ロデリア到着
領都ロデリアには、何事も無く到着した。
俺の支配下にある1万を超えるアンデッドがうろうろしているアンデッドの原を通って来たのだから、何かの襲撃など受けようが無い。
とはいえ、アンデッドの原を抜けることにはデメリットもあった。
本来なら、斥候を先行させて、目的地の様子を探らせるのが軍事行動の基本なのだが、斥候が単独でアンデッドの原を通り抜けるのは無理だと判断され、今回は斥候を出さずに、領都ロデリアの様子が分からないまま、領都の南側が見えるところまで来た。
遠目には街壁は無事のようだが、南門は破壊されていた。
近づくと、門衛はおらず、街門の残骸が地面に散らばり、門の幅の分だけ、無防備な空間が出来上がっている。
街の中を見ると、門から街の中央へと伸びる大通りには、瓦礫が散乱し、その両側には、壁が壊され、屋根が崩れ落ちている建物も少なくない。
「我は、王国第4騎士団団長グレナーデ・ジエゼッベリ子爵である。王都から遣わされた、王国の援軍であるぞ。ロデリア領の蛮族は追い払った。領都はもう安全であるぞ」
グレナーデが、門の残骸の場所から、街の中に向かって叫んだ。声は、拡声器のような効果を生み出す魔道具で増幅されて、街の中へと運ばれていった。
しかし、街の中からは反応がない。
「誰か、おらぬのか?返事をせよ」
グレナーデが続けて叫ぶ。
「反応がないな。しかし、この様子では迂闊に街に入っては行けぬ。まず、斥候を出そう」
と、グレナーデがテレナリーサに語りかけたとき、
「本当に、王国の騎士様ですか?」と、通りの奥から返事があった。
「この旗が見えておろう。ローザリア王家の紋章を知らぬはずはあるまい」とグレナーデ。
「それが王家の紋章でございますか。私は、ただのパン職人でございまして、物事を知りませんのでお許しください」
と言いながら崩れた建物から出てきたのは、職人風の汚れたエプロンを着けた中肉中背の年配の男だった。その後ろから、数人の汚れた男達が続いて顔を出した。
「この街はどうなっておる?衛兵はいないのか?」
グレナーデが街の中に踏み入りながら聞くと、
「衛兵は皆、蛮族に殺されました」
「街の者達は、どうした?」
「逃げ出しました」
「逃げ出した?」
「はい、数日前に、アンデッドが街の南側に現れまして、それを見た蛮族も街の住民も、我先に街から逃げ出しました」
「お前たちは逃げ出さなかったのか?」
「あっしは脚が悪いんで、逃げたくても逃げられなくいんでさぁ」
「後ろの者達は?」
その男は後ろをちらっと見て、
「こいつらも体が悪くて逃げられない奴らでさぁ」
この男達と話している間に、崩れた建物の中から何人もの人間が出てきて、俺達を遠巻きにして見ている。
「その方は、名前は何という?」
「へぇ、あっしはアンレンディルでさぁ」
「アンレンディル、領主の城まで案内せよ」
「め、めっそうもねえですよ。お城は、あっしらなんかが近付けるところじゃねえですよ」
「場所くらいは知っておるな?」
「遠くから見たことがあるくらいでさぁ」
「なら、見えるところまででよい。案内せよ」
「へえ」
こうして脚が悪いというパン職人のアンレンディルを案内人として、王国騎士団がまず領都に入っていった。
もちろん、住人に案内させるのは、街の住人に対して敵意がないということをアピールするための形式的なものであり、軽装の斥候が数名、本体から先行して、街の中へ入っていった。
まず、王国騎士団が街の中に入っていったのは、王国内の治安維持は王国騎士団の任務だからだ。
王国内のどの領であっても、王国騎士団が駐屯している限り、治安の最高指揮権は王国騎士団の団長にある。治安維持に関しては、領主よりも上の立場に立つのだ。
ただし、街に入った王国騎士団が担当するのは治安維持だけだ。その他の政に関して、王国騎士団が口を出すことはない。
一方、一時的に護国騎士団として今回の戦役に参加しているテレナリーサの王都第3騎士団は、この街からの蛮族の撤退を見定めた後は、早々に王都に戻って、王都警護の仕事に復帰しなければならない。
俺に至っては、王国から委ねられた任務はない。単に、この領地を俺の領地にしてもよいと言われただけだ。つまり、言い方は悪いが、この領地は、俺が自力で治めなければ、俺の領地にはならないのだ。
普通なら、軍勢を持たずに領地を持つことなんか出来るわけがないが、今の俺にはそれが当てはまらない。アンデッドの原にいる1万以上のアンデッドが俺の軍勢だからだ。
とはいえ、領地の北半分と東半分には軍勢がいない。
今は、王国第4騎士団が駐留しているから領都内の治安は維持できるが、グレナーデ達が駐留しているのは数か月だけだ。
だが、俺には切り札がある。それは、今、全身やけどで治療中の蛮族の族長のアウロラだ。




