隷属魔法
見張りを立てる必要が無く、夜の冷え込みもない冥界結界の中でぐっすり眠ったので、すっきりと目覚めた。
馬で駆けていると、遠くに領都の城壁が見えてきた。
「あれはトラディションの街だな。情報は欲しいが、街に閉じ込められても面倒だな。どうするか?」とこぼしたら、
「私達が様子を探りに行こうか」とルビーが言ってきた。
いったん馬を止めて、騎乗のままで打ち合わせをする。
「私達なら、顔を知られていないし、捕らえられることはないと思うよ」
とオーリア。
「軍の情報を探るなら、私が行った方がいいでしょう」とアンテローヌ。
「いや、待て。ここで、時間をかけたくない。そうだ、フィアに頼んでみよう。フィア、出て来い?」
フィアに呼び掛けると、リッチが中空に現れた。しかし、何だか雰囲気が違う。
「フィア、雰囲気が変わったな」というと、
「そなたが新しい力を得た影響で、エルダーリッチに進化したのじゃ」と教えてくれた。
「それは良かったな。ときに、トラディションの街を探って欲しいが、頼めるか?」と聞くと、
「我の眷属を遣わせましょうぞ」というと、フィアの横に3体のリッチが現れた。
「エルダーリッチになったので、リッチを使役出来るのじゃ」と自慢げに言う。
「街の者に悟られずに、情報だけを集めてきて欲しい。戦争と軍の情報が特に欲しい。冒険者ギルドの情報もついでにな」
「お任せ下され」とフィアが答えると、3体のリッチは姿を消した。
「フィアは、姿を消したまま俺の傍に控えていてくれるか?」と頼むと、
「いつでも、お傍に控えております」と言って姿を消した。
「俺達はこのままクラガシアに向かうぞ。その前に、冥界結界で俺達を隠しておこう」
領都を迂回するようにクラガシアに向かって進んでいると、前方から軍隊がやって来るのが見えた。俺達の姿は結界に隠されていて相手からは見えていない筈だ。
「あの軍隊は何だ?」と思わず口にすると、
「装備から見て、トラディション騎士団です」とアンテローヌ。
「そうか、装備で分かるのか。さすがだな」と感心した。
「あの様子は、領都に戻ろうとしているのか?」
軍隊は、領都に向かっているようだが、統制があまり取れていないようで、遠目にも隊列が乱れている。
「敗残兵のような雰囲気ですね」とアリシア。
「するとトラディションから出陣した軍勢が、戻って来ているということか?ということは、俺が倒した穢れの1つはトラディションにいたということになるな」
カロンに確かめたら分かると思い『カロン』と呼び掛けると、
『地上のことは、リッチに聞けばよい』とそっけない返事があっただけで、念話が切られた。
そう言えば、カロンは。時の狭間から出られないといっていたな。それでは、地上には呼び出せないわけか。仕方ないのでカロンに聞くのは諦めて、フィアに聞くことにした。
「フィア、地上の穢れの芽がどうなったか分かるか?」
フィアは姿を現すと、中空に浮いたまま腕を組み、
「この街に撒かれたのは、蝕穢じゃな。冥界の根が切られた故に、もう消滅しておる」
「そうか、トラディションは、蝕穢にやられたのか。他の穢れがどうなったかも分かるか?」
フィアは少し時間をおいてから
「離れすぎておるから分からぬな」と答えた。
「フィア、あの軍隊がこれからどうするつもりか探ってきてくれるか」と頼むと、
「たやすいことじゃ」と言って、姿を消した。
俺達は、軍隊とぶつからないように迂回しながらさらに進む。
このまま進むとナザニエールがあるが、冒険者ギルドが強権的なので、その街も迂回して進むことにする。幸い、平原地帯につくられた街なので迂回は自由に出来る。
その上、俺達は冥界結界で姿を隠しているので、誰かに咎められることもないだろう。
その日の夕方、テントを張って野営の準備をしていると、フィアの眷属達が戻って来た。
「探索が終わりましたぞ」
「領都は、どうなっていた?」
「領都では、引退した将軍が軍を率いて、王都に向けて出立したということじゃ」
「ナザニエールは、どうなっている?」
「冒険者ギルドの徴兵が徹底しておって、徴兵を逃れようとした冒険者が大勢捕まって強制的に軍に編入されているようじゃ。一部の冒険者には、隷属の魔法が使われておる」
「隷属の魔法か?やっぱりそんな物騒な魔法があるのか。そのスキルは、誰が使っているんだ?」
「それは分からぬ。しかし隷属魔法は、隷属の呪いと違って、マインドブロックや精神統一の熟練度が高いと掛からぬし、格上の相手にも掛からぬ。それほど恐れるスキルではない。隷属の呪いは厄介じゃがのう」とフィアが説明してくれた。
「隷属魔法と隷属の呪いは、どう違うんだ?」
「呪いは、生ある者には使えぬ」
「俺にも隷属魔法が使えるようになるのか?」
「隷属魔法は、闇魔法と精神干渉の応用魔法じゃ。そなたも修練すれば使えるようになろう」
『隷属魔法も応用魔法なのか。どうりでスキルドレインで手に入らなかったわけだな。しかし、この世界は、未知の魔法やスキルが多すぎるぞ』と、密かに気を引き締めた。
「誰かに掛かった隷属魔法を解く方法はあるのか?」
「魔法阻害を使えば解ける」
「そんなことで解けるのか?」
「だから恐れるようなスキルではないと言ったであろう」
「それならフィアには掛らないよな」と揶揄うと、
「我ら冥界の存在は、命あるものとは異なる理によって存在しておる。命あるものが、冥界の存在に従属魔法を掛けることは叶わぬよ」
フィアは少し不機嫌そうに答えた。




