2人のラミューレ
翌朝、ルビーに、
「随分うなされていたけど、大丈夫か?」と声を掛けようとすると、ショートカットの髪が顔を包んでいるので驚いた。
「一晩で、髪が伸びたのか?」と聞くと、
『この髪は、私の触手だ』と、ルージュから返事があった。
昨日、道具屋と武器屋と宿屋の入口の取っ手に貼り付けたルージュの欠片から、ルージュに大量のスキルが流れ込んでいるらしい。
ルージュのスキルを確認すると、
鑑定1、目利き1、錬金術1、薬草採取1、調剤1、調薬1、酒造1、鉱物精錬1、鍛冶1、陶芸1、木工1、調理1、裁縫1、織物1、彫金1、交渉術1、暗算1、大剣術1、剣術1、短剣術1、棍棒術1、盾術1、大盾術1、投擲1、弓術1、回避1、喧嘩1、跳躍1、蹴り1、踏みつけ1、頭突き1、魔力探知1、聞き耳1、土魔法1、火魔法1、水魔法1、魔力回復1、酒豪1
たった1日で、これだけのスキルがドレイン出来ていた。
このスキルを、俺がルージュからドレインしておく。ただし、戦闘系スキルは、ほとんど俺が持っているスキルと重複している。
今日は、冒険者ギルドへ行って、ルージュの欠片を利用してスキルを集めようと考えている。冒険者の中には、スキルドレインに気付く奴がいるかもしれないから、ギルドの横に併設されている酒場兼食堂の食器やコップ、酒瓶などに、ルージュの欠片を付着させるのが自然でいいだろう。
冒険者ギルドの扉を開けると、俺達に視線が突き刺さる。その視線は、別に俺達だけでなく、誰が入って来ても同じように突き刺さる。
それを無視して、奥へ進もうとすると、
「今日は違う女を連れていやがる」と酒場から声が上がった。
俺はそれを無視して、さらに進もうとすると
「待てよ。その女の胸は揉まないのか?」
と、そいつが大声を上げ、周りの男達がゲラゲラ笑う。
すると、ルビーが立ち止まって、言い返そうとしたので、
「止めろ」と言って、肘を掴んで奥へと進む。
ルビーは、振り向きながら何か言いかけたが、俺の言葉が命令になったのか、口をパクパクさせただけで言葉が出ない。
それを見た酒場の男達が、更に大きな声で笑いだした。
何とかカウンターに着いて、ルビーの冒険者登録を頼む。
冒険者の金属プレートをルビーに受け取らせ、2人で酒場に入ろうとすると、先ほど大声で叫んでいた奴らが立ち塞がった。以前に、アリシアに追い払われた奴らだ。
そのとき、
『ルビーに任せな。精神干渉を試させてみる』と、頭の中でルージュの声がした。
ルビーが俺の方を見るので、頷くと、
「あんた達も、私の胸が揉みたいのかい?」と、ルビーが男達に色目を使う。
「何だ、商売女か」と1人の男が言うと、
「ちえっ、つまらねぇ、商売女を自慢そうに連れ歩くんじゃねえよ」と、別の男も同調して、ゾロゾロと元の席に戻って行った。俺が呆気に取られていると、
『上手く行っただろう』と、頭の中でルージュの声が聞こえた。
ルビーの方を見ると、素早くウインクしてきたので、頷き返しておく。
空いている席に座って、酒を頼もうとすると、
『ルビーがさっきの奴らに、もっと強い精神干渉を掛けるから、酒代を多めに渡してやりな』とルージュの声。俺は腰の袋から金貨2枚を出してルビーに渡す。
『これは何か、ルージュを間にして、話をせずに意思の伝達が出来ているのか?だとしたらルビーとルージュと俺は最高の組み合わせだぞ』
ルビーは、席から立ち上がってカウンターに行き、マスターに金貨を1枚渡して何か言葉を交わすと、酒ビンを手首の無い右腕で抱え込み、左手を5つのコップの内側に指を突っ込んで持つと、さっきの男達のテーブルに行き、
「どうだい、お近づきのしるしに一杯奢るよ」と言いながらコップをテーブルに置いて、酒ビンを左手で持って酒を注いで行く。
「へへ、話が分かるじゃねえか、こっちに来いよ」と伸ばされた手を、スルリと躱したルビーは、
