凍てつく街
『寒い』
ロデリア領主の居城を接収して、臨時の本部としていた王国第4騎士団団長グレナーデ・ジエゼッベリは、元領主の寝室で、あまりの寒さに目を覚ました。
羽毛の掛布の上を辺を両手で掴んで首元に引き寄せたが、そんなことで身体に浸み込む冷気がやわらぐことはなかった。
『寒過ぎる』
グレナーデは堪え切れずに体を起こし、ベッドから出て暖炉の前まで移動した。
暖炉の火は半ば消えて、灰の底に燠が燻っているだけになっている。
グレナーデは火掻き棒でその灰をかき回し、燠を穿り出すと、暖炉の脇に置かれた薪を暖炉に放り込んだ。続いて、薪束を縛ってあった荒縄もその上に放り込む。直ぐに燠の火が荒縄に燃え移り、火の粉を舞い上げながら燃え始めた。
その炎に満足したように、グレナーデは白い繊手を火にかざしたが、身体に浸み込む寒さは一向に収まらない。
グレナーデは、クローゼットから毛皮のマントを出し、部屋着の上に羽織って再び暖炉の前に戻って来た。
ようやく、新しく足した薪が燃え始め、室内の寒さが緩んだ。
そのとき部屋のドアがノックされ、
「団長、緊急事態です」と告げる、副官の声がドア越しに聞こえた。
「入れ」
グレナーデが応えると、ドアを開けて副官のリブレイが入って来た。
「北の城壁の外に、何かが押し寄せて来ています」
焦りが混ざるリブレイの報告が要領を得ないので、
「落ち着け。魔物の襲撃か?」とグレナーデが叱咤する。
「そこの窓から外を見て頂いても分ります」と副官。
「窓から見える?」
グレナーデは副官の言葉を不審に思いながら窓に近付き、視界を塞いでいる鎧戸を開けるために内側のガラス窓を開けると、凍えるような冷気が室内に流れ込んで来て、せっかく温まりかけた体温が一気に奪われた。
「寒い」
グレナーデは、思わずガラス窓を閉めて副官を振り返った。
「この寒さは何だ?」
「街の北側で異変があり、街全体が歩哨が立っていられない程の寒さになっております」
グレナーデは、その報告を聞きながら
「着替えるから部屋の外で待て」と言った後、
「いや、出て行かなくてもいい。この暖炉で暖を取れ」と言い直して、クローゼットから外出着を出して着替え始めた。
革のズボンと厚手の鎧下を着込み、革鎧を装着すると、その上から毛皮のマントを羽織り、
「これから、北門に行く。お前は、他の副官達を集めろ。毛皮のマントを忘れるな」と指示を出した。
その後、グレナーデは、リブレイを含む4名の副官を伴って、ロデリアの街の北門に向かった。
「あれは、樹木か?」
数百メートルの高さがあるのか、見上げるほどの巨木がロデリアの街の北側に壁をつくっていた。
「なんてこった、巨人の大樹壁がこんなに街の近くまで迫り出してくるとは」
街壁の北門の上に登ったグレナーデ達の横で、この街の衛兵隊の隊長だったという男が声を上げる。
「あのデカい樹は、こんな所になかった筈だな?」
副官の1人が、衛兵隊隊長に確かめる。
「はい。巨人の大樹壁は、もっとずっと北。国境の向こうにある筈です」
「それが、何故、目の前にある?」と副官。
唖然としながら巨大樹の壁を見ていたグレナーデ達だったが、あまりの寒さに顔が凍り付き始めているのに気が付いた。
「寒いのを通り越して、痛いぞ。ここに居ては危険だ。総員、一旦、城館まで退却する」
グレナーデの決断により、街壁の北門の守備は放棄された。
城館に戻ったグレナーデは、執務室で今回の出来事について考えていた。
寒さは、時間が経つごとに厳しくなり、暖炉の火では部屋が暖まらなくなってきている。部屋の中にいても、吐いた息が霜になって口の周りにへばり付くようになってきた。
「このままでは不味い」と、グレナーデが考えていると、
「団長、井戸が凍って使えないようです」と副官の1人が報告してきた。
「井戸が凍った?それなら火魔法を撃ち込んで、溶かせばいいだろう」
「それが、火魔法が途中で消えてしまうのです」
「火魔法が消える?魔法阻害か?」
「それが、消えるのは火に関するもののようでして・・」
「火に関するもの?」
「松明を井戸に放り込みましたが、空中で火が消えました」
「火魔法限定の魔法阻害か?それとも火に対する阻害か?どちらにしても、火が使えなくなると、この街そのものから撤退せざるを得ないな」




