暴虐
カロンの船は、河を下って行く。
「なあ、この河はどこまで続いているんだ」
俺が疑問に思ったことを聞くと、
『この河には終わりがない。永劫の流れじゃよ』
『終わりがないのか・・・』
「次は、暴虐か」と呟くと、カロンは答える代わりに、船を岸に寄せた。
岸に上がると、見渡す限り、赤茶けた岩肌がどこまでも続く荒野だった。靴の底さえ突き破りそうな鋭い岩が露出している。
その場に暫らく佇んでいると、遠くの方で動く人影が見えた。
その人影を目指して荒野を進むことにした。
人影がかなりはっきり見えるところまで近付くと、それは、鎖で繋がれて、鞭で打たれながら歩く人の列であることがわかった。
列の側面には、頭に角がある人型の魔物が何体もいて、鞭を振るって、人々を急き立てているようだった。
『あの鞭打っている奴らが暴虐なのか?だとしたら、あいつらを倒せばいいのか?それとも、これも精神攻撃で、この後の展開があるのか?奴等のボスが出て来るとか?』
そんなことを考えながら、岩の陰や地面の起伏に身を隠しながら後をつけて行くと、大勢の人型の魔物が輪になって集まっているところに辿り着いた。
先ほどの繋がれた人の列がその集団に近付くと、輪の一部が割れて、人の列を内側に飲み込んでいった。
離れた場所で身を隠して様子を伺っていると、
「生贄を出せ」と大きな声が聞こえ、暫くすると、集団の中から悲鳴が聞こえてきた。
先ほど連れて来られた繋がれた人の列、それが恐らく生贄であり、魔物の輪の内側で処刑のようなことが行われているのだろう。
『ここからは見えないが、声を出したのが暴虐か。今度は、精神攻撃ではなく、単純明快な状況なのか。それなら、あの声の主を倒すべきか?』
そう結論した俺は、伏せていた起伏から身を起こして、冥界の鎧であるハデスを装着して一気に駆け寄り、ハデスの剣で魔物の集団の背後から斬り込んだ。
俺の不意打ちに魔物達の悲鳴が上がり、輪になっていた集団が崩れていく。
目の前の魔物を数体倒すと視界が開け、輪の中心だった場所に、地べたに寝かされた人間が数人いた。
いずれも、両手首と両足首を鎖で括り付けられており、その鎖の先には、4匹の大型の牛の様な魔物がいた。
「やれ」という声が上がり、牛の様な魔物が鞭打たれ、両手両脚が鎖に引っ張られて、胴体から引き千切られ、犠牲者の絶叫が響き渡った。いわゆる八つ裂きの刑だ。
そして、輪の中心の台座に設けられた豪華な椅子に、赤い肌をした頭に2本の角がある巨漢が座っていて俺を指差して、
「そやつを捕らえろと」喚いた。
鞭を持った奴が、何十人も一斉に俺に向かって攻撃してきた。
ヒュンヒュンと、音速を超える鞭の先が、鋭い音で空気を裂いていて俺に迫る。
俺は、その鞭をことごとく躱して、巨漢の男に向って駆け出した。そして、椅子から立ち上がった巨漢に、剣を振り下ろして、その巨躯を袈裟懸けに斬り裂いた。
巨漢はあっけなく、俺の足下に倒れた。
『あっけなかったな」と俺が呟いたとき、
何故か俺は、巨漢が座っていた豪華な椅子に座っていた。
『何故だ?』と思ったときには、魔物達が俺を囲んで跪いた。
そして「新しい暴虐陛下に栄えあれ」と昌和を始めた。
『新しい暴虐だと?奴は死んでいなかったのか?」
俺は、倒したはずの巨漢の死体を見た見た。その死体は、まだ俺の足下にある。
『もしかして、こいつは本物ではなく、身代わりだったのか?』
椅子から立ち上がって死体を確かめようとしたとき、立ち上がれないことに気付いた。
戸惑っている間に、両手首と両足首を鎖で四方に引っ張られた新しい生贄が、俺の目の前に運ばれてきた。
「やれ」
俺は、暫く呆然とした。何故ならその言葉は、俺の口から出たものだったからだ。
「・・・・」
待てと言おうとしたが、言葉が出なかった。
生贄の両手両足を引っ張っている牛の魔物に鞭が入れられ、生贄の両手両足は、胴体から引き千切られて、周囲に血の雨が降った。
その後も、俺の前に次から次へと生贄が運ばれて来ては、八つ裂きの刑が行われていく。
止めろ。止めろ。と言いたいが、何故か口から出るのは「やれ」という、俺の意思に反する言葉だった。
そして意識が失くなり、気が付くとカロンの船の上にいた。
『今度も、穢れに囚われたのう』と呟いた。
「あれは、どういうことだったんだ?」
何が起きたのか分からなかった俺は、カロンの次の言葉を待った。
『暴虐を、暴力で滅っしたところで、暴虐の主がすり替わるだけじゃ。すなわち、そなたが新しい暴虐になったのじゃよ』
「俺が新しい暴虐に?しかし、あの処刑を、力づくで辞めさせないで、どうやって止めさせるん?まさか、話し合って止めさせろとかいうんじゃないだろうな。暴虐という称号から考えて、話が通じる相手ではなかったと思うし」
『そなたの言うことは正しいのじゃろう。話し合いで何とかなる相手ではないことは確かじゃからのう』
「一筋縄ではいかないというか。しかし、俺に不利なルールが多過ぎないか」
『相手の土俵で戦っておるのじゃ、仕方が無かろう。それに、そもそもが、そなた自身の尻拭いじゃ』と、カロンに冷たく突き放された。
「今回は、負けたということか?」
『その通りじゃ。そろそろ、そなたの中に穢れが溜まってきておるぞ』




