第14話 義弟とその婚約者は仲が良さそうで一安心です
「ようこそおいでくださいました。コーデリア様」
ベアトリス様がふわりと心の温かくなるような笑顔で、私を出迎えてくださいました。
ベアトリス様は赤味を帯びた茶色の柔らかそうな髪を一か所だけ頭の後ろで結び、あとはまっすぐ背中に降ろしています。先日のお茶会では髪を複雑に編み込んでいたので、今日は随分と寛いでいるのでしょう。
今日、私はメイシー子爵家を訪問しています。
アマンダ様とのお茶会から数日後、私はベアトリス様からメイシー子爵家で行われるお茶会へと招待されたからです。
そうそう。先日のお茶会の目的であるアマンダ様の友人となるためのお試しの面会ですが――私に関してはとりあえず白紙に戻すということになりました。
何しろちょっとまずい場面を王太子殿下に直接見られているので、向こうも無理強いは出来ないようです。もちろん、セドリック様には詳しくその時の状況は伝えられてはいませんけどね。
なぜ私だったのかという点については聞き忘れてしまったのでいまだ理由はわかりませんが、セドリック様のお母様も王妃殿下のご友人の一人ですし、おばあ様も前王妃殿下のご友人だったそうなので、案外慣例に倣っただけだったのかもしれません。
まあ、それはともかく――。
今日のお茶会の参加者は私とベアトリス様。そしてあともう一人、ご友人の方がいるとだけ聞いていたのですが……。
いらっしゃいますね。ジャレット様が。
すでに席に座ってお茶を飲んでおります。ご友人ではなく婚約者ではないですか。
「ようこそ、義姉さん。今日は俺もお邪魔するよ」
ジャレット様がセドリック様に似ている顔で、優雅に微笑んでいます。
否、とは言えませんね。ですがこの面子ということは私に何か話したいことがあるのでしょうが、ここにセドリック様がいないことを考えると、あまり良い話ではないような気もします。
「申し訳ございません、コーデリア様。ジャレット様が来ることをお伝えしなくて……」
「気になさらないで。何かお話があるのでしょう?」
「ええ、あの……」
ベアトリス様が言い淀んでいると、ジャレット様が会話を引き継ぎました。
「ごめん義姉さん。俺が頼んだんだ。話っていう程大げさじゃないんだけどさ。義姉さんと兄さんが結婚してもう四か月近く経つけど、今までゆっくり話す機会がなかったから」
言われてみればそうですね。これまでは状況に慣れるのと、社交界での対応に追われて、ジャレット様やベアトリス様とはあまり親しくする機会が取れませんでした。
「確かにそうですね。ベアトリス様とゆっくりお話ししたのも、先日がはじめてでしたし」
先日、と言ったところで、ベアトリス様の肩がピクリと震えました。王太子殿下との会話を思い出せば優秀な方とは思うのですが、こうもあからさまに動揺を見せるとは、もしや心の傷にでもなっているのでしょうか。
「あの、ベアトリス様? 先日のことは、気になさらないでください」
「え、ええ。あの、そうですわね」
ベアトリス様、笑顔が少しだけひきつっています。まあ、気持ちはわからないでもありません。王太子殿下とその妃殿下の痴話喧嘩を目の前で見せられたのですからね。そして、己の婚約者の兄の不貞疑惑を知ってしまったのですから。
「兄さん、まだあの女と繋がってるんだって?」
私の考えを読んだかのようにその話題を出して来たジャレット様が、不快さを隠しもせずに眉を顰めました。なんだか嫌いな虫でも思い出したような表情をしています。
「わ、私は言っておりませんよ!」
ベアトリス様が顔色を悪くしながら、ぶんぶんと頭を横に振りました。そんなに激しく振っては頭が痛くなってしまいます。
「殿下から聞いたんだよ」
納得です。やはりご親戚だけあって、仲が良いのですね。それとも苦情が入ったのでしょうか。
「繋がっているわけでは……ないと思うのですが」
さすがに何度も二人だけの逢瀬を繰り返しているとは思えません。それでは明らかに不貞です。堅物のセドリック様のやることではありません。
「悠長だね、義姉さん。悔しくないの? 馬鹿にされてるんだよ、あの二人に」
