追跡 1
そのとき、下の階から「ダブ、何処?」「いるのかい?」と声が聞こえた。クレラインとオーリアの声だ。
「ここに居るぞ」と部屋の外に出て2人を呼んだ。
2人は直ぐに階段を上がって来たので、
「これを見てくれ」と言って、盗賊が残した書き置きを差し出した。
「何もするなって?」
「アルミを人質にしたわけね」
そんな話をしながら1階に降りて来たときに、テレナリーサとラミューレが大勢の衛兵を連れてやって来た。
「派手に暴れたな。それで、アルミちゃんは見つかったか?」とテレナリーサ。
俺達が揃って首を振ると、
「そうか、衛兵隊の了解を取ったから、第3騎士団も全面的に捜索に加わるぞ」とテレナリーサ。
「私が付いていながら、アルミちゃんが誘拐されてしまうなんて、ごめんなさい」とラミューレが涙声で謝る。
俺はテレナリーサに、誘拐犯の書き置きを見せて
「アルミが人質に取られた。何もするなと書いてある」
「何故、人質に?」とラミューレ。
「人質の交換条件は何だ?」とテレナリーサが鋭い質問をしてくる。
「交換条件は書いていない」と俺が答えると、
「書いていないなら、書かなくても分かっているということだ」と、テレナリーサが仮面越しに俺を見詰つめてくる。
俺は、話してしまっていいのかどうか判断に困ってオーリアの方をチラッと見ると、肩をすくめられた。
『好きにしろと言うことか』
「俺達にも分からないが、思い当たることはある」と当り障りのない答え方をすることにした。
「思い当たることとは?」とテレナリーサの追及が止まない。
『こうなれば、少し誤魔化して話すしかない』
「アンデオンから持ってきた窯の中に、闇ギルドが欲しがる物が入っていたようなんだ」
「闇ギルドが欲しがる物?」
「パティが焼いた陶器の破片を狙っているらしい」
「どんな陶器だ?」
「珍しい焼き上がりになったらしい」
「今、持っているのか?」
「いや、パティの物だからパティが持っている」
「それで、これから、どうしますかな。スラムを一斉捜索しましょうか」と衛兵隊のリーダーらしい男が、横から口を挟んでテレナリーサに問い掛けてくる。
「ちょっと待ってくれ。一斉捜索されると、人質にされたアルミの命が危ないかもしれない」と俺が言うと、
「我々が保護していた者が攫われたんだ。何もしないわけにはいかない」とテレナリーサ。
「スラムに連れ去られたという、騎士団の目撃証言がありますので、我々も、何もしないわけにはいかない」と、衛兵隊の男も主張する。
俺は、前にアルミが地下室に閉じ込められていたことを思い出して、
「それなら、まず、この家を捜索してくれ。ひょっとしたら、この家の地下に隠されているかも知れないし、地下からどこかに通じているかも知れない。その捜索から始めてくれ」
テレナリーサは、暫く考え込んで、
「よし、その線で行こう。ラミューレは衛兵を何人か連れて2階を調べろ。隠し扉や隠し部屋がないか入念に調べろ。バルザッキー殿は、1階の他の部屋を調べてくれ」
バルザッキーというのは、衛兵隊のリーダーのことのようだ。
そこまで命令して、テレナリーサは俺の方を向いた。
俺が『何だ?』というような顔をしていると、
「我々は地下へ行くのだろう。早く案内してくれ」と言ってきた。
『何故、テレナリーサが俺と同行することになっているんだ?』と疑問に思いつつも、
「地下室を探す」と言いながら、ホールの床に手を当ててソナー魔法を使った。地下室があるのは直ぐ分かったが、動きがないし、人の気配も感じない。
「地下室があるが、人の気配がしない」
俺は、床にソナー魔法を撃ち続けて、地下室の入口を見つけ、地下への階段を降りて行った。後ろからテレナリーサ、クレライン、オーリアが続く。
地下室には、多くの樽が置いてあり、ただの倉庫だったようだ。
「樽だけで、何もないぞ」と言いながらも、樽の中にアルミが隠されていないか、樽に触ってソナー魔法と熱感知で中を確認していく。テレナリーサやクレライン達も俺が何をしているのかを察して、「アルミちゃん」と呼びかけながら、樽を一つ一つ叩いて、中にアルミが居ないかを確認してくれた。
