呪い再び 2
シスターをパティのところに連れて行くと、シスターは、また手提げカバンから幾つか四角い石を取り出して、パティの頭の近くに置いて、手を翳して何かを呟いていたが、
「この呪いは、私には解けません」と、肩を落として告げた。
「呪いが解けないって?」と俺が口にすると、
「枢機卿の方々なら解けるかも知れませんが・・・」と、最後の部分で口ごもる。
「枢機卿には、貴族でないと診てもらえないな」とテレナリーサが、シスターが言い淀んだことを、言葉にした。
「枢機卿は、貴族でないと診ないのか?」と、確かめるように聞くと、
「この宿舎にいると分からないかも知れないが、貴族と平民との差は大きい。幾ら私でも、ダブリン殿達の特別扱いは、この宿舎の中でしか出来ない。ここは私の持ち家でもあるからな」
「俺達は、特別扱いしてもらっているのか?」
「気が付かないのですか?世間では、もう噂が立って、テレナリーサ様は白い目で見られているんですから」とアンドレラが怒った口調で言う。
「アンドレラ、そのことは言うな。ダブリン殿は、私の生命の恩人だ。世間から何と言われようとも、私は気にしていない」
「俺達のせいで、白い目で見られているのか?」
驚いて聞き返すと、
「その話は、もういいではないか。この家の中のことは、外の者には関係ない。それよりも、パティさんだ」とテレナリーサが、パティを見る。
「そう言えば、封書も呪われていたんだろう?その封書は?」と聞くと
「これです」とアンドレラが差し出す。
何かにつけ、俺を目の敵にしているアンドレラだが、
証拠品をちゃんと回収している有能さには感心した。
「もう呪いは解けているんだろうな」と、シスターに念を押すと頷いたので、封書を受け取って開封する。
中から出てきたのは、
『呪いを解いて欲しければ、今夜、例の焼き物を持って、囚人船まで、色男1人で来い』と書かれた書き付けが出てきた。
「囚人船?」俺が疑問を口にすると
「ゼネーブ川に浮かぶ、死の船だ」とテレナリーサ。
「元は囚人を収容する船だったのが、船で死んだ者の呪いで、誰も近づけなくなったから、送り込まれたら最後、餓えて死ぬしかなくなった船だよ。だから死の船と呼ばれているのさ」とオーリアが説明してしてくれる。
「何で、そんな船に焼き物を持って来いと言うんだ?」
「パティさんに呪いを掛けたのが、囚人船の王だからでしょう。この呪いの強さも、囚人船の王の仕業なら頷けます」
「囚人船の王?」
「一般人なら知らないのも無理はありませんわね。囚人船は、囚人船の王と呼ばれる、生者でも死者でもない者が支配していますの。でも、この話は、広めないで下さいね」と、シスターが説明してくれる。
「この色男というのは、あんたのことだね」とオーリアが揶揄うような口調で言う。
「1人で行くのは危険だよ」とクレライン。
「そうだ、ダブリン殿では、囚人船に踏み込んだだけで死ぬ。私も行こう」とテレナリーサ。
「ダメです。そんな危険なこと。私の生命を賭けても、行かせません」とアンドレラが、凄い剣幕で止める。
「焼き物を持って来いと書いてあるから、また、アンデオンの闇ギルドの仕業だろう。だけど、何故、そこに囚人船の王が絡んでくるんだ?」
「呪いを依頼したのでしょう。囚人船の王は、若い娘の魂を生け贄にすれば、闇組織の依頼で呪いを掛ける厄介な存在なのですよ」とシスター。
「で、どうするんだい?」オーリア。
「俺1人で来いと書いてあるから、俺1人で行くよ」
「何か策があるのか?」とテレナリーサ。
「いや、夜までには、まだ時間があるから、今から考える。少し1人にしてくれ」
俺はそう言って、ソファに腰掛けて考え込んだ。
『呪いの対策といえば、精神統一だな。今の熟練度は1だから役に立たないだろう。精神統一って、どうやって熟練度を上げるんだ。坐禅でも組めばいいのか?』
俺は、とりあえず、ソファの上で坐禅を組んでみた。
1時間半ほど、無心になって坐禅を組んでいると、精神統一の熟練度が3になった。熟練度の上がり方が早すぎるが、これは天賦の才の影響なのだろう。
『熟練度が6か7まで上がれば、何とか戦えるかも知れない』
少しだけ希望の光が見えて来た俺は、意気込んで、また、坐禅を始めた。
どれ位、時間が経ったのか?経たなかったのか?気が付くと、目の前に夜の森が広がっていた。
そして、俺と森の間に1人の女が横たわっている。
素っ裸の女で、髪が燃えるように赤い。一瞬、倉庫で殺した女かと思ったとき、その女が首を捻ってこちらを向いた。
そのとき、俺の背筋には悪寒が走った。この顔は、はっきりと覚えている。バッハエンデの北の崖の上で見た女の顔だ、確か、ルージュといった。そこまで思い出したとき、横たわっている女が口を開いた。
『困っているなら力を貸すよ』
これは、夢か?あのときの呪いは解けている筈だ、と思っていると、
