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北の大森林

ローザリア王国の北に広がる大森林、北の大森林を、ロデリアの人々は、巨人の大樹壁と呼び習わしている。その名前は、この森林地帯をつくっている巨木に由来する。キョジンスギという名前のその樹木は、成木になると直径30メートルを下ることがない。

その重量を支えるために鉄より硬くなったと言われるだけあって、力自慢が巨大な斧を叩きつけても、表皮に僅かな傷がつくだけという驚異の樹木だ。

建材に使うことが出来れば、防御力の高い城壁や建物が出来る筈だが、残念なことに加工する方法がない。

特殊な魔法やスキルを使えば加工できなくはないが、貴重な人材の貴重な能力を浪費することになるので、誰も手を出さない。

その巨木の梢の先は、下手な山よりも高くなる。ロデリアの地から見れば、北方に連なる巨人のような樹木の壁、それが、巨人の大樹壁の名前の由来だった。


領都ロデリアを出発した俺達の前に広がるのは、黒々とした巨人の大樹壁だ。

アウロラの駆る馬は、2人を背に乗せても、時速100キロ近い速度で駆け続けている。

「明日の昼過ぎには、北の大森林につくだろう」とアウロラ。

「野営はしないのか?」

「この馬は、数日ぶっ続けで走っても疲れない」と説明する。

「何処かで休んで飯にしないか?」

「軟弱な奴だな。今朝、食べただろう。2日ぐらい我慢しろ」

「お前は、いつでもこうなのか」

「我らの部族では、これが普通だ」

「は~、あきれた奴等だ」

「夜も駆けるから、居眠りして落ちるなよ。それとも、私の体に赤ん坊のように紐で括りつけてやろうか?」

「いや、いい。一晩位なら、大丈夫だ」

アウロラは、暴力的なくせに、母性愛が強いようだ。俺が8歳だと知ってから、子供を気遣うようなことを、たまに言う。親切で言っているのか、揶揄っているのか分からず、煩わしく感じる。薄っすらとだが、地球ではいい年をしていたような記憶があるから、余計にだ。


北に向かう街道を夜もひた走り、幾つかの街や村を迂回する。途中で現れた魔物は、アウロラが右手に持つ短槍を振った途端に斬り裂かれる。飛斬と固有スキルの組み合わせのようだ。

夜通し駆け通して、朝が来た。

アウロラは相変わらず馬を駆けさせており、俺は、だんだん近づいて来た巨木の壁

に目を奪われていた。数百メートルの高さの巨樹が壁のように並ぶ様子は、まさに大樹壁の名前にふさわしいものだった。


「あの森は?」

「あれが北の大森林だ」

「巨人の大樹壁と呼ばれるやつか?」

「それは王国の奴らの呼び方だ」

「お前達は、北の大森林と呼ぶだけなのか?」

「そうとも。北と付くところに意味がある」

「北に意味があると?」

「その通りだ」

「どんな意味が?」

「我らを強くしてくれるのが、北の寒さだからだ」

「北の寒さ?そんなに寒くなるのか?」

「王国の奴らが、北の大森林に攻め込んで来ないのは、寒さに耐えられないからだ」

「寒さに耐えられない?」

「森に入ると寒くなるぞ。気を引き締めておけよ」


アウロラは、歩く速さにまで馬の速度を落として、巨樹の森の中に入って行く。


「まさか、こんなに寒いとは思わなかったぞ」

「だから、言っただろう」

大森林に近付くと冷気が漂ってきてはいたが、巨大樹の横を駆け抜けるときには、零下60度くらいの極寒になっていた。いや、零下60度の気温なんて体験したことがなかったから、そういう風に思っただけなんだけど。

「俺じゃなかったら死ぬぞ。この寒さ」とアウロラに文句を言うと、

「私に勝った男が、これくらいで参ってもらっては困るぞ」

「アウロラは寒くないのか?」

「ふん、これくらい。この先はもっと寒くなる。本物の北の寒さを味わってもらうぞ」


最初はまばらだった巨樹が、先に進むにつれて密になってくる。

巨樹に近付くと急激に寒さが増し、冷気は巨樹が発しているのだと分かる。

「おい、この寒さは樹のせいか?」とアウロラに聞く。

「樹に触ると凍り付いて死ぬぞ」と注意される。

「なぜ樹が冷気を出すんだ?」

「それは、族長の試練を受けるときに教えてもらえる」

「族長の試練を受けるときに?アウロラも教えてもらったのか?」

「ああ。何とかという悪魔の力だと言っていた。しかし、難し過ぎて、何のことか分からなかった」

「また、悪魔か。北の大森林は悪魔の領域なのか?」

「私に聞いても分からないぞ」

「頼りない奴だな」

「ふん、私はお前の奴隷なのだろう。それなら、考えるのはお前の役目だ」

「都合のいいときだけ押し付けるな」と、子供のような言い合いをしながら大森林の奥へと進んで行った。


進むほどに寒さが更に厳しくなる。

北の大森林には400万人以上の蛮族が住んでいると聞いた。それだけの人数が、この寒さの中で暮らしていけるのが信じられない。

「しかし、人の姿が見えないな」

「まだ森の入り口だからな」

「見張りぐらい居ないのか?」

「見張りの必要がない。アンガス族とドゥーム族以外の人間は、この森では生きていけない。お前だから教えるが、この森の中では、アンガス族かドゥーム族の人間がいないと火が消える。火魔法も使えなくなる。過去に、それを知らずに攻め込んだ王国の軍隊が、何度も戦わずに全滅したと伝えられているぞ」

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