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追跡 2

やっと地上の部屋に出て、水に溺れる心配がなくなった。

テレナリーサを床に降ろしたが、意識を失ったままだ。20分近くも、俺の肺の空気を吸うしかなかったのだから、酸欠になるのは免れない。

俺は、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込んで、形の良い鼻をつまんで、唇を重ねて肺に息を送り込んでやる。

1回で目を覚まさなかったので、2度、3度と人工呼吸をする。

クレラインとオーリアは、最初は驚いてその様子を見ていたが、すぐにニヤニヤし始めた。

3度目の人工呼吸が終わった時に、ゲホッ、ゲホッと咽込んで、テレサリーナの意識が戻った。


そのとき、女騎士たちが入って来て、

「きゃっ、テレナリーサ様、お顔が」とラミューレがテレナリーサに飛びついて、体で顔を隠そうとする。

「貴様、何をしている」と剣を抜いて俺に斬り掛かろうとしているのはアンドレラだ。

ステーシアは、俺が手に持っていた仮面を、ひったくって、テレナリーサに「お仮面を」といって手渡している。

テレナリーサの仮面は、顔の怪我を隠す為なのかと思っていたが、そんなことではなかった。むしろ、何故、仮面で隠しているのか分からない程、テレナリーサは美人だった。

「静まれ」とテレナリーサが一喝すると、女騎士達は静かになった。

再び仮面を着けたテレナリーサが

「その、ダブリン殿と2人にしてくれ」と頼んだので、女騎士たちは、しぶしぶその部屋から出て行った。

ニヤニヤしながら俺達を見ていたクレラインとオーリアにも、

「そなた達もだ。それと、私が呼ぶまで誰も入れないようにしてくれ」と頼んだ。


2人が、面白いものが見れそうだったのにという顔をしながら部屋を出て行くと、テレナリーサは、俺の方に向き直って、仮面を外した。

正面から見ると、美しさが際立つ。濡れた金髪をかき上げると、若くてハリのある肌が水滴を弾いている。そして、今、大きな菫色の目が、麗しい陰りを帯びて俺を見つめている。

とうとう意を決したように、

「こんなことをお願いしている場合ではないのは分かっているのだが、あの、あれをもう一度やってもらえないだろうか」と言ってきた。

「あれ、って?」と俺が聞き返すと、

「命の息吹を、もう一度、私に吹き込んでもらえないだろうか?」

「命の息吹?」ああ、人工呼吸のことを言っているのか。

「まだ息が苦しいのか?」

テレナリーサは、目を一瞬泳がせたが、

「そ、そうだ。まだ、息が苦しいんだ」と、両手で胸を押さえる。

「それなら、もう一度横になってくれ」と言うと、

「こうか?」と寝ころんだ。

俺が、顔の横に回り込んで、鼻をつまんで人工呼吸をしようとすると、

「鼻をつまむのは止めてくれ。苦しいから」というので、鼻をつままずに、大きく息を吸い込んでから、テレナリーサの唇に、横から俺の唇を重ねて、息を吹き込む。

1回目が終わっても、まだ体を起こさずに、目を瞑って口を薄っすらと開けているので、もう一度、息を吸い込んで、また息を吹き込む。顔を離すと「もう一度」とせがまれた。

『これって、キスを求めているのか?キスしてくれと言うのが恥ずかしいから、呼吸が苦しいという言い訳を言っているのか?』と疑問に感じながら、とうとう、10数回、人工呼吸をしてから、「もういいか?」と聞くと、半分眠っていたようで、目をこすりながら

「ああ、息が楽になった」と言って上半身を起こした。

「また、息が苦しくなったら、命の息吹を吹き込んでもらえるだろうか?」と聞くので、

「ああ、いつでもいいぞ」と答えると、テレナリーサは表情を引き締めて、仮面を着け直した。

眠りかけていたから、キスを求めていたのではなくて、人口呼吸をされることに安心を求めていたようだ。さっき溺れかけたことで、PTSDになっているのかもしれない。今は、一刻を争う時だが、これほどの美人から唇を重ねるようなことを懇願されては断れない。 


