サンドクラブ 3
夜明け前のほの暗い中を、俺達は海岸にやって来た。
目の前には、真っ暗な水平線が広がっている。
波が打ち寄せる音がリズムを刻んでおり、時折、海鳥の鳴き声が混じる。
左手には砂浜が、右手には磯がある。
今は魔物が出るので、普通なら砂浜に置いてある漁船は、村の中に運び込まれており、砂浜にあるのは砂だけだ。
『海の魔物は海から上がってくるのか?姿が見えないが』と思いながら、気配察知で探ってみると、砂浜にも磯にも、夥しい気配がある。
「砂浜にいっぱいいるぞ。気を付けろ」と俺は3人を下がらせて、
「オーリアかクレラインのどちらかがアルミに付いていてくれ。それと、俺がここから魔法で攻撃するから、何かがこっちに来たら対応してくれ」
俺達の立っているのは、砂浜より少し手前の地面に丸太を横に並べて埋め込んでつくった小道の上だ。
砂浜からは少し距離があるので、砂浜に魔物が隠れていても、ここまで来るには少し時間がかかる。危険な場合は、アルミを逃がす時間も十分にあるだろう。
そこまで確認してから俺は、砂浜に向かってエアカッターを撃ちこんだ。しかし、砂とエアカッターは相性が悪すぎた。砂が少し舞い上がるだけで、潜んでいる魔物達は驚きもしていないようだ。
ならばと、今度はトルネードを創って砂浜へと放つ。トルネードが砂浜に達すると、砂を巻き上げて、竜巻が見えるようになる。直径1メートル、高さが3メートルほどの竜巻が砂浜の上を動いて行く。砂が巻き上げられて隠れているのがバレたと思ったのか、砂の中から魔物が飛び出してきた。
甲羅の横幅が1メートルぐらいのカニだ。
サンドクラブというだけあって、甲羅の上が砂のようにザラついており、砂に擬態して隠れているので、気付かずに襲われる漁師が多いという。
そいつは、ハサミを振り上げてこちらを威嚇すると、そのまま横に走って、また砂に潜った。凄い早業だ。そして、トルネードの通り過ぎた後から、次々とサンドクラブが飛び出しては、また直ぐに砂に潜って隠れた。
これでは埒があかない。風魔法はこいつらと相性が悪いと感じた俺は、ここに来るまでに考えていた新しい魔法を使ってみることにした。
「上手くいくか分からないけど、これから大きな音が出る魔法を使う。皆、耳を塞いでくれ」
俺自身も両手で耳を塞ぎながら、3人が両手で耳を塞いだのを確認してから新しい魔法を使った。
それは、風魔法と音魔法を組み合わせた俺のオリジナル魔法だ。
俺が考えた原理はこうだ。音波は、空気の疎密によって伝わる。だから、音魔法は、空気の疎密に干渉しているはずだ。そこで、音魔法で、空気の疎密を極限にまで圧縮する。そして、それを風魔法を使って高速で一方向に打ち出す。そうすれば、打ち出した方向に衝撃波が生まれるはずだ。
俺が、その魔法を砂浜に向かって放つと、ドーンと腹の底を揺るがす音と振動が起きて、目の前の砂浜が大きく抉れ、大量の砂と、その中に隠れていたサンドクラブが、空中に跳ね飛ばされた。
サンドクラブは、そのまま動くことなく、砂浜に転がっている。
その音と振動に驚いたのか、周辺の砂の中から、何十匹ものサンドクラブが出て来て、ハサミを振り上げて威嚇したと思うと、俺達に向かって殺到してきた。
俺の考案した魔法は、本物の衝撃波とはたぶん違うものだろうが、そんなことは構わない。欲しいのは破壊力で、それを手に入れることが出来た。
俺は殺到してくるサンドクラブに向かって、立て続けに、魔法で創り出した衝撃波を放った。
その度に、サンドクラブがまとめて吹っ飛び、ひっくり返ってピクピクしていたり、そのまま動かなくなったりしている。
俺達に殺到して来た数十匹のサンドクラブは、こうして全滅させた。
漁師たちが大きな音に驚いて駆け付け、いつの間にか、俺達の後ろには人垣ができていた。
「大きな音は、あんたの魔法か」
と漁師を代表してダッグエイドが話しかけてくる。俺は振り向いて、人垣が出来ているのに驚きながら
「ああ、俺の魔法だ」
「それにしても、大した威力だな。あのカニどもを吹き飛ばすなんて。あいつらは、もう死んでいるのか?」
俺は、砂浜に横たわっている大量のサンドクラブを見て、
「分からん。生きてるのか、動かなくなっているだけなのか、これから調べてみる」
とはいいつつも、俺には確信があった。衝撃波のエネルギーは、ぶつかった対象の内部で反復し、内部組織を破壊するというのをどこかで読んだ気がする。