『呪いは破れたけど、その代わりに、私があんたに憑依したのさ。今まで力を失っていたけど、あんたがあの手紙に触れたときに、力を吸い込んで、ここまで復活したんだ』
『これは夢じゃないのか』
『あんたの血をくれたら、呪い無効を付けてやるよ。今のあんたには必要だろう』
『俺に呪い無効を付けてしまったら、お前が困るんじゃないか?』
『あんたの血をくれたら、問題ない』
『俺の血をどうするんだ?』
『あんたの血で、自分の体を創る』
『はっ?』俺は意味が分からずに聞き返した。
『その女を助けたいんだろう?』
女が念を押すように聞いてくる。
『ああ、助けたい』
『なら、私に血を分けな。呪い無効がなけりゃ、あの女は助けられないよ』
『お前の言う呪い無効があればパティを助けられるのか?』
『船の囚人ごときの呪いなんざ軽く跳ね返せるさ』
『これは夢か?それにしてもリアルだな。仮に夢ではなかったとして、またこの女に呪いを掛けられることになるにしても、それでパティを助けられるなら、この話に乗るしかない』
俺はそう判断すると
『分かった。俺の血は、どれ位欲しいんだ』
『本当は全部欲しいが、少しでいい。あんたの持っているブラッドスライム、あれを私にくれ』
『あれか?まあ、いいだろう。やるよ』
『よし、もらったぞ。目が覚めたら、スキルを確かめてみな』
その言葉で、俺は目が覚めた。
『はっ、眠ってしまったのか。やっぱり夢だったか?しかし、やけにリアルな夢だったな』
と思いつつ念のためにスキルを見てみると、
『呪い無効』というのが現れていた。
またしてもゾッとしたが、そのとき、俺の肩にいつも貼り付けている、最後のブラッドスライムが俺の肩から、床まで滑り落ちた。
今まで操作出来ていたブラッドスライムが、俺の支配下から離れたのが分かる。
どうなるのかと見ていると、ブラッドスライムは、表面を波打たせながら膨張と伸縮を始め、さらに変化を始めた。全体に細長く上に伸びたと思うと、頭に当たる部分が飛び出し、手のようなものが左右に伸び、下の半分は脚のように2つに分かれた。
俺が呆気に取られているうちに、変形は更に進み、20センチ位の身長の、真っ赤な血の色をした女の姿になった。
変身を終えたブラッドスライムは自分の体を見下ろして、自分の手で自分の体を触ったりしていたが、
「小さいな。血が足りなかったかね」と言って俺の方を見る。
俺は思わずゾッとして、「血は、あれでいいと言っただろう」と言うと、俺の血で出来た女、いや、俺の血で蘇ったルージュは、
「は~、確かに言ったよ。では、血じゃなくて、違うものをもらうかね」
と言いながら俺の太ももに飛び乗って来たが、
「まっ、今はいいわ。これから元に居た場所に戻るよ」と言って、スライムの形に戻ると、おれの肩に這い上って来た。
「なあ、この呪い無効というのは、熟練度はないのか?」
「ああ、熟練度の無い、高度スキルだ」
『そうか、熟練度の無いスキルは高度スキルというのか。ゼネラルアーマーやゼネラルソードと同格のチートなスキルなんだろう』
その時、部屋のドアが開いて、クレラインとオーリアが入って来た。
「もうすぐ夕方だよ。早い目に飯にしよう」とクレライン。
「呪いに対する用意は出来たのかい?」とオーリア。
俺は「ああ、出来た」と答えて、夕食を食べに食堂に行った。
食事を終えて部屋に戻り、パティがペンダントのようにして首に掛けている、焼き物の欠片が入った皮袋を、俺の首に掛け直して、革鎧を着込んでいると、アンドレラが、
「テレナリーサ様がお呼びです」と言ってきた。
テレナリーサの執務室に入ると、机の向こうから回って来たテレナリーサは、一振りの剣を持っており、それを差し出して、
「これを持っていけ」と、少しぶっきらぼうに言った。
「これは?」と聞くと
「我が家の家宝の破眼の剣だ。破眼の儀式石を練り込んだ剣だ。破眼スキルがないと上手く使えないが、無いよりましだろう」
「家宝って?そんな貴重なものを、俺に持たせていいのか?」
「なら、その剣を貸す代わりに質を取ろう」
「質?」
「その剣を無くしたら、剣の代わりに、そなたが、私のものになれ」
「えっ」と俺が戸惑っていると
「ははは、冗談だ。それより、今着けている剣帯を外せ、この剣帯を着けてやろう」
俺が剣帯を外すと、テレナリーサは俺の腰に手を回すようにして、破眼の剣の剣帯を着けてくれた。そして、俺の腰のベルトをギュッと締めて、
「これで、よし」と一歩下がって、剣帯の着け具合を確かめると、俺の真正面に立ち、ゆっくりと仮面を外した。そして
「今度は、この前のようにではなく、ちゃんと私の唇を求めてくれ」と言って、目を閉じた。
剣帯を締めてもらっている時から、俺の心臓は早鐘の様だったが、この一言でとどめを刺された。
目を閉じたテレナリーサのふっくらとした唇に、俺の唇を軽く重ねた後、俺達は、お互いの唇を貪り合った。