「樽の中には、居ないな。念のために、衛兵にこの樽を没収させておいてくれ」とテレナリーサに頼んでおく。
俺はなおも、地下室の壁や床をソナー魔法で探っていると、この地下室の下にも空間があるのを見つけた。
その地下の空間をソナー魔法で探っていくと、積まれた樽の下に階段のようなものがるのが分かった。樽は、その入り口を隠すカムフラージュだったようだ。
急いで樽を取り除くと、金属の輪が付いた石の蓋が現れた。石の蓋を持ち上げて、下の空間に下りて行く。クレラインとオーリアは、何かあった時の為にその場に残り、テレナリーサだけが俺の後に付いてきた。
そこは、かなり昔に造られた洞窟のようで、かなりかび臭く、岩がむき出しになっている。周囲に超音波スキルを撃ちっ放しにして、ファイアーボールを浮かべて明かりの代わりにしながら洞窟を進んでいく。洞窟は、所々で曲がっているので、方向知覚で曲がった方向を覚えながら進む。洞窟は、枝分かれすることもなく終点に着いた。
終点の正面には階段があり、出口は石の蓋で塞がれているようだ。
階段を上ろうとして、目の前の段に足を掛けたとき、壁の横からバキっという音がして、壁が破れて大量の水が流れ込んできた。
『くそ、罠だったのか?』と、気が付いたときには遅く、水の浮力で足を取られ、態勢を立て直そうとしても体が浮いて、その場に踏ん張り切れず、俺は水に流された。
手が、後ろにいたテレナリーサの体に触れたので、庇うように抱え込んだが、そのまま激流に飲み込まれて流されていく。あっという間に、水は洞窟の天井にまで届いており、仮に足で立ったとしても、もう洞窟の中に空気はなかった。
このときに、無呼吸耐性4が役に立った。水をだいぶ飲みこんだが、暫らくは無呼吸でも我慢が出来る。
腕に抱えたテレナリーサが苦しんでいる。水が濁っているので、目では見えないが、ソナー魔法で様子が分かる。俺は、溺れかけているテレナリーサの顔から仮面をむしり取って、その口に俺の口を重ねて、俺の肺の空気を送り込んでやる。テレナリーサは、最初はいやいやをして唇を放そうとしたが、すぐに呼吸が苦しくなったのか、逆に、俺の口に強く吸い付いて、俺の吐き出す空気を貪り始めた。
水中を流されながらソナー魔法と超音波スキルで周囲を探っていく。曲がり角を何度か曲がっているので、方向知覚を働かせて、壁に叩きつけられないように注意しながら、俺達の周囲に水流をつくってクッションにする。
俺1人ならゼネラルアーマーを召喚するが、テレナリーサを抱き抱えているので、俺が硬い鎧を纏うと当たって痛いだろうから召喚していない。
この洞窟を歩いたのは40分位だ。警戒しながら歩いていたので、距離にすると3キロ位だろう。俺達が飲み込まれた流れは、俺達の歩いた速度よりはるかに速い。倍以上の速度があると考ると、20分もかからずに、入ってきた階段に着く筈だ。今の俺の無呼吸耐性なら、30分以上は無呼吸でいられる。テレナリーサに、俺の肺にある酸素を分け与えても、十分に余裕があるはずだ。
漸く、ソナー魔法と超音波スキルで、俺達が下りてきた階段を見つけた。俺は水魔法で体の周りの水流を操作して、階段に近づくと、上昇する水流があったので、その水流に乗った。
地下室の床の出入口をくぐり抜けて、ようやく水の上に顔を出すと、樽の置いてあった地下室に、噴水のように水が噴き出していた。
「良かった。無事だったんだね」
「ここも水浸しになりそうだよ」
クレラインとオーリアが口々に叫ぶ。
「くそ、この洞窟自体が罠だった。まんまと、それに引っかかった。相手に、相当頭の切れる奴がいる」と俺は歯軋りした。
俺はぐったりしているテレナリーサを抱えながら、階段を登りきると、「蓋を閉めろ」と叫んだが、水が噴き出す圧力が強くて、クレラインとオーリアの2人ががりでも蓋が閉められない。
地下室の水位も急速に上がっており、もう腰の高さまで水が来て、樽がぷかぷかと浮かんでいる。
今度は「地上へ逃げろ」と叫んで、テレナリーサを抱きかかえながら、俺達は、地上の部屋を目指した。