もし、それを俺の魔法で再現出来ていたら、サンドクラブは外見は無傷でも、細胞が破壊されて死んでいるはずだ。
俺は、前方の2~3匹にファイアーボールをぶつけてみる。
サンドクラブは、脚を弱々しく動かしただけで、そのまま半分ほど焼けて、焼きガニになった。
「どうやら、死んでいるか、生きていても弱っているようだな」
「どんな魔法を使ったんだ?」
「それは秘密だ。ところで、こいつ等は食えるのか」
ファイアーボールで半身が焼かれた奴から、美味しそうな焼きガニの匂いが漂ってくる。
「ああ、美味いぞ」
「それなら、皆で食おう。俺達が止めをさすから、殺した奴は村に運び込んでくれ」
俺はそう言って、ファイアーボールを連発してカニどもを焼きながら、クレラインとオーリアとアルミに、死にかけの奴に止めをささせた。
半分焼きガニになったサンドクラブを漁師たちが村に運び、その後は、村を挙げて、焼きガニ食べ放題の大宴会になった。
600人もの漁師とその家族が、焼きガニを食べに来たが、40匹以上のサンドクラブを食べきることは出来なかった。
「あんた、見かけだけでなく、本当に強いんだな。この調子で、他の魔物も退治してくれたら助かるよ。村長も別に報奨金を出すと言ってるし」
「それは励みになるな」
俺は、この戦いで、カニを漁村に売って金貨80枚を貰い、魔石は全部もらった。
死にかけのサンドクラブからドレインしたり、食ったりして得たスキルは、
陸上呼吸1、横走り1、ハサミ撃ち1、脱皮1だ。
俺は元々陸上で呼吸しているし、横には走らないし、ハサミなんかもっていないし、脱皮なんかしない。要らないスキルばっかりだった。
翌朝は、磯の方にやって来た。こっちではランディエンゴ退治に挑む。
ここでは衝撃波は使いづらい。岩だらけの地形だから、衝撃波が地形に邪魔されて範囲攻撃になりにくいし、岩のでこぼこした表面が、衝撃波を吸収してしまいそうだ。さらに、ムカデのような硬い殻には、風魔法のエアカッターも土魔法のクレイランスも弾かれそうだ。しかも岩にへばりつくように移動する魔物だから、剣も相性が悪い。ハンマーかメイスで叩き潰すか、火魔法で焼くかしかないようだ。
そこで俺達は、3人とも、この組合に幾つも備えてあったモーニングスターと盾を借りて武装した。いずれも俺がこれしかないと思った武器だが、ここにたくさん備えてあったということは。漁師たちも同じ考えだったということだ。
モーニングスターは、先端の鉄球からスパイクが突き出したオーソドックスな形のものだ。盾は、菱型の横幅を狭くし、縦長にして下端を尖がらせて刺突武器としても使えるタイプで、足場の悪い岩場で、その尖端を岩に突き立てて態勢を支えたり、下からの敵を下端の尖った部分で突き刺したり出来る。
最初に魔物を炙りだす為に、磯の岩場にファイアーボールを撃つ。
すると、岩に隠れていた3メートルもあるランディエンゴが飛び出して、俺達に襲い掛かって来た。
こいつらには火魔法もあまり効いていない。仕方なく、モーニングスターで叩き潰し、盾で攻撃を防いだりと、地味な戦いに終始することになった。
頭を潰しても、尻尾が健在ならまだ襲ってくるし、体が2つに千切れたら2つに分かれたたまま攻撃してくる。しかも、牙に毒があるので、牙の攻撃は盾でしっかり防ぐ必要もある。
アルミを守りながら戦うのは難しいのがわかったので、オーリアかクレラインのどちらかが、アルミと一緒に見学に回るという選択をした。
結局、朝のうちに25匹程退治して、一旦、引き上げることにした。
このランディエンゴは、身にも毒があるので、誰も食べない。悪食のスキルを持つ俺でさえ、こいつを食べることができなかった。
結局、ランディエンゴの死体は村の外まで待って帰って、魔石だけ取り出して埋めた。
こいつらからドレインしたスキルは、
多足1、岩這い1、分裂1で、これまた、使えないスキルばかりだった。
3日目は、ポイズンシェルに挑戦だ。
こいつは、砂浜と磯の両方の波打ち際に居て、人間が近づくと毒霧を吹き出すそうだ。その毒霧が半端な量ではなく、辺り一帯を覆う位になるというから、魔法的な効果を持ったスキルなのだろう。こいつは、衝撃波で、サンドクラブともども吹き飛ばすことにした。
ポイズンシェルは触る前に吹き飛ばしたので、何のスキルも得られなかった。
しかし、サンドクラブがまた大量に獲れたので、最後の夜も、漁村の皆が参加する焼きガニ食べ放題の大宴会になった。