「本当なら、私は、あのとき溺れ死んでいた。無理に捜索を進めると言い張って、この様だ。これ以上、捜索を進めればアルミという子の命も危ないだろう。そなたは私の命の恩人だ。この件については、今後、そなたの指示に従おう。なんなりと、私に、命じてくれ」と言ってくるので、

「俺にもどうすれば良いのか分からない。こんなときは、普段はオーリアとクレラインに相談している。特にオーリアの助言には助けられている」と答えると

「そなたのしたいようにしてくれ」と言うので、俺はオーリアとクレラインを呼んだ。

「これからどうすれば良いか、ということだが」と切り出すと

「何もせずに待てと書いてあるんだから、何もしないで待つのも手だけどね」とオーリア。

「下の洞窟に入って行ったことは、何かしたことには、ならないのか?」と俺。

「相手は、こちらが、何もするなと書いた書き置きを見たら、逆に、洞窟まで探しに来るだろうと読んでいたね。でなけりゃ、こんな大層な罠は仕掛けない」と、今回の出来事を分析する。

「アルミは、まだ大丈夫だと思うか?」と俺が聞くと、

「今は、あんたを殺したと思っているから、その間は安全なんじゃないか。それより、水の中にはどれくらいいた?」と逆に聞き返された。

「はっきりとは分からないが、洞窟の長さから考えて、20分近くだった筈だ」

「20分もあれば、溺れ死ぬには十分だ。だから、相手はあんたが死んでいると油断している。その油断を突けば、アルミを取り返せるかもしれない」

「どういうことだ?」

「じっと待ってるのが嫌なんだろう。だけど、こっちが動いているのがバレたらアルミが殺される。だったら、勝負をかけるのは今しかない。今すぐ、引き返して、洞窟の向こう側から出て、相手を襲えば勝算はある。20分位なら、向こう側まで潜って行けるんだろう」

「そういうことか、分かった。20分ぐらいの潜水は、どうってことない。だけど、相手は、まだ、その先にいると思うか?」

「下の洞窟は、どこに通じていたんだい?」

「向こう側に出る前に、水が流れ込んできたからな」

「流れ込んできた水の量から考えると、用意した水ではなくて、たぶん川の水を引き込んだのだろう。だとすると、ゼネーブ川の水だ。歩いた歩数と曲がった回数と角度から考えて、出口はゼネーブ川の河岸の木工組合の倉庫がある辺りだと思う」とテレナリーサ。

俺は、テレナリーサが、歩数を数えていたということに驚いた。

「じゃあ、出口はどこかの倉庫の地下室だろうね。アルミを連れて行った奴らは、あの洞窟を使っただろうから、まだ出口の倉庫に居る可能性は高い。さあ、ここまで分かれば、早くアルミを助けに行きな」とオーリア。

「我々はどうすれば?」と、テレナリーサが俺に聞くので、

「オーリアと相談してくれ」と言い残して、俺は地下室に向かった。


地下室への階段を覗き込むと、水の流入はもう止まっており、地下室は腰の少し上まで水没している。テレナリーサが言う通り、この水がゼネーブ川の水なら、もう川の水面と同じ高さになっていて、これ以上、水が流れ込んでくる心配はない。

俺は、浮かんでいる樽を掻き分けて、洞窟の入り口迄辿り着くと、もしものときの為に、樽を一つだけ抱え込んで、大きく息を吸い込んでから、息を止めて階段を降りて行った。

樽を水中に沈めるのに少し手間取ったが、怪力を発動させて無理やり沈め、洞窟の中まで持ち込むと、浮力で天井にへばりついたので、後は楽だった。


水魔法で、樽を抱えた俺の周りに前進する水流をつくり、その流れに乗って水没した洞窟の中を進んでいく。ソナー魔法と超音波スキル、方向知覚を働かせて、真っ暗で全く何も見えない水中を20分程進むと、突き当たりの階段に辿り着いた。

