第15話 もし旦那様と離縁出来たとしたらどうしましょう?
「本当にセドリックと離縁出来るとしたら、お前はどうする?」
ジャレット様とベアトリス様とのお茶会のあと、日を置かずに、今度は王太子殿下に呼ばれました。しかもセドリック様抜きでです。
セドリック様には何故だと聞かれましたが、私に聞かれても困ります。とにかく、私は一人だけ侍女を連れて王宮へとやってきました。ですが、その侍女もすでに別室で待機中です。
侍女と別れたあと、私は城の使用人に王太子殿下が待つという部屋へ案内されました。そして部屋に入って開口一番、殿下に言われた言葉がこれです。唐突にも程がありますね。
私の答えを待つ王太子殿下の金色の瞳が、獲物を狙う獣のようにギラリと光っています。セドリック様とは正反対の、野性味の溢れる瞳と笑顔です。その危険な煌めきに、しばし私は見惚れました。……いえ、射すくめられたという表現が正しいでしょうか。
「……どうする、と言われても」
正直に言えば結婚する前にどうにかして欲しかったです。そうすればここまで悩むこともなかったというのに。
それに、確かに王太子殿下は陛下に頼んでみるとは言っていましたが、それで陛下が良いと言うとも思えません。私もあれは殿下がアマンダ様とセドリック様を追い詰めるための言葉だと思っていました。
ですが、またその話をするということは、もしかして本当に離縁出来る可能性が出てきたということでしょうか。
「そして、セドリックと離縁したあと、俺の妃になれと言ったら?」
「……⁉」
王太子殿下の言葉に、開いた口が塞がりません。殿下の妃ということは、もし殿下とアマンダ様の離縁が成立した場合、それは私が王妃になると言うことでしょうか? 離縁出来なかった場合は側妃ですか?
どちらも無理です! 無理無理! そしてそれはまたしても王命にも等しいものではないのでしょうか。私に断る権利はあるのですか?
「正直に言えば、俺はアマンダよりもお前が好みだ」
「え、ええ⁉」
先程から殿下のお言葉には驚かされてばかりです。
あのアマンダ様ですよ? 妖精のように可憐で、女神のように美しい、社交界の華であるアマンダ様ですよ? そのアマンダ様より私の方が好みだなんて、一体どんな捻じ曲がった趣味をしているんですか、王太子殿下は。
「容姿は突出していないが、その凡庸さに癒される。自制が利き、適度に頭が良い。それに昔の恋人に愛を囁く夫を庇う、お人好し具合にも好感が持てる」
何だか褒められているのか貶されているのかわかりませんね。けれどどうやら気に入られたことだけは確かなようです。
「で、でもそしたらアマンダ様は」
「セドリックとでも再婚するんじゃないか?」
王太子殿下はどうでも良いと言わんばかりの口調です。
そんな適当な……と思わないでもありませんが、でも本来ならそれが一番良いのでしょう。王太子殿下に離縁されたアマンダ様はいわゆる傷物となりますが、セドリック様ならそんなことは気にしないでしょうし。まあ、それでも私と王太子殿下との再婚は別問題ですが。
「アマンダが俺の側妃となることは予め決められていたことだ。正妃になるはずだった者が亡くなったのだから、アマンダの立場を側妃から正妃にするのは当然だと思っていたが……所詮、予備だったということだな」
確かにお二人の結婚はまごうことなき政略結婚です。加えて王族の結婚には愛だとか恋だとかの甘い感情は必要ないのかもしれませんが、所詮予備とか……。
殿下のその物言いはさすがにひどくないですかね?