「他の客達にも酒を奢りたいから、また今度ね~」と言いながらカウンターに戻る。
男達は、ルビーがコップの内側に指紋と一緒に付けたルージュの欠片を、何も疑わずに飲んでいく。
ルビーは、同じようにして、カウンターに寄ってはコップをもらい、堂々と内側に指を突っ込んで持っては、他のテーブルに行って、酒を注いで回った。
コップの内側を持たれても、それが綺麗な女の手なら誰も気にしない。そんな男達の下心を突いた上手いやり方で、この酒場に居た全員に、ルージュの欠片を飲ませてしまった。
酒場から出て宿屋に戻ろうとした俺達は、誰かがつけてきているのに気がついた。
『ルージュ、誰かがつけて来ている。ルビーにも伝えてくれ』
『とっくに気が付いているってさ』
『じゃあ、そこの横道に入って、最初の角を曲がった所で待ち伏せしよう』
特に深く考えないまま、待ち伏せを企んだ。だが、付けてきた奴は、いつまで経っても角を曲がって来ない。
『バレたか?』と思っていると、いつの間にか霧が出ていた。
『霧か、何故気付かなかった?』と思っているうちに、霧がどんどん濃くなって周りが見えなくなった。
『霧魔法だ。このままだとまずい。トルネードを2人の周りに創りな』
ルージュの指示に従って、トルネードを生み出して、自分達の周りに風の壁を創る。
『このままトルネードを維持しなよ。暫く時間がかかるが、持久戦だ。トルネードの中に、決して霧を入れちゃいけないよ』
ルージュの言う通りにトルネードを維持していると、ファントムファイアが現れて、トルネードに運ばれて俺達の周りを舞った。ルージュが仕掛けたのだろう。
見ていると頭がくらくらするので見ないようにしていると、突然、隣にいるルビーが、一気に3メートル以上踏み込んで、短剣を突き出した。
「グアッ」と悲鳴が上がり、黒いロープの人影が倒れ込む。ルビーは、その影が倒れる前に短剣を引き抜きざまに、刃の軌道を変えて首を掻き切った。
手品なような剣捌きに、見惚れていると
『トルネードを消して、相手を調べな』とルージュに言われて、倒れた奴のロープを巻くって顔を確かめると、全く見たことのない女の顔だった。
首筋の脈を確かめると、もう死んでいる。スキルをドレインして、
『こいつは誰だ?』と考えていると、
『任せな』とルージュが言う、
『◎&#&#△◎』ルージュが聞き取れない呪文を唱えると、死んでいたはずの女が動き出した。
『これでアンデッドのしもべが1体出来た』
『アンデッドなんてつくってどうするつもりだよ』
『とにかく、何者か聞いてみな』
『分かった』
「おい、お前は何者だ?』と、アンデッドを問いただす。
「私は、アンデオンの闇ギルドのフォグだ』
『何故、俺達を襲った?』
『闇ギルドの長の命令だ』
『そいつは、今、何処にいる?』
『王都まで、一緒に来た』
『それはいつだ?』
『3日前だ』
「3日前に王都に来ただと。ひょっとしたら、今頃、そいつはパティ達を襲っているかも知れない。ルビー、直ぐに帰るぞ」
俺達はそのまま、騎士団宿舎に向けて駆け出した。ルージュによってアンデッドになった女は、ルージュの後を追って、フラフラと歩き出した。
これが後に、王都の歩く死者として語り継がれる怪事件になる。
大慌てで、騎士団宿舎に戻ると、パティ達はスイートルームのドアの前に集まっていた。
「何をしているんだ?」と声をかけると、
「掃除をするからと、ラミューレに追い出されて」とパティ。
「ラミューレが掃除を?」確かに、俺はよく、テレナの部屋からラミューレに追い出されている。ラミューレは、こっちの部屋の掃除もしていたのかと思っていると、隣のドアが開いて、
「皆さん、こんなところで集まって何をしているんですか?」
テレナの執務室から、掃除を終えたラミューレが出て来て、俺達に声を掛けた。