予定通りに着いて、肺の空気に余裕があるので、樽はその場で手放し、サイレントの魔法を発動してから、突き当たりの階段を塞いでいる石の蓋を押し上げる。暫く動かなかったが、怪力と剛力を使うと留め金が折れたのか、蓋が動き出し、水の圧力が石の蓋を押し上げて、一気に水が吹き上がった。超音波スキルで周囲を確認しながら階段を上ると、そこは誰もいない地下室で、早くも膝の高さまで浸水している。サイレントの魔法が無ければ、水が吹き上がったときの大きな音で敵に気付かれていたはずだ。

超音波スキルで見つけた、地下室から地上への階段を上り、ゼネラルアーマーを召喚しておいて上げ蓋を押し上げる。そこは小部屋で、誰もいなかったので、地下室から出る。その部屋には、光がないため、夜目があっても何も見えない。


熟練度が低い隠密と隠蔽を、何もしないよりもましだろうと働かせて、小部屋のドアを少しだけ開けて、ソナー魔法と超音波スキルで周囲を探り、熱感知で敵の位置を探る。

小部屋の外は、広い倉庫になっていて、天井の近くに明り取りの窓でもあるのか、薄暗いが物が見える。

木材や樽などが、あちこちに積まれていて、周囲には小部屋が幾つかある。奥の方にある階段が2階の部屋へと続いている。

サイレント魔法を止めて、聴覚強化2を使うと、かすかに話し声が聞こえてくる。内容までは分からないが、男の声と女の声だ。ときどき笑い声が混じっている。オーリアの予測した通り、油断しているようだ。

声のする方に、腰を屈めながら壁にへばりつくようにして進んでいると、いきなり、魔物スキルの横走りと岩這いが使えるようになった。


声は、上の階から聞こえてくる。

2階に上る階段まで行こうとしたが、途中で岩這いスキルで、壁を這い上れそうな気がしたので、壁のかすかな凹凸を怪力で掴んで、壁を這い上って、2階の窓枠に手をかけた。

「・・・あの洞窟を知っていたな」

「お頭に教えてもらったのさ。とっておきの策だってね」

という声が聞こえたので、此奴だと確信して、その部屋の窓枠まで移動して、無敵、瞬動を発動して、一気に、その部屋に飛び込んだ。


空中で回転しながらゼネラルソードを召喚して、鎧袖一触で男の頭を割る。

次に女を見ると、女は驚いて一瞬だけ固まっていたが、すぐに踵を返して逃げ出そうとしたところを、部屋に飛び込んだ勢いのまま、瞬動で距離を詰めて、女の背中に袈裟懸けに斬り付ける。

女の背中から派手に血が飛び散り、女は向こうに側に手を伸ばすようにして倒れた。

その手の先に、小型の鉄の檻があり、その中に、アルミが閉じ込められていた。

俺は、勢いを殺さずにその檻に駆け寄ると、周囲にいた賊たちに、衝撃波魔法を撃ちまくった。

そのとき、女の体がピクリと動いたので、「動くな」と、バインドワードを発動させた。

女の体が一瞬強張ったので、ゼネラルソードで頭を叩き割った。


商人の荷馬車に隠れて倉庫の近くまで来ていたテレナリーサ率いる第3騎士団とクレライン達は、ドーン、ドーン、ドーンと建物を揺るがすような轟音を聞いた。

「あの倉庫だ」

クレラインの号令で、数台の荷馬車に隠れていた10数人の騎士団が飛び出して、音のした倉庫に突撃した。

倉庫の入口の扉を、大柄な女騎士が、「破城斬」と一声挙げて、大きなバトルアックスを叩きつけると、扉が吹っ飛んだ。すぐに、騎士団が倉庫になだれ込んで、逃げようとしていた男達と斬り合いになった。

2階の部屋は、俺の衝撃波魔法で、ほとんどの壁が吹き飛び、男達は1階に落ちたり、そのまま床に転がったりしている。

「アルミ、無事か?」

俺が、鉄の檻の錠を引き千切って、アルミを檻から助け出していると、クレラインとオーリアが階段を上がって駆け寄って来たのでアルミを渡し、ゼネラルアーマの召喚を解除して、殺したばかりの女からスキルをドレインした。

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