殿下もやっぱり馬鹿正直者ですか。そしてそれ以上に無神経です。
「今のあいつの行動は、未来の王妃にふさわしくない」
た、確かに王太子妃が浮気(今の所疑惑です)とかあり得ませんが……。
いいえ、少なくとも以前殿下がおっしゃっていた通り、世継ぎを産んだあとならそれは黙認されていることではあるのです。ですが今の段階での浮気は、やはり殿下のおっしゃる通り王太子妃の行動には相応しくはないのでしょう。
「俺とて、別にサフィーナに惚れていたわけじゃない。ただ情はあった。互いに年月をかけて育んだ情だ。そのことを思えば、予備とはいえあまり交流することもなく俺の妻となったアマンダには同情できるところもあるが……あいつは将来側妃として立つことになる立場も忘れて、王家の立場を危うくするほどの情を、セドリックと育んでしまった」
サフィーナとは確か王太子殿下のお亡くなりになった婚約者である、隣国の姫君のお名前ですね。きっと殿下と姫君は良い関係を築かれていたのでしょう。
「……けれど、心まではどうしようもありません」
いくら予備として育てられたとしても、誰かを好きになる気持ちは止められません。寂しいと思う気持ちもです。
なんだかアマンダ様に同情してきてしまいました。予備だ予備だと言われては、それは真摯に愛してくれたセドリック様に、縋りたいとも思ってしまいます。嘘でもアマンダ様に愛を告げたセドリック様の行動は、あながち間違ってはいなかったのかもしれません。
「そうだな。心までは縛れん。恋をするなとも言わん。だが、もう少し上手く立ち回ることは出来たはずだ。セドリックとの恋が社交界中の噂になるなど、アマンダとパーセル侯爵家、ひいてはダルトン公爵家の手落ちだ」
そうなのでしょうか? お二人の恋は、手落ち、とまで言われてしまうほどのものだったのでしょうか。権威とは無関係のしがない中立伯爵家の生まれの私には、わかりかねます。
けれど、先日のジャレット様の態度を見ても、必ずしもお二人の恋が歓迎されていたわけではないことはわかりました。どうやら、社交界での評判と、本人たちの周囲での評判はだいぶ異なるようです。
そしてそれも当然のことなのだと、公爵家に入り、お二人の事情を知った今ならわかります。勝手に騒ぎ立てていればいい他人と、内情を知る身内では、感じていることは正反対であるとさえ言えます。お二人の恋は貴族としての義務よりも、感情を優先させてしまった結果なのでしょう。それこそ、王太子殿下に“手落ち”と言われてしまうほどに。
けれどその激しい恋を、羨ましい、と思ってしまう私がいるのです。
そこまでセドリック様に愛された、アマンダ様が羨ましいと。
「しかも、俺と結婚したあとも、ああやって昔の男に縋るなど、王太子妃としての自覚が足りん。こちらはアマンダを縛る代わりに、パーセル侯爵家に多額の援助をしていたと言うのに」
王太子殿下がどこか忌々しそうに息を吐きます。私はといえば、殿下のそのお言葉に、大きく目を見開いてしまいました。
「知らなかったか?」
「え、あ、はい。それは……」
さすがにそこまではセドリック様はおっしゃっていませんでした。
けれど、考えてもみれば当然なのかもしれません。
アマンダ様は正妃ではなく側妃として殿下に嫁ぐことが決まっていました。けれど、世間はそれを知りません。そして隣国の姫と婚約している殿下の立場上、アマンダ様と堂々と交流するわけにも行きません。
婚約者同士の甘い交流も与えられないまま、アマンダ様は女性として一番良い時期を王家に縛られることになるのです。それ相応の便宜があって然るべきだということでしょう。
「まあ、そうだろうな。てっきりセドリックから聞いていると思ったが、考えてもみればアマンダに不利な情報をそうすんなりお前に伝えるわけないか。ともかく、当時のセドリックはそのことを知らなかったのだろうが、今は知っているはずだ。俺が教えたからな」
「セドリック様も、知らなかったのですか?」
「援助のことはな。で、どうする?」
殿下がまるで勝負を挑むかのように、私を見つめてきます。
「何ですか?」
じろりと見てくる殿下から、私はわざとらしく目を逸らします。
本当はわかっていましたが、ちょっととぼけてみました。このままなかったことにならないかな、と思ってのことでしたが、どうやら無駄だったようです。
「セドリックと離縁出来るとしたら、だ」
急に提示された未来に、私は狼狽えました。
セドリック様と離縁できるとしたら。そしたら、私は――。
思考停止に陥ってしまった私を見て、王太子殿下がふっと息を吐きだしました。
「まあ、考えておけ。すぐに出来ることではない。さすがにこれは俺の一存では進められない問題だからな。王命で結婚させておきながら今度は離縁させたなどとなったら、王家は社交界中からの非難を浴びることになる」
それはそうでしょう。セドリック様とアマンダ様の仲を引き裂いたことだけでも、社交界のご婦人ご令嬢たちによる王家に対する印象は悪いのです。その上、今度はまた私と離縁させるとなれば、きっと私にも多少の同情票は集まるでしょう。
「だが、アマンダが王太子妃に相応しくないと証明できれば、別だ」
王太子殿下の瞳が、さきほどよりも妖しく輝き、剣呑な光を帯びました。けれどその光はすぐに失われ、またいつもの殿下の瞳に戻ります。
自信に満ちた、王者の瞳に。
「その後の俺との再婚も考えておけよ」
そう言って王太子殿下がニヤリと笑いました。不敵な感じの笑みです。
こうやっていちいちセドリック様と正反対なところが、アマンダ様がセドリック様を忘れられない理由なのではないでしょうかね。あ、馬鹿正直なところは似てますけどね。
アマンダはセドリックよりも年上で、王太子殿下はアマンダよりも年上です。




