サンクストン奪還
ローザリア王国の北側には、未開の大森林が広がっている。
ローザリア王国の国土の数倍の広がりを持つこの大森林では、アンガス族とドゥーム族という2つの蛮族が争っていた。
この蛮族は、ローザリア王国の者からは、野蛮さと屈強さで恐れられていた。
彼等は、それぞれ200万人を超える人口を抱えているだけでなく、成人した者は男女を問わず戦士となる。
そんな蛮族が、大挙してローゼリア王国に攻め込んで来なかったのは、彼等をまとめる者がいなかったからだ。
アンガス族もドゥーム族も、多くの支族に分かれ、支族同士が主導権争いを繰り返すだけでなく、それぞれの支族内でも主導権争いが続き、常に内部抗争が止むことがなかった。
もっとも小さな集団による小規模な侵入は、しばしば起こり、ローザリア王国と蛮族の間で小競り合いが止むことはなかった。
ローザリア王国の北辺の護りであるロデリア辺境伯領の国境を護っていたのは、実はロデリア辺境伯の正規軍ではなく、意外なことに、大森林出身の蛮族の傭兵だった。
アンガス族とドゥーム族は、大森林の中で相争っているだけでなく、ローザリア王国の国境の攻める側と護る側に分かれて争ってもいた。
蛮族がローザリア王国に雇われた理由は様々だ。
同族内の権力争いに敗れてローザリア王国に逃げ込んだ集団。政治的主張の違いから同族を見限った集団。大森林の原始的な生活に嫌気をさした集団。部族の掟を破った犯罪者に等しい集団等。その他にも様々な理由から、集団で、個人で、蛮族の世界からローザリア王国へと移動してきた者がいて、その数は数万人に及んでいる。
そういった者達は、ロデリア辺境伯の領地に留まることなく、ローザリア王国内に広く拡散していったが、北辺の傭兵として、大森林からの侵入者と戦う道を選んだ者は1万人近くもいた。
彼等は北辺国境守護隊と呼ばれ、ロデリア辺境伯の正規軍ではなく、ほぼ独立した傭兵軍団として国境守護にあたっていた為、ロデリア辺境伯の叛乱軍には参加していなかった。
ロデリア辺境伯軍が謀反を起こし、領都から全軍を率いて西に向かったという情報は、数日のうちに蛮族に伝わっていた。
「何、ロデリアの兵がいなくなった?」
スノーベアの毛皮の鎧を着込んだ大柄な女が、座っていた椅子から腰を上げた。
ここは、大森林の蛮族、アンガス族のベツレム族の族長のテント内、立ち上がった女はアウロラ・ベツレム、アンガス族のなかでも1、2を争う大支族ベツレム族の長として君臨している女帝だった。
テントの中央には大きな円卓が置かれ、その周囲に数人の男女が座っている。その1人に向かってアウロラは、
「エンリキ、直ぐに兵をまとめよ。攻め込むぞ」と叫んだ。
こうして6万からの手勢を率いたアウロラは、同族の北辺国境守護隊を買収した上で、ロデリア辺境伯領に侵入し、僅か数日で領都ロデリアを占領してしまった。
この頃、ローザリア王国の王都は、後年、黒い貴族の叛乱と呼ばれることになるフスタール同盟の叛乱を鎮圧したばかりで、依然として混乱の渦中にあった。
幾人もの有力貴族が、王国の盾となって討ち死にしており、その軍勢も壊滅的な打撃を受けていた。
ただ幸いだったのは、叛乱軍が王都への侵攻を優先したので、陥落した街での掠奪がなかった為、一般人の被害が少なかったことだった。
ロデリア辺境伯軍に攻め込まれたサンクストン公爵は戦死しており、王宮では、王都の近衛騎士の任務に就いていたサンクストン家の子息の1人に公爵位を継がせることを決め、数万の王国騎士団を伴わせて、サンクストン領の領都まで送り届けた。
そして今、奪回したサンクストン城の会議室で、新公爵ゼノア・サンクストンと王国騎士団の幹部達が、大きな机に広げた作戦図を前にして顔を顰めている。
「ロデリアが蛮族に占領されたとはな」
「まったく油断も隙もない蛮族共だ」
「このまま進軍して蹴散らしてやりましょう」
ロデリアに攻め込むべきだと主張するのは、この地に派遣された王国騎士団の第2騎士団から第4騎士団までの3つの騎士団の団長達だ。
「待て、そうカッカするな。蛮族の兵力はおよそ6万、これに寝返った北辺国境守護隊の1万を加えると計7万だ。それに対して、こちらは5万に満たない。王都からの増援を待つべきだ」と慎重な、見方によっては臆病な意見を述べたのは新公爵のゼノア・サンクストン新公爵だ。
「今のうちなら、ロデリアで謀反に参加しなかった兵や敗残兵に声を掛ければ。直ぐに1万や2万は集められるだろう」
「このサンクストンでも、志願兵を募ればいい」
「王国にも兵力の余裕はないはずだ。増援は期待しない方がいい」
議論は白熱したが、最終的には好戦派の意見が勝ち、志願兵を募った上で、サンクストン軍の生き残りと志願兵3万5千に、王国騎士団3万6千の兵力でロデリア領を目指して出撃した。
もっとも慎重なゼノア・サンクストン新公爵は、王宮に向けて増援依頼の書簡を送っていた。




