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人間松明

「ところで、俺がこの戦争に参加しているのは、女王様の命令のはずだよな。公爵にそれを覆す権限があるのか?」と俺。

「公爵にそんな権限はないぞ。ただ、そなたと同じ部隊になるのが嫌だと駄々をこねおったのだ」とテレナリーサが説明した。

「なるほど。それでは女王様が、俺にこの領土をくれると言ったのは嘘じゃないんだな」

「もちろん嘘ではない。だが、言葉のあやと言うことは出来る」

「言葉のあや?」

「あの言葉の真意は、このロデリアの土地を与えるというよりも、この土地を実力で支配しろという意味だ」

「実力で支配する?」

「女王様は、ロデリア辺境伯の地を、そなたに与えると申されたが、いくら女王様の決定とはいえ、他の貴族がそれを簡単に許すわけはない。それだけ王国の内情は複雑だ」

「女王様の力は弱いのか?」

「微妙なところだ」

「それで、俺にどうしろと?」

「そなたはアンデッドの原を操れると、アンテローヌから聞いている。そなたがいる場所で大勢の戦死者が出ると、アンデッドの原が現れるのだろう。女王様の狙いはそこにある」

「この戦場が、アンデッドの原になることを狙っているのか?」

「そうだ。だから蛮族を派手に殺しまくってくれ」

「殺しまくれって、ちょっと残酷じゃないか?」

「残酷?敵は殺すものだ」と平然と答えるテレナリーサ。

この世界では、地球の倫理観は当てはまらないんだった。味方には優しいから、俺もつい勘違いしてしまうが、敵は害虫のように殺すのがこの世界の当り前だった。テレナリーサも、そういう感覚の持ち主だった。

少し気持ちを整理してから、

「ここをアンデッドの原にする目的は何だ?」と改めて聞いた。

「ここは、サンクストン公爵領とロデリア辺境伯領の境目だが、ここに大規模なアンデッドの原が出来ると、それが障壁となって、ロデリア辺境伯領は王国から切り離された形になる。しかも、ロデリアの北は、蛮族のいる大森林だ。その上、ロデリアの南東は、今回の謀反に加わったアグニッサ領だ。王国の貴族の言うことなど誰も聞かぬだろう。つまり、この土地でなら、そなたが実力で支配しても、誰も干渉してこない好条件が揃うというわけだ」

「しかし、北からは蛮族が攻め込んで来るだろう?」

「その対策も考えてある」

「どんな対策が?」

「アウロラ・ベツレムを、そなたの配下に組み込むのだ」

「はっ?何を言ってるんだ?今夜、夜襲を掛けて来るそいつの部下を焼き殺すんだぞ。そうすれば、そいつは俺を恨むはずだ。配下になんか出来るわけないだろう」

「蛮族は、徹底した実力主義だ。味方であれ敵であれ、強い者は称賛され、弱い者は歯牙にもかけられぬ。蛮族を多く殺しても、称賛こそされ、憎まれることは無い。その上、蛮族には、一騎打ちの風習がある」

「一騎打ち?」

「腕に自信があれば、負けた方が相手の奴隷になるという条件で、誰でも一騎打ちを申し込めるのだ。蛮族の本隊に斬り込んで、そなたがアウロラとの一騎打ちに持ち込んであの女傑を奴隷すれば、狙い通りに、この土地はそなたのものになる」

「負けた方が奴隷になる?俺が負けたら、その女蛮族の奴隷になってしまうのか?」

「勝てばよいだろう」

「簡単に言うなよ」

「蛮族の力自慢では、そなたには勝てぬだろう。それとも自信が無いか?」

「相手のことを知らないしな」

「いざとなったら、いろいろな奥の手を使え」

「う~ん、結界魔法を使えば、負けることはないか」

「そこは、勝つと言え」とテレナリーサが微笑む。

「分かったよ」と俺が頷くと、

「ふふふっ。頑張れよ」

笑うテレナリーサに背中を押されて、俺はテントから押し出された。


暗くなると直ぐに、アリシアとアンテローヌが陣地の端で魔法を使い始めた。

俺達のいる丘の周辺を少し盛り上げ、姿を隠せるようにしている。

さらに、丘の向こう側を掘り下げて、こちらへ登る斜面の勾配をきつくしているらしい。

俺は、丘の上端の盛り上がりの内側に身を潜めている。敵がこの丘を登ろうとしたら煉獄の業火で焼き殺す為だ。俺の横には5体のケルベロスも待機している。フィアと配下のリッチ2体も召喚済みだ。


