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アンデッドの原

尾根の上での敵騎兵との戦いに勝利したとはいえ、ランズリード軍は激しい戦闘で傷付き、体力を消耗し、騎兵の数もかなり減っている上に、敵の歩兵が斜面を登って迫りつつある。にもかかわらず、歴戦のランズリード侯爵には、まだ余裕があるようだった。


「味方と敵の状況を報告せよ」

「はっ、味方の損失はおよそ、騎兵が300。歩兵が400.バリスタ隊が150、弓兵が50、魔法兵が50、近衛騎兵が30に上る模様です」

「報告致します。敵騎兵は、約1600が倒れ、約400程が逃げ延びた模様。それ以外は、無傷です」

「こちらの残りは、ほぼ3000か。被害は大きかったが、敵の騎兵を潰したのは大きかったな。歩兵の数がいくら多くても、騎馬隊の逆落としがあれば勝ちは揺るがぬ。歩兵と騎兵に態勢を整えさせ、待機しながら休憩をさせよ」


休憩を命じつつも、ランズリード公爵は部隊を再編成した。

輜重隊400のうち300を歩兵にして、600に減った歩兵の数を900にした。

近衛騎兵から300を騎兵に回し、騎兵の数を1000に戻した。


900の歩兵は、再び、尾根から100メートルほど下のところで横一列に布陣した。その後ろに、350の弓兵と150の魔法兵が待機する。


1000騎に戻った騎兵は、尾根の上で待機し、その前に450のバリスタ隊も待機している。

ランズリード侯爵を護る近衛騎兵を70にまで削っての戦力の再編成で、斜面を上がって来る6000の敵歩兵に備えた。

「逃した400の騎兵が固まって動くと厄介じゃ。よく見張っておけ」

ランズリード侯爵軍が再配置を終えた頃には、トラディション伯爵軍の歩兵は、僅か200メートルまでに迫っていた。


歩兵達は一息つく暇があったが、バリスタ隊には、休む暇がなかった。

配置が終わると、直ぐに次の矢を装着して、仕掛けを巻き上げ、一斉掃射をした。

射程の長いバリスタで、上の位置から攻撃する有利さは計り知れない。通常なら200メートルは、バリスタの矢で鉄の鎧を貫けるギリギリの距離なのだが、尾根からの落差によって、有効な攻撃が出来る距離が300メートルにまで伸びている。

この距離では、敵の矢は届かないか、届いても威力がない。

450に数が減ったとはいえ、次々と打ち出されるバリスタの太い矢が、敵歩兵を削り、敵兵が約100メートルまで近づくまで、バリスタによる一方的な攻撃が続いた。


バリスタの連射で1000近い犠牲を出しながらも、尚も5000を残す敵歩兵は前進を続け、後100メートルに近づいたところで、今度は味方の歩兵が騎兵が通る為の5つ間隙をつくる動きをする。

尾根の上で待機していた1000の騎兵が5つの縦列に分かれて、その間隙を目指して斜面を駆け下り始めた。

そしてそのまま、味方の歩兵がつくった間隙を通り抜けて、横一列で数段に分かれて進軍してくる敵歩兵と激突した。

斜面の上から駆け下りることで勢いがついた騎兵の突進は、敵歩兵の隊列を次々と突き破って、とうとうその背後まで駆け抜けた。

しかし、この騎兵の突撃で倒れた敵兵は、僅か数百名。

ランズリード侯爵軍の騎兵は直ぐに馬首を回らして、敵歩兵の背後を襲うが、斜面を降りるときの勢いがないので、逆に敵歩兵に阻まれて反撃される。

一方、斜面の上では、至近距離での弓矢と魔法の撃ち合いと、歩兵同士の戦闘が始まっていた。

敵味方入り乱れての乱戦にバリスタを撃ち込むわけにもいかず、バリスタ隊はバリスタを捨て、歩兵となって敵兵に斬り掛かっていく。

斜面を登って来た敵歩兵約1000と、味方の歩兵とバリスタ隊の約1500の乱戦が続く。

一見、味方の有利に思えるが、敵の歩兵は、3000近くがまだ戦闘に参加していない。

数分後には、その3000の兵が前線に辿り着き、戦況は一気に覆るだろう。

そう思った俺が、チラリとアンテローヌを見ると、ランズリード侯爵達は、70の近衛騎兵を率いて、歩兵同士の乱戦に斬り込んで行くところだった。

味方の歩兵はこの加勢で、敵を押し返したが、それも一瞬のことで、次々と敵歩兵が戦線に辿り着き、ランズリード侯爵軍はじりじりと押され始める。さらに、敵歩兵は増えて、とうとう味方の倍になり、今度は、敵に囲まれた味方の歩兵が急速に数を減らしていく。

