欺瞞
カロンの船は、また岸に近付いた。
河岸近くに、古代ギリシャの円形劇場のような施設があり、中央の円形の舞台に数人の男が立っており、舞台を囲む石造りの観客席にはかなりの人数が座っていた。
周囲に遮るものがないので、岸に上がると観客席の一番後ろの席に座り、中央に居る男達のやり取りに聞き耳を立てた。
聴衆を前に、初老の男が、拳を振り上げながら声高に叫んでいる。
「あの土地を手に入れるために血を流したのは、我が国の兵士達である。しかし、あの男は、征服した土地を国に献上せず、己がものにしようとしている。これを許してよいのか?こんな横暴が許されてよいのか?」
聴衆たちは、「そうだ、そうだ」と唱和して、拳を天に突き出した。
演説をしていた男は一息つき、血走った目で聴衆を見渡す。
「国のものは国に還せ。兵士のものは兵士に還せ」
この呼び掛けに、聴衆の多くが拍手して歓声を上げた。
しかし、演説をしている初老の男が息を継いだタイミングで、壮年の男が叫び出した。
「この男に騙されるな。何が、国のものは国に還せだ。元老院達は自分の立場を利用して、国のものを自分の懐に入れているではないか。この男が、我らが英雄ターセルスを貶めるのは、自分の悪行から衆人の目を逸らさせる為だ」
壮年の男は、彼らの英雄ターセルスを非難している初老の男への攻撃を始めた。
彼らの主張を聞くと、ここでは2つの勢力が対立していることが分かった。
『一方は、初老の男が属しているのであろう元老院の勢力であり、これに対立している壮年の男は、ターセルスという英雄を擁護する勢力なのだろう。今回の俺の敵は欺瞞だ。目の前で行われている非難合戦を聞く限りでは、初老の男が欺瞞で、壮年の男は真実となるようだが、果たしてそれほど単純なのか?それに、俺と直接関わりのない彼らの争いに、俺が介入するのは不自然ではないのか?』と、俺は考え込んだ。
舞台の上では、
「それだけではないぞ。人質の問題もある。ターセルスは、メルドブルグ族の人質を手元に置いて、本国に送って来ない。これは、ターセルスがメルドブルグ族を己の手駒として、本国に反旗を翻す準備としか考えられない」と、初老の男の主張がまだ続いている。
それに対して
「そんなことはない。前線から人質を本国に送るには、危険が多すぎるから手元に留めているのだ。前線の背後では、まだ屈服していない蛮族どもの奇襲攻撃がある。人質を後方に移送できる状況ではない。それよりも元老院はメルドブルグ族と取引をして、人質が本国に来たら、密かに彼らの元に戻してやると約束したそうではないか。その見返りに、何をもらうことになっているんだ?」と壮年の男が反論する。
「前線の背後が危険じゃと?それが事実なら、前線は孤立しておることになるではないか?そんな報告は聞いていないぞ」と初老の男。
「何を言っている。前線の背後が危険になったのは、本来なら前線の背後を護る護国兵を、あんた達元老院が引き上げさせたからじゃないか」と壮年の男が言い返す。
「我らに、ありもせぬ責任をなすりつけようというのか?」と初老の男。
2人の言い争いは、ますます激しくなっていく。
そのとき、観客席から歓声が上がった。舞台の入口になっている石のアーチ門から、豪華な鎧を着た一人の男が入って来た。
男は脇目もふらずに初老の男に近付くと、何も言わずに腰の短剣を抜いて、初老の男の腹を突き刺した。
「ぐっ」
腹を刺された男は、口から血を溢れさせながら、鎧を着た男の肩に手を掛けたが、そのまま力なく崩れ落ちた。
「ターセルス様」
壮年の男が、豪華な男の前で片膝をついて頭を下げた。
「我が忠臣の危機と聞いて駆け付けたぞ」と鎧の男が言う。
この思いもしない展開に驚いていると
「元老院を廃し、我は皇帝に即位する」と言って、鎧の男は血の付いた剣を天に突き上げた。
すると観客席に座っていた聴衆が一斉に拍手を始め、倒れていた初老の男が立ち上がり、鎧を着た男を中心に、壮年の男と3人で横に並んで、客席に向かってお辞儀をした。観客席の拍手は一層盛大になって、横一列の3人は、何度もお辞儀をした。
どうやら俺が見ていたのは芝居だったらしい。
『そういえば、ここは劇場だったな。しかし、ただの芝居を見ていたとしたら、俺が戦う相手は誰だ?』
そうしているうちに、目の前に居た3人が舞台から去り、新しい登場人物なのだろう少年が出て来た。ボロボロの皮を身体に巻き付けている。足はサンダルも履かず素足のままだが、片手に短剣を下げている。
彼は舞台の中央まで出ると、
「メルドブルグ族は、元老院と約定した。ターセルス様を討たねばならない」と独白した。
「ランドリア、ここに居たのか」と、新しく舞台に入って来たのは、先ほど退場したターセルスだった。もう鎧は着ておらず、ギリシャ風の薄い服を身に着けているだけだった。
少年は、咄嗟に短剣を背中に隠して、ターセルスの方に向き直る。
ターセルスが少年に近付いたとき、舞台の入口から、「ターセルス様」と声が掛かり、ターセルスが振り返った。
その機会を逃さず、ランドリアと呼ばれた少年が、背中に隠していた短剣をターセルスに突き刺した。
「ランドリア、お前・・・」
ターセルス役の男が倒れると、舞台の入口から3人の男が入って来た。
先頭は、毛皮を纏った野蛮人のような男。メルドブルグ族の男だろう。2人目は、元老院の殺された筈の男。そして、最後に現れたのは、ターセルスを擁護する演説をしていた壮年の男だった。
3人は、倒れたターセルスを囲んで祝杯を上げた。
『あの壮年の男は、ターセルスの味方じゃなかったのか?味方の振りをして、密かに元老院と通じていたのか?』
観客が盛大な拍手をしている間、俺は必死で考えていた。
『結局は、壮年の男は、ターセルスに元老院を倒したと思い込ませて、油断したところを、元老院と組んでターセルスを倒したということか』
俺が謎解きをしていると、壮年の男の役者が、俺をチラッと見た。
その邪悪な笑顔を見たときに俺は、すべてを悟った。こいつこそが、今回の敵、欺瞞だと。
その場から一気に観客席を飛び越えて舞台に飛び込むと、ゼネラルソードを召喚して、その男を斬り倒した。
次の瞬間、俺はカロンの船に戻っていた。
「欺瞞を倒したのか?」とカロンに確認すると、カロンは黙って頷いた。




