないなんて、口が裂けてもお義母様には言えません。
それでも、成立するまでは私は公爵家の嫁、次期公爵であるセドリック様の妻です。
こんなことでは駄目だという気持ちもあるのですが、下手に予定を入れまくり粗相をするよりも、ありがたくお義母様にお任せした方が良いことも、確かではあるのです。
せめて私の次に公爵家に入るお方が、私よりも公爵家に相応しく優秀で、セドリック様に望まれた方であることを祈ります。
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夕食を取ったあといつもの夫婦の寝室で、私はセドリック様に今日の殿下との会話を、離縁や再婚に関することは抜かしアマンダ様のことについてだけを伝えました。
私の話を聞き終えたセドリック様は、一度ゆっくりと息を吐き出してから、話し出しました。
「そうだね。援助のことを知ったのは、妃殿下と別れてから、殿下に聞かされたことだ。だが、それは当然考えられることでもあった。……私が妃殿下が殿下の側妃となる予定だと知ったのは、私の口から直接妃殿下に婚約を申し込んだ時だった。その時の私は、求婚を断られることなどまったく考えていなかったよ。何故かと妃殿下に問い詰めた時、そのことを聞かされたんだ。だがその時にはもう後戻りが出来ないほど、私たちは互いに溺れていた」
他の女性に対して溺れていた、などと仮にも夫の口から聞きますと、結構な衝撃がありますね。本当、馬鹿正直ですね、セドリック様は。まあ、もういい加減慣れましたが。
「……君には本当に申し訳ないことをしたと思っている。私たちのせいで、君は意に添わぬ結婚を受け入れざるを得なかったのだからね」
……セドリック様も、「私たち」とおっしゃるのですね。
セドリック様と、アマンダ様の世界。何人も入れない、美しい世界です。
やっぱり、私は入れません。
もしかしたら王太子殿下も、私のように寂しい想いをなさっていたりはしないでしょうか? いくら王族の結婚が義務であり、職務であるとしても、他の方を想う方が相手では、やるせなくなる時もあるでしょう。
一番近くにいる相手が、別の方を一番大切に想っているのはつらいです。
同じ想いを持つ者同士、だからこそ殿下は再婚などという案を出されたのかもしれません。傷の舐め合い、なんて言葉はあの王太子殿下には似合いませんけどね。
けれどもし――。
もし本当に離縁が出来るとしたら、セドリック様は――。
「……セドリック様」
私の小さな呼びかけに、セドリック様がわずかに身を寄せてきました。
「なんだい? コーデリア」
セドリック様の翡翠色の瞳が、いつものように穏やかに、優しく私を見つめてきます。
「もし……もし本当に離縁出来るとしたら、セドリック様はどうなさいますか?」
「コーデリア?」
セドリック様に怪訝そうに名を呼ばれた私は、たった今自分が口走ったことに気付き、血の気が引きました。
王太子殿下は、このことを内密にとはおっしゃっていませんでした。ですが、まだ出来ると確定したわけでもありません。
このことをセドリック様に言うのは危険です。望みを持たせて、そしてもしそれが叶わなかったら、二度もこの人は傷つくことになるのです。
「……なんでもありません、セドリック様。そろそろ休みませんか? 私、今日は疲れました」
私がにこりと笑ってそう言えば、セドリック様は一瞬何かを言われようとしたようでしたが、それをおさめて「そうだね。ゆっくり休むといい」とおっしゃい、私の手に一つ口付けを落としてから寝室を出て行かれました。
残された私はといえば――いつも通り、ベッドのシーツを手でくしゃくしゃにして、使用済みの状態を演出します。最近では随分と良いシワを作れるようになったと自負しています。
私のしている小細工に使用人が気付いているのかわかりませんが――ああいえ。やはり気付いてはいるのでしょうね。だってシワが寄っているだけですから。けれど気付かない振りをしてくれているのでしょう。もしかしたら、それは私の名誉のためでもあるのかもしれません。
セドリック様に愛されていない、お飾りの妻である私のために。
「白い結婚成立まで、長いですね……」
本当に成立するのかは怪しいものですが、希望を失ってはいけません。
一人きりの寝室で、私は長い、長い溜息を吐きました。




