邪淫
気が付くと、王都第3騎士団の本部兼宿舎の1階のフロアにいた。
「戻られたんですね。テレナリーサ様がお待ちですよ」と、ラミューレに声を掛けられ、俺はテレナリーサの執務室に通された。
「よくぞ、無事で帰って来てくれた。伯爵家と交戦したと聞いて心配していたぞ」
「まだ誰にも言っていないことがあるんだ。また、あの秘密の話が出来る魔道具を使ってくれないか」
「そういう話があると思って、用意していた」
テレナリーサはそう言って、机の上に置いてあった箱から魔道具を取り出し、ローテーブルの上に置いて結界を張った。
「これで大丈夫だ、聞かせてくれ」
「色々あり過ぎて、順を追って話していたら時間が掛かり過ぎるから、要点だけ話すぞ」
テレナリーサは黙って頷く。
「まず、伯爵は死んだ。俺が殺した」
テレナリーサは黙ったまま、目を大きく見開いて、驚きを表現した。
「だが、その伯爵は直ぐにアンデッドになって、生きている振りをして城に戻った」
「待ってくれ。そんなことは不可能だ?」
「何が?」
「アンデッドか生きている振りをすることだ。アンデッドにそんな知性はない。第一、アンデッドが話せないのは、そなたも知っている筈だ」
「確かに、ルージュがつくったアンデッドはそうだった。だけど、あの存在がつくったアンデッドは、生者と区別がつかない」
「あの存在?」
「名前を言うと、ここに現れる恐れがあるから、名前は言えない」
「魔導具で、盗聴を防いでいるぞ」
「魔道具で防げるような生優しい相手じゃない。とにかく、その何者かが、伯爵とその手下を、アンデッドにしてしまった。だから、今、伯爵の城は、生者と見分けがつかないアンデッドが支配している筈だ」
「う〜む、トラディション伯爵領にアンデッドの原が出現したことは、ランズリード侯爵からの報告があったから把握していたのだが、その後に、そんなことがあったとはな」
テレナリーサは、そう言って、かなりの間、考え込み、やがて、何かを決心したかのように、
「いっそ、伯爵領をダブリン領にするか」と呟いた。
「えっ、どういうことだ?」
「伯爵領がアンデッドに支配されているなら、王国として討伐しなければならない。しかし、領主とその一族がアンデッドになったことが他の貴族達に知られると、国内が動揺する。そなたが単独で、伯爵とその一族を打ち滅ぼしたように見せかけて、アンデッドを退治してくれたら、全てが解決する。そうすれば、その功績として、そなたを貴族にして、伯爵領をそなたに与えることが出来る。丁度、家臣団も出来たことだし、タイミングがいい。どうだ、やる気はないか?」と提案してきた。
「俺にそんなことが出来ると思うか?」
「思うから、提案したのだ。考えてもみよ。そなたの家臣団には、既に、アンテローヌ、アリシア、シモーヌがいる。これに、ヴィエラとフレイラを加えると、何処の貴族家にも負けない、歴戦の妃騎士揃いだ。加えて、オーリア達も強者だ。その上に、魔物を使役できるのだろう。これだけの戦力を抱えていれば、貴族家としてやっていけるぞ」
「そうなのか?」
「なんだ、渋っているのか?何故だ?あの存在というのを恐れているのか?」
「あれについては、そうだ、恐れている」
「それで、やる気が起きないのか?」
「それもある」
「他にも理由があるのか?それを教えてくれ」
「俺が、そこまでしなければならない理由が見つからない」
「理由?なるほど、理由か」
「そうだ、何のために、俺がそこまでしないといけないのか分からない」
テレナリーサは暫く考えてから、
「私の為ではダメか?」と質問してきた。
「テレナの為か?」
「今の私は、本当の私ではない。だが、そなたがこの国の王になれば、本当の私が、私の全てがそなたのものになる。それではダメか?」
「俺がこの国の王に?」
「伯爵領を手に入れるのは、その一歩だ。そなたのその力で、この国の王への一歩を踏み出して欲しい」
俺は、テレナリーサの目を見つめて
「本気で言っているのか?」と確かめるように聞いた。
「本気だとも」
その目は、嘘をついているようには見えなかった。
テレナリーサ自らが、俺の前にぶら下げられた人参になるという。
しかし、その人参が、最後には食べることが出来る人参なのか、永遠に追いつけない人参なのかで、話は変わってくる。もし、最後まで追いつけない人参なら、俺は利用されているだけになる。
『俺は、利用されていないよな?』と聞きたかった。しかし、その言葉を使えば、テレナリーサとの関係は、一瞬で壊れてしまう。
だから、
「テレナは、俺を裏切らないよな?」
としか言えなかった。それでも、俺達の間に、緊張が走った。
「裏切るものか」
テレナリーサは、吠えるように答えた。
「それなら、その提案を受けよう」
テレナリーサは、ホッとしたように表情を緩め、
「一時は、どうなるかと思ったぞ」と言った。そして、
「そうと決まれば、そなたに爵位を授ける。爵位がないと、手柄を立てても、駆け上がることが出来ないからな。私が独断で授けることができるのは、騎士爵までだ。だから騎士爵を授ける。そこで跪いてくれ」
テレナリーサは、そう言うとローテーブルの横に立って、腰の剣を抜いた。
俺はその前に跪いて頭を下げた。
テレナリーサが剣で、俺の右肩を軽く叩き、次に左肩を軽く叩いた。そして、
「汝、今より、このテレナリーサの剣となり、いつ、如何なるときも、身命を賭し、テレナリーサに永久の忠誠を誓うか?」と詠うように言うから、俺は「誓います」と宣誓すると、一瞬だけ、テレナと俺の身体が光り、その光が繋がって、消えた。
俺のステータスを見ると
称号
王家の騎士
という称号を得ていた。
『俺が、王家の騎士?ということは、テレナリーサは、やはり王家の人間なのか?それで、いつも仮面を被って正体を隠しているのか?』
俺は慌てて、
「テレナリーサ様」と顔を上げて、テレナリーサの名前を呼んだ。
すると、テレナリーサは、首を横に振って、
「それ以上、何も言うな、呼び方もテレナでよい。私に剣を捧げたからと言っても、今まで通りにしていてくれ。態度を変えられたら、私は悲しいぞ。さあ、立て」
剣を鞘に収めながら、俺の質問を封じ、立ち上がった俺の手を取ると、身体を引き寄せて、キスをしてきた。
朝になると、見知らぬ女が、俺の顔を覗き込んでいた。
思わず、「誰だ?」と叫ぼうとしたが声が出ない。