遂には、近衛騎兵の中にも、敵に取り囲まれて馬から引き摺り下ろされる者が現れた。

斜面の下にいる味方の騎兵も、2000の敵歩兵を相手に、同じような状況に陥っていた。

『これは不味い』と感じた俺は、周りの敵歩兵を斬り倒しつつ、オーリアに近づいてハンドサインを送った。

負けそうなら、状況を見て脱出しろ、というサインだ。オーリアは無表情で頷く。

ルビーとクレラインの側にも行って、同じサインを送った。

俺はフィアに彼女達の護衛を頼んでから、アンテローヌの加勢に向かった。

侯爵の一家は流石に強く、周囲の敵兵を圧倒していたが、斬っても斬っても、敵は減るどころか、増える一方だった。

俺は装着しているハデスのバイザーを一瞬だけ開けて、

「これからどうする」

とアンテローヌに怒鳴ると、アンテローヌはその意図を悟って、

「閣下、ここは私に任せて、一旦お退き下さい」と、ランズリード侯爵に撤退を促す。

「馬鹿を申せ。これしきの敵、まだこれからじゃ」

と、ランズリード侯爵は強がって退こうとしないので、

「一度、戻って、予備兵の投入をお願いします」と、アンテローヌが次の手を献策する。

「むむ、仕方がないか。よし、ここは任せた。テオドーレ、一緒に来い」と言って馬首を回らしつつ、

「アンテローヌ、指揮は任せた。婿殿、娘を死なすなよ」と怒鳴ると、息子のテオドーレと5騎の近衛騎兵を連れて、尾根を駆け上がり、その向こうに消えて行った。


この戦場にいるのがランズリード侯爵軍の全軍ではない。

この尾根のランズリード公爵領側の山裾にあるディラウス砦には、万が一に備えて1000の守備隊を待機させていた。

その兵を、この戦いに投入する為、ランズリード侯爵は、一旦戦線を離れた。


その後も暫く、戦況は膠着していたが、後から後から、敵兵が押し寄せて来るのは変わらない。

このままでは拉致が開かないと考えた俺は、味方が居ては巻き込んでしまう魔法を使おうと考え、アンテローヌに

「暫くなら俺が時間を稼ぐから、一旦、引け」

と怒鳴ると、

「総大将が兵を見捨てては、ランズリード家は末代まで笑われます」

と怒鳴り返し、

逆に「皆の者、突撃じゃ」と、大声で周囲の近衛騎兵に激を飛ばし、敵歩兵の密集地に突っ込んでいく。

仕方がないので、俺は、敵を斬り倒しながらその後を追いかけていくが、アンテローヌの騎馬が槍で倒され、アンテローヌ自身も地面に放り出されて、群がる敵の下敷きになった。近衛騎兵達も次々と馬を倒されて、地面に引き摺り下ろされていく。

不味いと思った俺は、三半規管を破壊する超音波を周囲に最大出力で放った。半径50メートルの範囲に居た者達が敵味方関係なく倒れた。

直ぐに、アンテローヌのところに駆け寄って助け出したが、金属鎧の腰の部分に穴が空いていて、そこから血が流れていた。鎧の上から、金属を突き破るメイルブレーカーで刺されたようだ。

このままだと失血死してしまう。

俺は、あらかじめ用意していたブラッドスライムを、アンテローヌの鎧の穴から押し込んで止血をした。

周囲を見ると、敵兵が迫って来るので、超音波を使って倒し、更にその後にいた敵の集団にファイアトルネードを数発打ち込んだ。


そして、それは突然起こった。


最初に、その異変に気が付いたのは、死体が散乱している場所で戦っている兵士達だった。

彼らは、一斉に悪寒に襲われた。

そして、足元で、ガチャガチャと金属と金属がぶつかり合う音がするのに気が付いた。

敵も味方もともに、ゾクリとして周りの地面を見回すと、倒れていた死体が動き始め、ギクシャクした動作で立ち上がりつつあった。

その動きは妙に人間離れしており、次の動作に移る度に恐怖を呼び起こした。

「「「「「「アンデッド」」」」」」

多くの者の口から、無意識に言葉が漏れていた。

その言葉が、まだ戦っている者達の注意を惹き、戦場全体に、ある恐れが伝搬していった。

「アンデッドの原」

戦死者が多く出た戦場で、たまに起こると言われている現象で、そこで死んだ者は、例外なくアンデッドとなって、いつまでもその場所をさ迷うといわれる「アンデッドの原」。

『ここが、「アンデッドの原」になったのか?』

兵士達は、その恐れに囚われた。

今や、戦闘を続けている者はいなかった。1人残らず、我を忘れて、ギクシャクとした動きで起き上がって来るものを見詰めていた。いや、目が離せなくなっていた。

そのもの達は、ゆっくりと足元に転がっている剣や槍を拾い上げると、ギクシャクとした動作で、その武器を生きている者達に向けた。

それを見た兵士達の全身に鳥肌が立った。

『『『『『『もう、戦争どころではない』』』』』』

敵も味方も、剣を交えている相手と目を合わせ、互いに頷き、次の瞬間、その場から逃げ出した。


全ての兵士が逃げ出した後、その戦場に残っていたのは、何が起きたのか分からず唖然としていた俺と、逃げたくても逃げられない傷を負っている者達だけだった。そして、この場所から逃げられない者の運命は、既に決まっていた。


俺もゆっくり考えている暇はなかった。

というのも、生者に逃げられたアンデッド達が、剣を振り上げて俺に向かって来ていたからだ。

俺は、慌ててアンテローヌを両手で抱き上げて、尾根を目指して駆け出した。

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