布陣
サンクストン公爵領から、少しロデリア辺境伯爵領に入ったところにある丘陵地帯が最前線になっていた。
その丘の一つに張られた大型テントの一つに、テレナリーサとアンドレラが入っていった。
公爵軍と王国騎士団との作戦会議なので、助っ人でしかない俺達は入らなくて良い。俺としても、そんな会議になんか参加したくないので、丘の下で、他の護国騎士団員と一緒に、会議が終わるのを待っている。
この会議が終わらなければ、俺達がどこを受け持つのかも分からないので、持ち場につくことも出来ない。
会議は長引いていた。
ようやくテントからテレナリーサ達が出て来て、丘を降りて俺達の待っているところまで来たが、不機嫌そうなオーラを発散させている。
テレナリーサは、無言のまま馬に乗ると、「行くぞ」とだけ言って、動き出した。
そのまま皆が付き従って、丘陵地帯の端にある丘の上に登ると、テレナリーサはそこで馬を降り、団員達を振り返った。
俺としても、このように騎士団の指揮下で動くのは初めてことでもあり、どうしていいのか分からず、周囲の動きに合わせて馬から降り、アンテローヌの顔を見る。すると、すでに馬から降りていたアンテローヌは微かに頷いて、
「テレナリーサ様、会議の首尾はいかように?」と聞いてくれた。
テレナリーサは、アンテローヌと俺をチラリと見た後、団員達に向かって、
「我々も会議を開く。この場所を仮の本営とする。設営せよ」と命令した。
その後、テレナリーサは俺達の方に歩いて来た。
「済まないな。そなたの参戦は王命であるのに、新公爵が首を縦に振らぬ。忌々しい事だ」と、俺の方を向いて軽く頭を下げた。
「新しい公爵が、ですか」とアンテローヌが驚いたように聞き返す。
テレナリーサが再度頷くのを見ながら、
「それはそれでいいんじゃないか」と俺は答えた。
テレナリーサとアンテローヌは、何を言ってるんだこいつはという目で、俺の顔をまじまじと見る。
「これだけ大規模な戦争に、俺が加わっても影響があるとは思えない。形だけの参戦と考えているんだろう。そう考えるのが、普通だと思うぞ」と、俺の思いをそのまま口にした。
俺の横で大人しくしている愛馬のディアスが、俺を慰めるようにブルルと鼻を鳴らした。思えばこいつとは、ライオットの街以来の結構長い付き合いだ。俺にテイムされていることもあって、気心が通じているようだ。
「私は、そうは思っていないぞ」とテレナリーサはムッとした様子で答える。しかしすぐに、
「話は本営が出来てからだ。それまで待機してくれ」と言い残して、部隊の方に戻って行った。
俺がアンテローヌの方を見ると、
「士気に影響しますので、あまりそのようなことは口にされない方がよろしいかと」と窘められた。
「うむ、ここは戦場だったな」と俺も頷いた。
「しかし」と俺は、目の前の丘陵地帯に布陣する味方と敵の陣営を見ながら、
「この少人数では、攻めて来いといっているようなものだ。少し魔物を召喚しておいていいか?」と聞くと、
「旦那様は、辺護騎士証を身に着けておいでです。この戦場は、王家が旦那様にご用意された領地。誰に対する遠慮も必要ありませんので、思ったようになされて下さい」と返事された。
俺は、自分の革鎧の左肩に止めた騎士証を見ながら、
「テレナにも相談しなくていいのか?」と聞くと、
「そうですね。テレナリーサ様には、意見をお伺いしておきましょう」と答えたので、俺達は2人で、団員に指示を出しているテレナリーサのところへ向かった。
「フィア、そこに居るんだろう。スケルトンソルジャーを召喚してくれ」
俺の求めに応じてフィアが姿を現し、禍々しい杖を掲げると、目の前に地面に幾つもの黒い魔法陣が現れた。そしてその魔法陣から黒い鎧に全身を覆われたスケルトンソルジャーが次々と現れた。総勢100体。全員が金属の盾とグラディウスのような剣を持っている。どのスケルトンも大柄で、結構、威圧感がある。
「これ以上は無理か?」とフィアに聞くと、
「一度に召喚できるのは100体じゃが、数が減れば、すぐに新手が召喚される。100体から数が減ることがない。その強みを生かすがよい」とアドバイスされた。
「ということらしい」と俺は、横に立って召喚を見学していたテレナリーサに言うと、
「なるほど。さすがだな」と感心された。
「後は、ケルベロスを出しておくか。フィア、頼む」と言うと。
今度は、直系5メートルを超える大きな魔法陣が地面に現れた。その数、5つ。そして、それぞれの魔法陣から、体長が4メートルを超える冥界の番犬ケルベロスが現れた。
ケルベロスの3つの頭は、それぞれ違ったブレスを吐く。1つ目のブレスは、煉獄の業火。2つ目のブレスは、コキュトスの氷結。3つ目のブレスは、無限の闇。煉獄の業火は、全てを燃やす。石でも金属でも魔法までも燃やし尽くし、燃え尽きるまで消すことができない炎だ。コキュトスの氷結は、全てを凍結させる。魔法だけでなく煉獄の業火ですら例外なく凍結させる。無限の闇は、全てを飲み込む闇。この闇に飲み込まれないものは無く、一度飲み込まれたものは永遠に失われる。




