ナザニエール異変1
その冒険者は、酒場で正気を取り戻した。頭にかかっていた霧が晴れて、記憶が蘇ってくる。
「領都に行きたいんだが、まだ、封鎖が解けないのか?」
その冒険者は、カウンターの受付嬢に文句を言った。
「まだ、緊急事態が終わっていないので、街から出られないんですよ」と受付嬢のニーナが答える
「その緊急事態というのはいつまで続くんだ?もう、2カ月も街に閉じ込められているんだぜ。そろそろ我慢の限界だ」とその冒険者が文句をつけると、
「この街の防衛は、領主からギルドに任されているんだ」と言いながら、カウンターの後ろのドアから、長い黒髪の美しい女が出て来た。
「そのギルドが、封鎖をしているんだ。これ以上、文句を言うと、牢屋にぶち込むよ」と、その冒険者を脅した。
「チッ」舌打ちをして、その冒険者はカウンターから離れた。その背中を追うように、
「マスター、有難うございます」
「気にしなくていいわ」と、受付嬢とマスターと呼ばれた女の会話が聞こえる。
戻って来ないラディウスに代わって、臨時のギルドマスターになったベアトリンゼという女冒険者だった。
「チッ」と、その冒険者は再度舌打ちをしてギルドの入口に向かう。
ナザニエールは、冒険者の街と呼ばれるだけあって、冒険者が多い。このギルドに登録している冒険者だけでも3000人以上いて、さらに、ギルドに登録していない冒険者が、その半数はいると言われている。
それだけの数の冒険者に対応できるように、冒険者ギルド1階のホールは、約1000人を収容出来る大きさがある。
その冒険者が入り口に向かって、大きなホールを横切っていたとき、
「俺達にも、食糧調達に参加させてくれよ。このままじゃあ、金が出ていく一方で、文無しになって、宿からも追い出されちまう」と知らない冒険者が受付で叫んだので、思わず振り返ってその男の方を見た。
すると、
「ギルドに登録したのか?」と、臨時のギルドマスターが問いただした。
「いや、してねえよ」と男が答える。
「食糧調達の仕事がしたかったら、ギルドに登録しろ。ギルドからの仕事は、登録した冒険者にしか依頼できない決まりだ」と、臨時のギルドマスターは冷たく突き放し、続けて、
「皆、よく聞け。これまでも何度も説明しているが、今、このナザニエールの街は封鎖している。その理由は、鉱山から溢れ出たアンデッドの群れが領地をうろついて、非常に危険だからだ。アンデッドは、このナザニエールと領都の間だけでなく、クラガシアとの間にもいる。だから、領兵が街を封鎖しているが、食糧は、精鋭の冒険者達に調達してもらっているから心配はいらないし、井戸水もきれいだ。アンデッドが出た以上、領都の騎士団も王国の軍隊も動くはずだから、事態は必ず解決する。それまで、大人しくこの街で待機するんだ。分かったな」
大ホールに居た手持無沙汰の数百人の冒険者がこの演説を聞いていた。
そして、その演説を聞いたときから、冒険者の意識に霧がかかった。
『そうだ、あの演説を聞いてからの記憶が無い。何かの魔法を掛けられたのか?』
そう考えて周囲を見回すと、自分と同じように周囲を見回している冒険者と目が合った。その冒険者は見知った男だった。
2人は、どちらからともなく席を立って近寄ると、
「お前もか?」と相手が聞いてきたので、
「お前もか?」とその冒険者は同じ言葉を返して、2人は頷き合った。
2人が酒場を出ると、あちらこちらの酒場兼食堂から、ぞろぞろと冒険者達が出て来た。誰もが、険しい顔をしていた。
そして、誰もが言葉を発せずに、冒険者ギルドに向かって歩き出した。
三々五々と冒険者ギルドの前に集まった冒険者は、数百人に達していた。
皆が皆、怒りに満ちた顔をして、深夜の街に威容を見せるギルドの建物を睨みつけていた。
遂に集団の先頭にいた冒険者が、ギルドの扉を開けてホールに飛び込んだ。
「ベアトリンゼ、出て来い」
先頭に立った冒険者が、カウンターの前で叫んだ。
だが、本来なら夜勤の担当者がいるはずのカウンターには誰もおらず、カウンターの奥の部屋からも誰も出てこない。
「隠れてるんじゃねえぞ」
ある冒険者が怒鳴りながらカウンターを回り込むと、カウンターの後ろに、人が倒れているのに気が付いた。
「なんだ、ジャクソンじゃねえか。どうした?」
顔見知りらしい冒険者が、倒れている人物を揺すり起そうとして、
「こいつ、死んでるぞ」と叫んだ。
「何、死んでいる?」誰かが、叫び返す。
「他の奴らは、どうした?誰も気が付かなかったのか?」
そう言いながら職員たちの部屋のドアを開けたある冒険者が、息を飲んで固まった。
「・・・・・・・」
どうしたのかと、その肩越しに部屋を覗き込んだ冒険者達も、無言で固まった。
「「「・・・・・・・」」」
その部屋では、夜勤の3人の職員が、机の上に突っ伏していた。
日頃から、魔物の死体を見慣れている冒険者たちは、一目で職員たちが死体であることを見抜いていた。
「おい、まじかよ、これ」
先頭に立っていた冒険者が部屋に入って、職員たちが死んでいることを確かめていく。そして、黙って天井を見上げた。
その顔の動きに釣られて、他の冒険者達も天井を見上げる。
「天井に何か潜んでいるのか?」と誰かが疑問の声を上げた。
「いや、2階だ」
「2階?」
「ギルマスはどうしている?何故、降りて来ない?」




