大誘拐団 1
王都周辺の街道を警備していた王都騎士団第5騎士団が、王都から出て来た荷馬車を止めた。
「そこの荷馬車、ちょっと待て」
荷馬車に声を掛けたのは、第5騎士団で一番大きな足を持つボロックだ。
荷馬車が停まると、近づいて
「何を積んでいる?」と問いただす。
「ご覧の通り、樽でさあ」
「樽の中身は何だ?」
「色々だって聞いてます、あっしは、ただ運ぶだけなものでして」
ボロックは荷物の樽に近づいて、樽を拳で叩いた。樽は、中が空のときの乾いた音を立てる。
次に、一つの樽を傾けて揺すってみると、中に何かが入っている手応えがあるのに、揺すっても音がしない。
「商品に触らないでくだせえ」と御者が抗議するが、ボロックはその声を無視して、力任せに樽を持ち上げて、目の前で樽を前後に振った。大男のボロックだからこそ出来る力技だった。
振ってみると、樽の中の重心が移動するが、その重心の移動の仕方が妙だ。柔らかくて、そこそこ重たいものが、中に入っている。
先日、ゼネーブ川の河岸の倉庫で、少女を誘拐した闇ギルドの大規模な摘発があったからこそ、この荷馬車を呼び止めたのだ。
ボロックは、もしやと思い、「団長」と大声を上げると、御者が慌てて馬に鞭を入れて、荷馬車が動き出した。
それを見た別の騎士が、急いで騎乗して、荷馬車の前に回り込み、馬車を止めると同時に、抜いた剣を御者に向けて、
「馬車から降りて、大人しくしろ」と命令した。
しかし、御者は更に鞭を振って、馬を進めようとしたので、騎士の乗っている馬と、荷馬車を引く馬とが、ぶつかった。
双方の馬が倒れ、その勢いで馬車が横転し、積んであった樽が転がり落ちたが、その一つが割れて、中に子供のものらしい小さな体が見えた。
「あれは、子供だ。こいつは誘拐犯だ。取り押さえろ」
団長の命令で、騎士達が、倒れた馬車から転げ落ちて蹲っている男を捕らえた。
騎士たちが、樽をこじ開けると、それぞれの樽に、子供達が閉じ込められていた。いずれも薬で眠らせているのか、揺り起こしても起きない。
このとき発見された子供達は、26名にものぼった。
第5騎士団は、その子供達を王都に連れて帰ると、団長は、事の仔細を王都護衛府に知らせた。王都護衛府の長である宰相は、ことの重大さを理解して、第5騎士団に、王都での誘拐事件の徹底的な調査と、犯人の捕縛を指示した。
その過程で、テレナへの簡単な事情聴取があったが、それは形式的なものであり、第3騎士団にはこの事件についての指示はなかった。
その理由は、第3騎士団は貴族の令嬢だけからなる、総勢30数名しかいない名目だけの騎士団とされており、実際的な任務が与えられることはないからだ。
第1騎士団が2千名。第2、第4、第5の各騎士団が、それぞれ500名の人員を擁することを思えば、名目だけの騎士団と言われるのも頷ける規模だ。
ただし、公爵家から独立し、護国騎士という、特別な地位と権限を与えられているテレナは、望みさえすれば、どんな任務にも、第3騎士団を率いて関わることが出来る。
テレナが、何故、公爵家から籍を抜いて、独立した貴族になったのかは、教えてもらっていない。もっとも、俺の方からも、敢えて聞こうとはしていないが。
そして、30数名という少なすぎる騎士団は、テレナに騎士団長という地位を与えるためだけのものだというのも疑う余地がないだろう。
そこまで、王国から配慮されているテレナが、俺みたいな素性の知れない男とくっついてもいいのかと疑問が湧くが、オーリアからは、「テレナに男を見る目があるから、あんたを選んだんだよ」と持ち上げられた。
持ち上げられて悪い気はしないが、過ぎた評価はむず痒い。
いくら籍を抜いたとはいえ、公爵家の血筋の者と一緒になるともなると、面倒臭いことになるかと心配したが、そうはならなかった。
テレナが、どんな男を囲ったところで、誰も、男には興味が無いようで、親元の公爵家でさえも、俺に関心を示してこなかった。
それだけテレナの立場が特殊なのだろう。どう特殊なのかは、考えても分からないが。
とにかく、俺が、この王国の王族や貴族と合う必要もなく、国の政治や組織と関わる必要もなかった。
たぶん、世間からは、俺は、テレナが気まぐれで飼い出したペットぐらいにしか思われていないようで、テレナの家を一歩出ると、誰にも、顔さえ知られていない唯の民間人だ。まあ、俺にはその方が気楽で都合がいいんだが。
第5騎士団が子供達を助け出した日の夜、テレナがベッドで、
「あれは、アルミちゃんの誘拐と無関係ではないと思う。背後に、大きな組織があるに違いない。そなたの力を貸してくれないか?」と頼んできたので、
「第3騎士団というのは少人数なんだろう。大きな組織と戦えるのか?」と聞くと、
「そういえば、私の実力を、まだ見せたことがなかったな。この前の水攻めでは、不覚を取ったが、これでもなかなか強いんだぞ。明日、それを見せてやろう」と言いながら、俺を征服するように覆い被さってきた。