「ラミューレ」
俺はスイートルームを指差して、
「こっちから入ったのか?」と聞くと、ラミューレは首を振る。
それはそうだ、スイートルームとテレナの寝室を繋ぐドアは、スイートルームの側からは開かない。
「ラミューレは、確かにここから部屋に入ったのか」とゼネラルソードを召喚して、パティ達に確認すると、皆が首を縦に振る。
全員が今の質問の意味が分かったようで、ドアから後ずさる。ルビーとクレラインとオーリアも剣を抜いている。
「皆、後ろに下がれ。ルビー突入するぞ」
俺はゼネラルアーマーを召喚し、スイートルームのドアを開けて、部屋の中に踏み込む。同時に、ルビーが、俺と壁の隙間から、部屋に滑り込んで来る。
部屋の奥では、掃除道具を持ったラミューレが、クローゼットの中を覗き込んでいたが、入って来た俺達に気が付いて、
「どうしたんですか~?」と緊張感のない声で聞いてくる。声と姿は、ラミューレにそっくりだ。
俺は、ゼネラルソードの剣先を向け、「お前は誰だ?」と誰何する。
「いやですよ~、私ですよ、ラミューレですよ」と、またしても緊張感のない声で答える。
「嘘を付け。ラミューレならここにいるぞ。ラミューレ入って来てくれ」
その声に応えて、ラミューレが俺の後から部屋に入ってくると、
「「あっ」」と、2人のラミューレが同時に声を上げる。そして、2人とも同時に相手を指差して、
「そいつは、偽物よ」
「そいつは、偽物です」
と、同時に叫ぶ。
俺はそれには構わず、
「ルビー、やれ」と合図をすると、ルビーが一瞬で部屋の奥に居たラミューレとの距離を詰めて斬り掛かった。
ラミューレは、その攻撃を躱すと「何をするんですか?」と叫びながら、壁に沿って逃げ、テレナの寝室に続くドアまで行って、そのドアを開けて逃げようとした。
これで、こいつが偽物だと確信出来た。そのドアが、こちら側からは開かないことを知らないからだ。
俺は、その動きを予想していたので、ドアの前に移動し、三半規管破壊魔法を撃ちながら、ドアを開こうとしてこちらに向けている背中に、ゼネラルソードを突き刺した。
「グアッ」と悲鳴を上げて動きが止まったところに、ルビーが追いついて来て、ゼネラルソードの下をくぐりながら、凄まじい技量で、そいつの背骨を切断した。
偽のラミューレの腰から大量の血が吹き出し、俺が剣を引き抜くと、体がドサリと床に落ちた。
そいつは、顔だけをこちらに向けて、何か言うように口を開きかけたが、口から大量の血が吐き出されて、ラミューレの顔が、見知らぬ男の顔に変わった。
俺は、ゼネラルアーマーを解除して、そいつからスキルをドレインすると、
『ルージュ、こいつにも呪いを』と、頼む。
ルビーが『◎&#&#△◎』と呪文を唱えて、そいつはアンデッドになった。
ルージュにアンデッドにされた死体を尋問することで、ラミューレに化けていた男が、ノーボディと呼ばれる、アンデオンの闇ギルドの長であることが分かった。
この男が持っていたスキルは、ノーボディといい、誰にでも化けることが出来るスキルだった。もっとも、物理的に化けるのではなく、相手に思い込ませる、精神干渉の上位互換のようなスキルだった。この為、アンデオンの長の本当の顔は、誰にも知られてないということだ。
闇ギルドの狙いは、やはり、パティの持っていた焼き物の欠片で、テレナリーサの不在を狙って、ラミューレに化けて、焼き物の破片を奪うという作戦だったことも、窯の中に、焼く前の陶器を入れて、店を燃やしたのが、この男自身だということも分かった。
そして、アンデオンの闇ギルドの幹部は、これで全滅したことも分かった。
★★★ 重要なお知らせ ★★★
この更新で、第1章は終了となります。
第2章については、構想がカタチになるまで、
連載を休憩いたします。




