新しい任務
「テレナリーサ様がお呼びです」
ラミューレに呼ばれて、テレナの執務室に入ると、
「私の留守中に、アンデオンの闇ギルドの頭を討ち取ったそうじゃないか」
「ああ、ラミユーレに化けて、パティが持っている陶器の欠片を奪いに来たようだ」
「そいつの死体は地下牢にあるのか?」
「ああ、氷魔法で凍らせてもらって、地下牢に保管してもらっている」
「何故、埋葬しなかった?」
「テレナ、ここだけの秘密にしておいて欲しいんだけどな」
「なんだ、もったいぶって?」
「実は、闇ギルドの頭の死体はアンデットになっている」
「何、アンデットだと?何故だ?」
「ほら、囚人船に乗り込んだときに助けてくれた怨霊を覚えているだろう。その怨霊にアンデッドにしてもらった。殺してしまったから、アンデッドにして情報を聞き出したというわけなんだ」
「そういえば、あの怨霊は女だったな」と意味深な笑いを浮かべる。
「いや、怨霊とは取引だ」
「まっ、それはいい。それなら、そのアンデッドを尋問したいが、出来るか?」
「大丈夫の筈だ」
という訳で、俺達は地下牢に降りて来た。
テレナリーサとアンドリア、氷魔法の使い手のシモーヌ、そして、俺とルビーが一緒にいる。
地下牢には細長い木箱が2つ並んでおり、それぞれに氷漬けになったアンデッドが入れられている。
1体はアンデオンの闇ギルドの長で、もう1体はフォグという殺し屋だ。
このフォグは、アンデッドにして尋問した後、回収するのを忘れていたが、勝手にルージュのいる騎士団宿舎まで歩いて来たのだ。
もちろん、騎士団宿舎は大騒ぎになったが、直ぐにルビールージュが駆けつけて、アンデッドを眠らせたので、騒ぎは収まった。
その後、アンデオンの頭を氷漬けにしたシモーヌが、そのアンデッドも氷漬けにして、こうして地下牢に並べられたのだ。
尋問を終えて執務室に戻って来た。
「テレナ、言いにくいが、どうしても話しておかないといけないことがあるんだ」
「どうした。深刻な話か?」と、テレナが小首を傾げる。
「ああ、物凄く深刻な話だ」
「話してみてくれ」
「フレイラという騎士を知っているか」
「フレイラ?」
「トラディション伯爵家に居たと言っていた」
「ああ、思い出した。トラディション伯爵家の女騎士だな」とテレナは頷く。
「親しかったのか?」
「会ったことはあるかもしれないが、親しくはないぞ。騎士養成所でも時期が違うしな。そのフレイラがどうしたんだ?」
「道で死にかけているところを見つけて助けたんだが」
「また女をつくったのか?」
「まあ、聞いてくれ」
「それで」
「その女を助けて、ここに連れて来ようと思ったんだが、王都騎士団の名前を出すと、行きたくないと言われた」
「それで」
「街の宿屋で匿ってるが、トラディション伯爵家に命を狙われているようだ」
「寄親に命を狙われているだと、何故だ?」
「ここからが、重要な話だ。というよりも、貴族を告発する内容になる。話しても、大丈夫か?」
「貴族を告発だと?」とテレナは眉を上げて、難しい顔になった。
「少し待て」と言って執務室のドアに鍵をかけ、寝室に通じるドアにも鍵を掛けた。そして、執務机の引き出しから丸い石を取り出し、ローテーブルの上に置いて掌を当てると、石から淡い光が広がって、直径2.5メートルほどの光の球になる。
「この光の中に入ってくれ」
「これは?」
「外から話を聞かれないための魔道具だ」
ローテーブルを挟んだソファが、光の玉の中に入っている。
テレナと対面で座り
「フレイラが言うには、トラディション伯爵は、子供の誘拐で儲けているそうだ」
「何だと」テレナは、怒りの形相をして立ち上がった。だが、直ぐに自分を取り戻して、
「済まない。続けてくれ」
「トラディション伯爵の娘が攫われたそうだが、実は、自作自演で、王都の子供の誘拐に伯爵が関わっているという噂を打ち消す為に、自分の娘を攫ったらしい。そのとき、フレイラは、娘の護衛をしていて、毒を盛られたそうだ。そのまま捕らえられて、森で凌辱されて、その後、どこかに閉じ込められて、男に弄ばれていたということだ。」
