ナザニエール異変2
一人の冒険者が、いきなり階段を駆け上がり、数人が後に続いた。
ギルドマスターの部屋に辿り着いた冒険者が、扉を開く。鍵は掛かっておらず、室内を覗き込むと、執務机の上に突っ伏している女の姿があった。
「ギルマスもか?」
冒険者の一人が近づいて女を調べ、後続の者に向けて首を横に振る。
「死んでいるのか?」
冒険者達は入れ替わりでギルドマスターだった女の死体を調べるが、死因は分からなかった。
「外傷は無いぞ」
「自殺は無いよな」と、誰かが当然の疑問を口にする。
「下の連中も死んでいるから、誰かに殺されたのは間違いない」
「ここにいるのを見られたら、俺達が犯人にされてしまうぞ。部屋から出ようぜ」
その言葉に、冒険者達は、ぞろぞろとギルドマスターの部屋から出て来た。
「俺達に変な魔法を掛けたのは、あいつだよな?」
「あいつの演説を聞いてからの記憶がないから、間違いないだろう」
「何の魔法を使いやがったんだ?」
「闇魔法じゃないか?」
「精神干渉のスキル持ちかもな」
「とにかく、とんでもない奴だ」
「あいつが死んだから、魔法が解けたのか?」
「それは間違いないだろう。皆に掛かっていた魔法が同時に消えたからな」
「誰が殺したか分からないが、そいつに感謝だな」
「殺されて清々する奴だったぜ」
冒険者達が口々に死んだギルドマスターの悪口言いながら、2階から降りて来た。
深夜にもかかわらず、ギルドの1階ホールに冒険者達が集まって来た。
「誰か、他のギルドの職員の家を知っているか?」
「誰か、呼びに行けよ」
「俺は、アルドナルとビジールの家を知っているぞ」
「私はジェリーヌの住まいを知ってるわよ」
「ソルボンの借家なら行ったことがあるわ」
「エスランジとリリアンヌは一緒に住んでいた筈よ」
「それなら、手分けして呼びに行ってくれ」
数人の冒険者がギルドから夜の街に飛び出していった。
暫くすると数人が青い顔をしてギルドに戻って来た。
「アルドナルとビジールは死んでいたぞ」
「ジェリーヌも殺されていたわ」
「ソルボンは息が無かったわ」
「エスランジとリリアンヌは、2人とも死んでいたわ」
「ギルド職員皆殺しか?」と、誰かが叫んだ。
本来なら、ナザニエールの冒険者ギルドは規模が大きいだけに職員の数は多かった。しかし、元ギルドマスターのラディウスと、その部下で腕利きの冒険者でもある4名の幹部が死んだ後、上位から6番手の職員だったベアトリンゼが臨時のギルドマスターに就任してから、職員は大量解雇され、残った職員は11名だけだった。その11名が、今夜殺された。
「どうするんだよ?騎士団に届けに行くか?」
「何で、あいつらの為に私達が動かないといけないのよ」
「そうだぜ。あいつらに狩りに行くのを止められたせいで、金欠で困ってる奴は多いんだぜ」
「そうだ、そうだ。あいつらが死んで、みんな、ざまあ見ろって気持ちだ」
冒険者達は、ここぞとばかりに、これまで溜まっていたうっぷんを吐き出していた。
いつの間にか夜が更け、明け方が近付いた頃、1人の男がギルドのホールに入って来た。
誰もがその男を見て、ギョッとして顔を強張らせて押し黙った。
その男は、かなりの長身で、黒い鎧で全身を包んでいる。バイザーが下りている為、顔は見えない。それだけのことなら驚くことはなかったが、そのすぐ後に、白骨と牙で出来た王冠を被った黒い髑髏が続いていた。
暗黒を湛えた眼窩には、小さな炎が揺らめいている。王のような豪華な、しかし漆黒のマントで身体を包み、滑るように男の後から付いてくる。
さらにその後には、黒いフードで顔を隠した2体の髑髏が続く。こちらも身体はマントで隠されているが、前を進む魔物より明らかに格下。しかし、その格下でさえ、人間には倒すことが出来ないとされるリッチだった。
その前で圧倒的な恐怖を振りまく存在は、明らかにリッチよりも格上の存在。誰もがそのことを、無意識のうちに理解した。エルダーリッチ。伝説の中でのみ語られている存在。
その場にいた冒険者で、リッチを目にしたことのある者はいない。まして、エルダーリッチなど、その存在すら知らない者がほとんどだった。にも関わらず、その魔物が発する威圧に、ホールにいる冒険者は、誰もが身じろぎすら出来ずにいた。
ハデスを装着した俺は、エルダーリッチのフィアと、その眷属の2体のリッチを従えて、冒険者ギルドに入った。
俺は、ホールの中央に集まっている冒険者達を説得するつもりだった。
「聞いてくれ。あんた達に魔法を掛けて心を操っていた悪い奴は、俺の後ろにいるエルダーリッチが始末した。それと、もっといい話がある。戦争は終わったぞ。トラディション伯爵は死んだ。これから街の門を壊すから、逃げ出したかったら今がチャンスだ。騎士団も混乱している筈だから止めに来ないぞ」
男は、そう言い残してギルドから出て行った。
誰もが恐怖に足がすくんで動けなかった。
俺はそのまま街門まで行き、衝撃波魔法を門にぶつけた。
ドーン、ドーン、ドーンと、夜明け前の街を震わす轟音が響き、街門とその周囲の街壁が瓦礫となって吹っ飛んだ。
振り返って街の方を見るが、冒険者達は誰も付いて来ていない。
「仕方がない。あれだけリッチに威圧されて、直ぐに動ける奴はいないか」と呟いて、そのまま街門の残骸を踏んで街の外に出た。
街門の外で、待機していたアンテローヌやオーリア達と合流した。
「どうされました?」
「作戦変更だ。街の制圧は諦める。フィアが、ギルドの職員や騎士団の幹部を殺してしまったらしい。街門を壊したから、冒険者達は勝手に逃げ出すだろう。この街は下手に手出しをせずに、このまま街を離れるぞ」
手短に結果だけを伝えて、俺達はナザニエールの街から離れた。