なんだかセドリック様とアマンダ様に対するジャレット様の意見が少々手厳しいような気がします。てっきり世間には私が二人を引き裂く悪者に思われていると思っていたので、驚きました。けれどジャレット様はセドリック様の身内です。世間とは異なる意見があるのかもしれません。
「セドリック様は、そんなことはなさいませんよ。ただ馬鹿正直なだけです」
私の答えを聞いたジャレット様が、何かを察したように力なく頷きました。
「ああ~、うん。確かに馬鹿正直ではあるな。でも、二人だけで会っていたことは事実なんでしょ?」
事実の是非を問われた私は、押し黙りました。すでにジャレット様は王太子殿下から話をお聞きになっているのでしょうから、私がここで違うと言えば、王太子殿下のお言葉を否定することになってしまいます。その場合、ジャレット様が信じるのは王太子殿下でしょう。そして殿下のおっしゃっている事が事実であることは確かですしね。
「本当に……いつまで二人だけの世界に浸っているのかな。そりゃ、恋するなとは言わないけどさ。アマンダが王太子妃の予備だったことなんて、兄さんだって知っていたはずなのに」
知っていて、それでもお二人は互いを求めたのですからまさに悲恋と言えなくもないのですが、今そんなことを言える雰囲気でもありません。それよりも、ちょっと先ほどのジャレット様の発言が気にかかりました。ジャレット様もアマンダ様を呼び捨てです。
「……ジャレット様、アマンダ様と親しいのですか?」
「幼馴染みたいなもんだからね。ダルトン公爵家とパーセル侯爵家は、代々付き合いがあるんだよ」
なるほど。それではセドリック様のアマンダ様に対する情が深いことにも頷けます。
「ねえ、義姉さん。もし兄さんとの結婚がつらいなら、俺たちが手を貸すよ?」
ジャレット様の言葉に、ベアトリス様がうんうんと頷いています。どうやらお二人の仲は良好なご様子。十歳と九歳からの婚約では、こちらも幼馴染のようなものでしょう。
「えっと……ちなみにどのような手をお考えで?」
「白い結婚。……で、俺たちの子どもを公爵家に養子に出す」
やはりそう考えますよね。
「……白い結婚は私もセドリック様に提案しましたが……却下されました」
ジャレット様の子どもを養子にということまでは、言ってませんけれど。
「はあ? ……ったく、あの馬鹿兄め。自分は昔の女と切れないくせに、妻の人生は縛るつもりかよ」
……ベアトリス様の同情の視線が痛いです。
けれどこれは結構な誤解です。本当のお気持ちがどうあれ、セドリック様はアマンダ様を忘れ、私と本当の夫婦になろうとしてくださっています。ジャレット様のおっしゃるような、不誠実な行動を取ろうとはなさっていません。そこだけは訂正しなくてはいけません。
「セドリック様は、私と本当の夫婦になりたいと言ってくださっています」
「でも、結局アマンダと会っていたんだろ?」
「そうなのですが……」
「義姉さん。あんた兄さんが好きなの?」
セドリック様のことを好きかと問われ、私は戸惑いました。確かに、セドリック様と結婚する前の私は、セドリック様に憧れていました。けれどそれが恋かと聞かれれれば、それはどうにも違う気がします。
そして結婚した今となっては、もう自分の気持ちがわかりません。
「……結婚する前は、憧れていました。その時はまさか、自分がセドリック様の妻になるなど、思ってもみませんでしたので。ただ憧れているだけで良かったのに……」
こんな苦しくも生々しい現実は、知りたくありませんでした。二人の悲恋がまだ続いていたなんて。そしてそれに自分が巻き込まれてしまうなんて。
「……王命じゃ断れないしな」
「そうですね。父にはだいぶごねましたけれど、断れるはずがありません」
たとえ王命でなくとも、公爵家からの縁談を断るには、相当な理由が必要です。それでもまだ王命よりは希望がありましたけどね。
「……断れるものなら断りたかったですよ、私だって」
ぽつりと零した私の言葉を、ジャレット様とベアトリス様は何もおっしゃらずに黙ってお聞きになっていました。
ベアトリスは王太子殿下がコーデリアを呼び捨てだったことについても気になっています。




