蛮族の敗北
今、俺の装備はハデスを全身鎧として纏い、さらに、その周囲を、斥力を仕込んだ空間で覆っている。武器は、ハデスの鎧の一部を変形させた剣だ。
アウロラは、俺が最初の一撃を避けたのと、避け方が不自然だったことから少し警戒している。
しかし、自分の技量に自信を持っているのか、躊躇いを振り切って一気に距離を詰めて来た。そして、反応出来ない速さで、俺の腹のど真ん中に槍の穂先を突き立てたが、ここでも斥力が働いて、俺はエビのように腰が折れたまま真後ろに弾け飛んだが、槍が鎧に届くことはなかった。続けて、アウロラは、手首で槍を回転させて、石突で横に薙いできた。
アウロラの槍術の熟練度は30どころか40を軽く超えていそうだ。それに対して俺の剣術は、たかだか13でしかない。技量的に、俺が対処できるレベルの槍さばきではなかった。
とはいえ、横薙ぎが俺を打ち据る寸前、ハデスが勝手に右腕を動かして、剣で槍を弾いた。
俺は、アウロラと打ち合いをする気は最初から無かったので、さっさと奥の手を使うことにして、「煉獄の業火」と唱えた。
アウロラは何かを感じたのか跳んで逃げようとしたが、煉獄の業火は対象を視界に捉えていれば発動出来るので、アウロラはその場で業火に包まれた。
煉獄の業火は、物質的な火ではないので、物理的な手段で消すことは出来ない。アウロラは、身体についた火を消そうとして地面を転げ回っていたが、火が消えることはなく、直ぐに動かなくなった。
「フィア、業火を消してくれ」
俺には、まだ煉獄の業火を消すことが出来ないので、近くにいる筈のエルダーリッチのフィアに消火を頼む。
倒れて動かないアウロラを見ると、鎧や服は燃え尽きて無くなり、肌は炭化して真っ黒だ。普通の人間なら死んでいる筈だが、横たわっているアウロラの胸に手を当てると、心臓が動いていた。
『まだ生きている。驚いた生命力だ』
もっとも、これは狙っていたことだ。身体の怪我を俺のブラッドスライムで治療すると、何故か俺の眷属になるようなので、この女に大怪我をさせて眷属にしてしまうという作戦だったのだ。
多めのブラッドスライムを、アウロラの口に押し込んで飲み込ませ、炭化した全身をブラッドスライムで覆った。
周囲を確認すると、アウロラが従えていた蛮族達は、フィアに燃やされて地面に倒れており、王国の騎士達は、俺とアウロラが一騎打ちを始めて直ぐに距離をとり、そのまま遠巻きにして、こちらの様子を窺っていた。
この場所にいる騎士の中には王国軍の幹部も多いはずなので、
「この女は俺の戦利品だ。もらっていくぞ」と大声をあげて宣言しておいた。
そして、丘の下に攻め寄せている蛮族の大軍に見せつけるように、丘の端に立って、気を失っているアウロラの体を両腕で差し上げて、
「アウロラは倒したぞ。お前たちの負けだ。このまま退くならアウロラの命は助けてやる」と叫んだ。
総大将を人質にしたわけだが、これが思ったよりも効果があった。
総攻撃を仕掛けていた蛮族は、暫く動きを止めていたが、そのまま潮が引くように退却を始めた。
こうして、ロデリア領とサンクストン領の領境の攻防戦は、王国軍の勝利に終わった。
しかし、この戦争の後遺症は大きかった。
戦場となった丘陵地帯から領都ロデリアにかけてアンデッドの原が出現し、1万を超す戦死者が、そのままアンデッドになってうろつき始めたのだ。アンデッドは人間を襲うので、ロデリア領の南半分は、人が住めない危険地帯になった。
もっとも、これこそテレナリーサから伝えられた、王家の狙いだったことは言うまでもない。
王家の狙いの一つ目は、蛮族は迷信深いので、アンデッドの原が出現すれば、占領した土地を放棄するだろうというものだった。そして、その狙い通り、大量のアンデッドがうろつくのを見た蛮族は、占領地を放棄して、直ぐに軍勢をまとめて大森林に引き揚げた。これで北の蛮族が攻めて来るという憂いは無くなった。
王家の狙いの二つ目は、領主のいなくなったロデリア領に対する、貴族達の野心の封じ込めだった。
領地の何割かがアンデッドの原になってしまい、しかも、王国から領地を孤立させる障壁になるような位置に出現した為、ロデリア領は、貴族達が誰一人として望まない、領地経営が極めて困難な土地になってしまった。
実際、ロデリア領の住人達は、アンデッドの原がいつ拡大するのか?という不安に怯え、多くの者が領都や街から逃げ出し始めた。彼らは、まず、東部の海岸を目指し、そこからアンデッドの原を迂回するように海岸沿いを南下して、ロデリア領の南にあるアグニッサ領に逃げ込もうとしていた。
しかし、アンデッドの原が出来たことが利益となる者が一人いる。それが、俺なわけだが、これが、王家の狙いの三つ目だった。
俺は、冥界スキルの冥界支配の力でアンデッドを支配できる。
つまり、アンデッドの原が出現したロデリア領は、女王様から辺護騎士証を頂いた俺だけが治めることが出来る土地になったのだ。しかも、1万を超えるアンデッドの軍隊付きだ。