「そんな酷い目にあったのか」
「話はもっと酷くなる。フレイラを弄んだ男だが、伯爵自身とその身内の者だったそうだ」
「何だと?」
またエレナは立ち上がった。今度は、怒りを通り越して鬼の形相だ。よく美人が怒ると怖いというが、テレナほどの美人が怒ると、怖いなんてものじゃない。正直、ビビった。
「お、落ち着いてくれ」と俺が言うと。
「す、済まない」と言って、テレナは腰を下ろした。
「それで、フレイラの逃亡を手助けした奴が居たらしく、逃げ出すことが出来たということだ」
「それで王都まで逃げて来たのか?」
「そうだ、テレナを頼って来たと言っていた?」
「何、私を頼って来た?それなら、何故?」とまた立ち上がりかけたので、
「ちょっと待ってくれ、ここは誤解が無いように言っておくが、事情を聞いたのは、だいぶ後のことだ。最初は、王都騎士団に連れて行こうと言ったんだが、拒否された」
「何故だ?」
「最初はテレナを頼って王都まで来たそうだが、俺が助けたときには、気持ちが変わっていて、男に弄ばされたことを、テレナに知られたくないと思い直したそうだ。知られるくらいなら、死ぬとも言っていたぞ」
「何故だ?そんなに知っている間柄でもないのに」
「テレナに恋愛感情を持っているようだ」
「何?フレイラは、女なんだろう?」
「間違いなく、女だ」
テレナは、ブルっと身を震わせて、
「それで、その女は、今はどうしている」
「腹を刺されて重傷を負っていたので、宿屋で部屋を取って療養させている。護衛に、女奴隷を2人付けている」
「誰に殺されかけた?」
「分からない。オーリアは、伯爵の影か、王都の影だろうと言っていたけどな」
「影が動いているのか。その後は、襲ってこないのか?」
「死んだと思っているかもしれない。それほど、重症だった」
「護衛の奴隷は、強いのか?」
「かなり強いぞ」
テレナは少し考え込んでから、
「フレイラとも寝てしまったのか?」と聞いてきた。
俺が黙って頷くと、
「不味い相手と寝てしまったな」
テレナは暫く苦虫を噛み潰したような顔をして考え込んでいたが、
「その女を匿っていることがバレると、伯爵家から命を狙われるぞ。その女を見捨てることは考えていないのか?」
「いや、せっかく助けた相手を見捨てるという選択肢はないな」と俺が答えると、
「それなら、逆に攻めに出るか」
「攻めに出る?」
「最初に言っておくが、私には、伯爵家と闘うだけの力はない。しかし、そなたが単独で伯爵家の悪事の証拠を押さえることが出来れば何とかなるかもしれない」
「証拠を押さえるって、どうするんだ?」
「証人と書類を手に入れるか、誘拐された子供たちを保護するか、取引の現場を押さえるか、そんなところだな」と、テレナはニヤリと笑いながら答えた。
揶揄われていると感じた俺は、「そんなことが俺に出来るわけがないと思うんだが」と、軽く抗議した。
「他の者ならともかく、そなたなら出来るかも知れない」
「えらく高く買ってくれているんだな」
「とにかく調査だけでもしてみたらどうだ?」
「調査か?」
「オーリアやルビーなら、違法なことにも詳しいだろうし、連れて行ってはどうだ。パティとアルミ、デユエットの面倒は見ておくから」
「証拠を掴んだら、テレナに渡せばいいのか?」
「証拠が掴めたら、影が現れるはずだから、そいつに渡せばいい」
「そいつが本物かどうかは、どう判断する?」
「それは大丈夫だ。仮に偽物が現れて偽物に渡しても、本物の影が始末する」
「恐ろしいな」
俺は、その意味を少し考えてから、
「それで、探っているときに、戦闘になったらどうする」
「そのときは、相手を倒すしかないだろう。ただし、伯爵家に正体を知れるとお尋ね者にされるから、伯爵に知られる前に徹底的に始末しろ。ただし、伯爵家には直接に手を出すなよ」
「ハンディが多いな」
「相手が相手だけにな」
そう言いながらテレナは立ち上がると、壁に据え付けられた金庫のところに行き、扉を開けて皮袋を一つ取り出すと、それをテーブルの上に置いた。
「内々で調査を頼んだことにしよう。これは、経費と報酬の前渡しと考えてくれ」




