ハデス
俺達の会話が終わるのを待っていたように、
『私を纏っている間は、あらゆる物理攻撃と魔法攻撃は無効になります』
と、ハデスが答えてきた。
『念話が出来るのか?』
『冥界同化のスキルにより、装着者と意識の共有が可能です。当然、念話も出来ます』
『意識の共有?』
『いちいち指示しなくても、装着者の意思で動かせるスキルです』
『うん、意味が分からない。俺が右腕を上げれば、当然、着ている鎧の右腕も上がるよな。特に、意識の共有は必要ないと思うが?』
『どういうことか、お見せしましょう。腰の剣を抜いて、誰も居ない方向に向かって、振り上げて下さい』
そういえば、この鎧は帯剣している。剣も込みでの鎧という訳かと思いながら、腰の剣を抜き、ハデスの指示通りに剣を振り上げた。
『そのまま、あるじ様は動かず、鎧だけが一歩踏み出して相手を切ることをイメージして下さい』
不思議なことを言うなと思いつつ、俺はそのまま動かずに、リビングアーマーだけが一歩踏み出して相手に斬り付ける様子をイメージした。すると、リビングアーマーが俺の体をすり抜ける様に一歩踏み出し、腕に持っている剣を振り下ろした。俺はその場から一歩も動かず、腕も動かしていない。そして、俺の手の中には剣が無くなっていた。
剣を振り下ろした鎧は、次の瞬間には、その場から消えて、俺に装着されていて、俺の手は剣を握っていた。
一瞬、何が起きたか分からなかったが、
「待て待て待て。今、何が起こった。何をやった」と俺は叫んだ。
『これは面白いスキルじゃ。このスキルに熟達すれば、この剣を躱せるものはおらぬぞ』と、フィアも感心している。
『これは、いわば分身剣か、分裂剣とでもいうようなものか?』
『見かけだけなら、それに近いと言えますが、実際は、全く異なります。分身剣や分裂剣は、剣を操ってるいるのが1人ですが、このスキルでは、剣を操るのは2人になります。私の剣は私が操り、あるじ様は、別の剣を独自に操ることが出来ます。つまり1対1の戦いを、1対2の戦いに出来るのです』
『分身剣や分裂剣って、本当にあるのかよ。適当に言っただけなのに。まっ、それは置いておいて、ちょっと考えさせてくれ。そうか、ハデスが俺から分裂、これはもう分裂と考えるしかない、分裂したら、俺は直ぐにゼネラルソードを召喚して斬り掛かればいいんだな』
と、俺は考えを整理してから、
『よし、ハデス。お前が俺から分裂した瞬間に、俺はゼネラルソードを召喚して、時間差で相手に斬り掛かるとする。その後はどうなる?俺の手にゼネラルソードがある間は、再度、合体出来ないんじゃないか』
『再装着は出来ますが、右腕だけは再装着できずに、右腕が2本に分裂したとように見える状態になります』
『なるほど、複雑だな』
俺は少し考え込んで、
『ゼネラルアーマーを装着した上から、ハデスを装着することは可能か?』
『可能です』
『よし、次は、それを試してみるぞ』
「ゼネラルアーマ」と呟くと、俺の体にゼネラルアーマーが装着された。
続いて、「ハデス」と呟くと、その上からハデスが装着された。
『この状態でさっきと同じことをするぞ』と伝えて、剣を右手に持って振り上げる。
『行け』と念じる必要もなく、ハデスが俺の意思を察して、俺から分裂したように抜け出して相手に斬り付ける。その間に、俺はゼネラルソードを召喚して、ハデスと時間差で同じところに斬り付ける。そのときには、ハデスは俺の前方から消えて、俺に再装着されている。ただ、右腕だけはゼネラルアーマーを装着して、ゼネラルソードを握った俺自身の腕と、ハデスの剣を持ったハデス自身の腕が、肩の辺りから分離して、右腕が2本ある様に見える。
物理的に接触しているわけではないらしく、動きにも支障が無い。俺がゼネラルソードを送還すると、次の瞬間には、俺の腕にハデスが再装着され、手にはハデスの剣を握っている。
『このスキルは凄まじいな。それで、ハデスにこういう動きをさせるときに、俺は意図するだけで、指示までしなくていいということか』
『その通りです。意識を共有していますから、私にはあるじ様の意図が分かります。さらに、意図を実現するのにもっと最適な動きがある場合、独自に判断して動くことも出来ます』
『これなら剣術の熟練度がかなり高い相手でも、互角以上に戦えるな』
『このリビングアーマーを着けた動きを、お主の体に馴染ませる必要があるじゃろう。ここに籠って修練してみてはどうじゃ』
フィアの助言に従って、そのまま坑道に籠って、ハデスとの連携を体に馴染ませた。
ハデスとの連携訓練で分かったことは、ハデスの動きには予備動作が無いということだ。
言うまでもないが、人間の体は筋肉が動かしている。だから、どのような動作の前にも、筋肉が準備をしてしまう。それが予備動作だ。しかし、ハデスはリビングアーマーだから筋肉が無い。筋肉が無いから予備動作もない。
すると、どうなるか。まず、動き出すのが、コンマ何秒か早くなるし、次の動きを相手に察知されにくくなる。しかし、もっと驚いたことは、ハデスは、あり得ない体制から、あり得ない動作が出来ることだ。
例えば、必要以上に前屈みになってしまった姿勢から立ち上がるとき、筋肉で動いている人間の場合は、一旦重心を引き戻さなければならない。
しかし、ハデスの場合は、それが無い。重心の位置を調整せずに次の動作に移ることが出来る。
どういう原理か分からないが、冥界の鎧には重心が無いのだ。だから、人間なら後ろに倒れてしまうほど仰け反ったとしても、後ろに倒れない。しかもその姿勢から飛び上がったりすることができる。寝ている姿勢から、上半身を起こさずに立ち上がることも出来る。いろいろと、理解出来ない動きをしてみせる。
もっとも、俺がハデスを纏っている状態では、その動きが制限されるようだが、ある程度は出来る。
剣術スキルは熟練度を高めれば高める程、人間の動きの生理的かつ心理的な虚を突くことを追求する。そして、完璧に虚を突く動きを修得したとき、それが奥義と呼ばれるのだろう。
しかし、ハデスは、人外の動きが出来る。
俺と対峙した相手が、俺の動きを読み、人間の動きの範囲内で対処しようとすると、確実に失敗する。ハデスは、そういった動きをするのだ。
ハデスには、まだ驚くことがある。ハデスが腰に着けている剣だ。これを鑑定してみると、剣として鑑定出来ない。剣の形をしているが、鎧の一部らしい。そして、鎧の一部だから、物理攻撃無効を持っている。そして、それがこの後、驚く効果を発揮すると、このときは思わなかった。
さらに、ハデスとの連携訓練をしたことで、ハデスの固有スキルである冥府斬を修得した。冥府斬は、相手を冥府に送るスキルで、かすり傷を付けただけでも相手の命を奪える。これも相当にチートなスキルだ。




