一騎打ち
ゼノア・サンクストン新公爵が、「退却」と叫んだところで、その周囲を固める王国騎士団は、そんな指示には従わない。
元々、指揮系統からしても、王国騎士団は公爵の指揮下に属していないのだから当たり前のことだった。
そして、公爵の指揮下にある筈の公爵軍もまた、退却の指示に従わなかった。それだけ、ゼノア・サンクストン新公爵に人望が無かったということだろう。
「「「「撃て~」」」」
王国軍の指揮官の号令に、ヒュンヒュンヒュンと風を切る音が続く。丘の上に据えられたバリスタによる迎撃が始まったのだ。
王国騎士団のバリスタは、ランズリード公爵軍が使っていたバリスタよりかなり大きい。しかも、風魔法を併用する仕組みになっているらしく飛距離が長い。
蛮族が対峙していた丘の上までは届かないが、その丘を降りて、こちらに向かって来る蛮族には十分に届く。
夜の闇の中なので、相手の正確な位置こそ分からないが、敵が持っている松明を目掛けて、槍のように大きな矢が飛んで行く。
しかし、降り注ぐバリスタの矢をものともせず、蛮族の大軍は攻め寄せて来る。バリスタの矢を、剣で払い盾で跳ね返して馬を進める者が少なくない。それほどに、蛮族の精強さは際立っていた。
暫くするとバリスタの攻撃に、魔法や弓の攻撃も加わって、凄まじい弾幕になったが、蛮族の勢いは止まらない。
瞬くうちに、蛮族の先頭の部隊が丘を駆け登り、王国軍の陣地に踊り込んで来た。
蛮族軍の先頭に立つ戦士が、
「我との一騎打ちに応える武将はおらぬか?」と大声で叫んだ。
陣地の篝火や火魔法の爆発の明滅で、蛮族らしい毛皮の鎧を着込んだ大柄な戦士だと分かる。戦士は、槍を振り回して、周囲の王国兵を蹴散らしながら突き進み、
「ローザリアの兵は、このアウロラ・ベツレムが恐くて震えている腰抜けばかりか?勇気があるなら戦って示せ。我との一騎打ちに名乗りを上げよ」と、更に大声を上げる。
その挑発に応えたのは、サンクストン公爵軍のラグラドル将軍だった。
「蛮族の分際で思い上がりおって。我は、サンクストン公爵麾下のグレイブ・ラグラドルだ。その生意気な口を、叩きのめしてやる」
と叫びながら公爵軍の隊列から飛び出した。
公爵軍の幹部達は先の謀反で、アグニッサ女侯爵に殺され、今は、その弟が将軍職を継いでいた。
「貴様が、我との一騎打ちを受ける身の程知らずか。我の槍を受けてみよ」
そう叫ぶと、アウロラ・ベツレムは一気に距離を詰め、槍を一閃させた。
槍が届く距離ではなかったはずが、ラグラドル将軍の頭は、一瞬で兜ごと粉砕された。
「「「ラグラドル将軍」」」
王国騎士団の兵士達が、驚きのあまり思わず叫んだ。
そのなかには、王国騎士団の団長の1人も居た。目の前で殺された将軍とは、ほぼ互角の腕前。槍の腕を競う間柄だったが、その相手が、こうも呆気なく破れたことに理解が追いつかなかった。
その頃、テレナリーサと俺達の部隊は、布陣していた丘から馬で駆け降りて、煉獄の業火に燃やされている敵を迂回しながら、夜襲を掛けて来た部隊の本隊に向かっていた。そして、フィアとリッチを先行させて、手当たり次第に煉獄の業火を振り撒くように命じてある。
その為、夜襲の後詰めとして丘を降りて来た4千の部隊の半数が炎に包まれており、俺達は、逃げ惑う敵を手当たり次第に殺すだけだった。
そのときテレナリーサが馬を寄せて来て、
「アウロラ・ベツレムが、王国軍の本陣に向かっている。馬を預かっておくから、姿を隠すスキルを使って、そちらへ向かってくれ。そこで、アウロラと一騎打ちだ。頼めるか?」
と、西の方を指して言って来た。
「遠くのことが分かるのか?」と聞き返すと、
「見えるぞ」と返事があった。夜でも遠くを見るスキルを持っているのか、それとも単に視力がいいのか、そんなところだろう。
「よし、行ってくる。フィアだけ連れて行くぞ」
俺は冥界結界で体を多い、テレナリーサが指し示した方向に向かって駆け出した。
俺が王国軍の本陣がある丘に駆け上がったとき、アウロラは王国騎士団を相手に無双していた。その一帯が、騎士の死体の山になっている。
俺は冥界結界を解除して、次の犠牲者を葬ろうとしていた後ろ姿に向かって、
「待て、アウロラ。俺と一騎打ちしろ」と叫んだ。
俺の声を聞いたアウロラは動きを止めて、振り返った。
「ほう、気配を殺して近づいたか。良かろう、相手をしてやろう」と獰猛な笑みを浮かべた。
「その前に一つだけ約束しろ」と俺は叫ぶ。
「約束?これから死んで行くやつに必要あるまい」とアウロラは嘲笑する。
「お前が負けたら、俺の奴隷になれ」と、条件を突きつけると、
「はっ、寝言は死んでから言え」と、届かないはずの距離から槍を一閃する。
反応出来ない速さだが、辛うじてしゃがみ込むと、何かが俺の頭があった場所を通り過ぎた。届かない場所に槍の穂先を届かせる空間魔法を使っているようだ。
「ほー、今のを避けたか」とアウロラが感心する。
俺は、アウロラの攻撃を完全に避けることができた訳じゃない。
正直なところ、攻撃が速すぎて、完全には反応出来なかった。
避けたように見えたのは、斥力のある歪曲空間で俺の周囲を包んでいたから、その斥力で、穂先の軌道が上に弾かれ、半分だけ下げた俺の頭はさらに下に弾かれただけなのだ。
これは、冥界の穢れの獣性と戦ったときに身につけた空間魔法の使い方を改良したものだ。
ハデスを鎧として纏っていると、物理攻撃も魔法攻撃も通さない、いわば無敵状態になるが、獣性との戦いのときのように、ハデスが装着出来ないときがあるかもしれない。そのときの対策として練ったものが、今俺が纏っている、空間に斥力を仕込んだ空間魔法による見えない鎧だ。