「そろそろだな」アンテローヌが囁いたとき、丘の下に多数の気配が迫って来た。

丘の真下まで引き付ける必要もない。

『フィア、やってくれ』と念話で攻撃命令を出す。

フィアとリッチが敵の頭上に現れ、地獄の業火を撒き散らした。

「ギャー」

「アチチチッ」

「火だ〜。体が燃えている〜」

「熱い〜」

悲鳴や叫び声が聞こえて来る。

ケルベロス達にも「行け」と命令する。

「グルルッ」とケルベロス達が答えて、丘を降りて煉獄の業火のブレスを吐いていく。

隠れているところから覗くと、丘の下が火の海になっている。


丘の下に辿り着いた蛮族達は、突然、炎に包まれて狼狽する。地面を転げ回って体についた火を消そうとするが、何をしても火が消えることがない。千人もの部隊がことごとく人間松明となって、その場で踊り狂った。

夜の闇の中で、その様子は、周囲の丘の上からよく見えた。


「おい、あの火は何だ?」

近くの丘に陣取っていた蛮族の斥候の1人が、思わず叫んだ。

「何を騒いでいる」

テント中で待機していた隊長の1人が、テントから出てきて、声を上げた斥候を嗜めようとしたが、直ぐに近くの丘の下に広がる火の海に気が付いた。

一瞬、王国軍の夜襲かと思ったが、すぐに思い直した。

「あの辺りは、今夜夜襲を仕掛けることになっていた丘の近くか?すると、あの火は何だ?味方が燃えているのか?」

近くの丘だけでなく、そこからは遠い蛮族の本陣を置いた丘からも、火の海は見えた。

大テントから出てその火を眺めた蛮族の総大将アウロラ・ベツレムは、

「火魔法の罠にかかったのか。王国軍も、バカではないということか。こうなったら真っ向勝負だ。全軍、出撃せよ」

蛮族の本陣で出撃のドラが鳴り、ラッパが吹き鳴らされた。

すぐに、それぞれの丘で動きがあり、大軍勢が続々と丘を下り始めた。

蛮族の群れは洪水のような勢いで、王国軍が布陣する丘を目指して殺到していく。


王国軍も丘陵地帯の端に現れた火の海に気付いている。

「こんな夜中に火魔法か。なんて派手なことをする。この火は、敵を刺激するではないか」

と肝を潰していたのは、ゼノア・サンクストン新公爵だった。

戦の経験がない上に、元来、惰弱で気概が乏しいことで知られ、長男でありながら、後継者とするのに王家から疑義が出されていた人物だが、サンクストン公爵が先ほどの戦闘で死んだため急遽、家督を継いでいた。

今回、ロデリア奪還軍に参加しているのも、自ら望でのことではない。

彼自身は、王国騎士団の団長達に無理やり連れて来られたと思っていた。

元々、ロデリアの領内に入ってから、志願兵を募って軍勢を増やしながら、領都に腰を据えているはずの蛮族軍を討伐するつもりだったが、蛮族の大軍がすでに領都を立って領境に向かっていると分かり、慌ててロデリアに入ってすぐの丘陵地帯に陣を敷いたといういきさつがあった。

王宮に依頼した増援をここで待つという計算も働いていた。

ところが、新公爵の期待に反して、今日、王宮からの増援として着いたのは、テレナリーサが率いる、護国騎士団と名前を改めた王都第3騎士団の僅か30名程の寡兵だった。

その為、テレナリーサを迎えた作戦会議で、新公爵は不満を爆発させた。もっとも、自分よりも立場が上のテレナリーサ自身には文句を言えないので、テレナリーサが連れてきた戦力との共闘を拒んだのだった。

そして今、公爵軍が陣取る丘に向かって、蛮族の大軍が殺到してくるのが見えた。

「公爵閣下、蛮族の大軍がこっちに向かっておりますぞ」

「やはり、あれは蛮族の軍勢か?」

前方では、夥しい数の松明がこちらに向かって動き始めていた。

目を見開いて驚く新公爵は、口を数度バクバクさせた後、

「退却だ〜」と叫んでいた。

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