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蝕穢

カロンの船の上で、流れていく河面を見ながら

「穢れとの対決は、次で最後か?」とカロンに聞く。

『そうじゃ、最後の蝕穢は、穢れの女王の分身じゃ。本来は、そなたが一人で戦うべきだが、今回だけは手を貸そう』

「手伝ってくれるのか?」

『まず、そなた自身のドッペルゲンガーを出すがよい』

「ドッペルゲンガーに戦わせるのか?」

『相手も、ドッペルゲンガーと同様、女王の分身じゃ』

「なるほど」

カロンの言い分に納得して、俺は闇魔法で、自身のドッペルゲンガーを出した。

カロンは、そのドッペルゲンガーを自分の正面に立たせると、右手を突き出して、ドッペルゲンガーの左胸に突き刺した。

カロンの右手は、ただの幻影であるかのように、ドッペルゲンガーの左胸の内に入り込み、カロンは暫らく何かを唱えてから右手を抜き出した。

『これで、大丈夫じゃ。今回は、これをそなたの代わりに送り出そう』


カロンの船が岸に着き、ドッペルゲンガーが岸に上がる。

俺はカロンの船にいながら、意識だけがドッペルゲンガーと共にある。

岸に上がったドッペルゲンガーは、いきなり真っ暗な空間に転移していた。

その暗い空間の中で、俺のドッペルゲンガーは、身体を動かせず、声も出せなかった。

すると、目の前に黒い人影が現れて、やがて姿が見えるようになった。

いつか見た、あの女だった。

ミイラのような白い顔が俺を見ている。暫くすると瞼が開き、そこにあった暗黒の深淵に飲み込まれそうになる。

悲鳴を上げそうになったが、声は出ない。

すると、目の前の女が口を開いた。

「そなたは、穢れの何たるかを知っておるのか?」

首を横に振ることも出来ず、返事も出来ないでいると、

「面倒な奴じゃのう」と女は言って、枯れ枝のような人差し指を、俺のドッペルゲンガーに向けてクイッと動かすと、声が出せるようになった。

「知っている訳がないだろう」と、俺のドッペルゲンガーは声を絞り出した。

「穢れは、神殺しを犯した罰なのじゃ」

「神殺し?」とドッペルゲンガーが訝しむように聞き返す。

「この世界には、そもそも神などはおらなかった。ところが、いつの間にか、人間という下等な生き物が、自分たちの先祖は動物であるとして、蛇や鳥などの動物を信仰し始めたのじゃ」

その話を聞いて、俺はあることを思い出した。

『そういえば、地球でも、自分たちの先祖が動物だとして信仰する部族がいたな。確か、トーテム信仰とか呼ばれていたような。それと同じようなものか?』


「その信仰が何千年も続くうちに、信仰を集めた動物が魔物に進化したのじゃ」

「魔物って、もとは動物だったのか?」ドッペルゲンガーが俺に代わってうまく受け答えをしており、疑われていないようだった。

「そうじゃ。人間が勝手に信仰した故に、魔物になったのじゃ。そして、魔物の中から進化の権能を持つ魔物が生まれたのじゃ」

「進化の権能?」

「そなたが持っておるのと同じ権能じゃよ。そして、ある魔物が何万年もかけて進化を極めて神になった。その魔物は、始原の魔物と言われておる。そして、始原の魔物の進化は眷属にも影響を与え、眷属の魔物達も次々と神になっていったのじゃ。そして、彼らが生み出した魔物が地に溢れて、今のような世界になり、始原の魔物は、神々の父、つまり父なる神と呼ばれる存在となったのじゃ」

蝕穢の語った内容は衝撃的だった。

「魔物が、神になったのか?」

俺の問いかけには答えず、蝕穢は話を続けた。

「そのうちに、神の一人が唯一神になろうとした」

「唯一神?」

「父なる神を殺し、他の神も全て殺して、己が唯一の神としてこの世界に君臨する。それが唯一神じゃ」

「だから神殺しか?」

「他の神々と力を合わせて父なる神を殺したのじゃ。そのとき、力を貸した神々も父なる神に殺されて、首謀者の神だけが生き残った。しかし、その神は、父なる神を殺した罪が穢れとなり、冥界の魔物に堕ちたのじゃ。それが穢れの女王じゃ」

「それじゃ、穢れの女王には、もう神としての力は無いということか?そんなことを俺に教えていいのか?」

「穢れの女王は、何万年も冥界の闇に閉じ込められておった。ところが、そなたが残した次元の裂け目から外の世界に出てることが出来た。そして、穢れの芽を撒いて外の世界を我がものにしようとしたが、そなたが幾つかの根を切ったために、それが叶わなくなった。その意趣返しをするために、そなたをここへ呼び寄せたのじゃ」

「呼び寄せた?ここへ誘い込んだのは罠だということか」

「その通りじゃ」

そういうと、その女は右手を、俺の左胸を俺の左胸に突っ込んできた。逃げようとしても体が動かない。その女はニヤリと笑ったような気がした。

しかし、次の瞬間、悲鳴を上げたのは女の方だった。

目の前の女は、俺のドッペルゲンガーに突き刺した右腕から黒い霧となり始め、その変化が腕を伝わって身体に広がり、あっという間に、黒い霧になって消滅した。同時に、俺も魔法を維持できなくなって、ドッペルゲンガーも消えた。


俺は、カロンの船の中で目を覚ました。

「カロン、今のは、どういうことだ?」

『魂返しの呪いを、そなたのドッペルゲンガーに仕込んでおいたのじゃ。そなたのドッペルゲンガーに呪いをかけた蝕穢は、呪いを跳ね返されて消滅したということじゃな』

「魂返しの呪いか?よく分からないが、今回は勝ったということか」

『その通りじゃ。これで、解き放たれた8つの穢れのうち5つは冥界の根を切った。残りの3つについては、地上で滅ぼさねばならぬぞ』

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