大誘拐団 5
2日目の航行も無事に進み、次に停泊する桟橋が見えてきた。
「海賊が出なかったな」と俺が言うと
「まだ分からないぞ。出るとしたら今夜だ」とローゼン。
ミュールギュントを一緒に撃退したことで、護衛の冒険者同士が一気に打ち解けて、船倉の一角で、全員で輪をつくって晩飯を食っている。といっても、その輪に入っているのは俺だけで、ヴィエラとアリシアはデュエットと一緒に、離れたところで固まっている。
晩飯を食っているといっても、火を起すわけでもなく、配られた干し肉を、酒で流し込んでいるだけだが。
「干し肉は不味いが、酒がふんだんに出るのがいいな」とローゼンのパーティの男達が酒を飲み交わしている。
「あんた、凄腕の魔法使いなんだな」とローゼン。
「どんな魔法を使ったんだい?見えなかったのが残念だ」と話しかけてきたのは、6人パーティのリーダーらしいアマゾネスタイプの女だった。
「私は、ハビティヌスだ。ハビーと呼でくれ。この6人のリーダーをしている」
「俺は、ダブリンだ。呼ぶときは、ダブでいい。4人のパーティのリーダーだ」
「バカでかい音がしたけど、音で倒したのかな?でも、いくら大きな音でも、相手を驚かせることぐらいしかできないはずなんだけどな」と6人パーティの1人で、小柄で少年ぽい男が疑問を口にした。
「ディニー、魔法の詮索は失礼だぞ。それくらいにしておけ。悪かったな、こいつは、ディニオスと言って、うちのパーティで一番魔法が得意なんだ。ただ、詮索好きで、人の魔法を詮索する癖がある。いつも注意をしてるんだが、なかなか治らないので困ってるんだ。勘弁してやってくれ」と、ハビーが弁解してきた。
「俺は、ハビーのサブをやっているロンドリヌスだ。ロンドって呼んでくれ。ところで、ローゼン、さっき、海賊が出るとしたら今夜だって言ったな。対抗する手立てはあるのか?」
「うん、そんなもの必要か?白兵戦なら負けないだろう」とローゼン。
「船を焼かれたり、沈められたら、白兵戦なんて出来ないぞ」とロンドが食い下がる。厳つい見かけに寄らず、心配症のようだ。
「見張りをちゃんと立てて、不意を突かれなければ大丈夫だろう。それに、こっちには凄腕の魔法の使い手がいるしね」と、ハビーが俺にウインクしてくる。
いや、ハビーも、美人と言えば美人だが、そこまで手を広げるのは問題だろうと、余計なことを考えていると、
「ねぇ、ダブ、あんたの意見はどうなんだい?」とハビーが聞いてくる。
「俺は、そうだな、敵が来てから考えるしかない、と思っている」と、話し合いを聞いていなかったことを誤魔化した。
「そうだろう~。戦いなんて、敵を見てからでないと分からないからな」と、ローゼンは、俺が同意したと勘違いして上機嫌で酒をあおった、
話は、そのまま、雑談に流れ込んでいったが、俺はこっそりその場から抜け出して、甲板に出た。
甲板には、娼館に行かない居残りの乗組員が数名、見張りをしている。
俺達、冒険者が見張りに立つのは、眠る時間になってからだ。
桟橋付近の河岸は、娼館や飲み屋が並び、小さな光の列になっているが、それ以外、周囲は真っ暗だ。
空を見上げると満天の星が、空から溢れそうなくらいで、その迫力に鳥肌が立つ。月はまだ登っていないので、明かりは星だけだ。目線を下げると、黒々した水の流れが見える。まあ、俺が、夜目を持っているから見えるんだが。気配察知やソナー魔法を働かせても怪しいものはいない。もし、海賊が襲って来るとしても、もっと遅い時間だろう。ローゼンは、出たとこ勝負でも勝てると言っていたが、俺はそんなに楽観的になれない。
地下の洞窟で、罠に嵌められた苦い経験があるからだ。
戦いには、計略が必要だ。俺を罠に嵌めたあの赤毛の女なら、こんなときに、どんな策を立てるだろうかと、考えてみようとした。
罠を仕掛けるとして、どんな罠を仕掛けることが出来るのかが問題だ。俺には戦争の知識なんて全く無いから、小説やマンガや映画、ドラマの記憶を総動員して、策略を考えてみる。
しかし、戦いの策略なんて、待ち伏せ、騙し討ち、落とし穴位しか思いつかない。
とにかく、基本は相手を騙す、ということだよな。どうやって騙す?
俺のスキルで、使えそうなスキルを探してみる。すると、使えそうなスキルは、ファントムファイアかファントムウォーターしか見当たらない。
ファントムファイアは使い道が分からないが、ファントムウォーターで出せる蜃気楼なら使い道がありそうだ。甲板に、案山子のように人間の蜃気楼を出すか?しかし、それでは何の効果もない。それならば、いっそのこと、この船自身の蜃気楼を出してみるか?そこまで考えたとき、このアイデアは行けそうな気がした。
「1人で甲板に出て、何を考え込んでいるの?」と声をかけられた。振り返るとアリシアが船倉から出た来た。舷側まで来て、俺の横に並んで川を覗き込む。
「海賊が来たときの策を考えているんだ」
「それで、作戦は出来たの?」
「ああ、出来そうだ」
「教えてもらっていい?」
「まあ、見ていてくれ」
俺は、下流に向かってこの船の蜃気楼を出した。
「「「あれは何?」」」とアリシアの声と重なって、ヴィエラとデュエットの声も聞こえた。2人も、アリシアの後を追いかけて甲板に出て来たようだ。
「あれは蜃気楼だ」
「「「蜃気楼?」」」
目の前には、ぼんやりとした船の様な影が宙に浮かんでいる。
しかし、ぼんやりとし過ぎていて、船には見えない。そこで、蜃気楼の上にファントムファイアを幾つか出してみた。すると、明かりを灯した船のようにも見える。
「幽霊船みたい」デュエットが、俺のハートを抉るような感想を漏らす。
「これをどうするの?」
「これを浮かべておいたら、海賊は蜃気楼を先に攻撃するんじゃないかな」
「そんな不気味なものを見て、攻撃する馬鹿はいないだろう」と後ろから声が掛かった。
ハビーだった、デュエット達を追って甲板に出て来て、蜃気楼を見ての感想だった。そして、ハビーの後ろから、続々と人が出て来る。
「下で飲んでいたんじゃないのか?」と聞くと、
「ハビーが面白いものが見れそうだっていうから、付いて来たんだけどよ。確かに面白いものが見れたぜ」とローゼン。
そのとき、俺の注意が逸れたので、蜃気楼が消えてしまった。
その夜は、蜃気楼を消さないように、一晩中甲板で見張りをしたが、蜃気楼の効果があったのか、海賊の襲撃はなかった。
陽が昇ると、船倉に降り、ヴィエラ達に見守られて、昼まで眠りを貪った。
海賊船の襲撃は、その後もなく、昼には、無事にエルトローレの桟橋に着いた。
「起きなよ。エルトローレに着いたってさ」とヴィエラに揺り起こされた。




