貪欲
カロンの船に乗って進んでいると、右側の岸に城が見えてきた。
『今度は、あそこか?』と思っていると、カロンが船を岸に着け、
『ここが、貪欲の城じゃ』と言って、船から降りるように促された。
船を降りて河岸の階段を上ると、城の門に続く道があり、その先にある城の門は開いていた。
躊躇っていても仕方がないので門を潜ると、入り口の大ホールの奥に大きなテーブルがあり、その向こう側に、脂肪の塊のような肥え太った男が座っていた。
その肥満男は、目の前のテーブルに並べられた料理をひっきりなしに食べており、その男の顎が動く度に、ブルドッグのように垂れ下がった頬の肉が上下する。
「儂が、貪欲じゃ。儂を倒しに来たのであろうが、無駄なことじゃ」
その男がそう言った途端に、俺の身体が急に重くなり、立っていられなくなって、床に膝を付いた。
「ほれほれ、立っておられまい」と男は、料理を貪りながら嘲るように言い放った。
すると、俺の身体はますます重くなり、膝立ちさえ出来なくなり、カエルが潰されたように、床に這いつくばった。
「ふはははっ。儂が、ひと口食べれば、そなたには10倍の重さが掛かるのじゃ。ふた口目には20倍。こうして食べ切れば、100倍の重さが、そなたに掛かる。次の肉を食べると1000倍の重さが掛かるのじゃ。自分の重さに押し潰されて死ぬがいい」
『ぐっ、これは重力魔法か?このままだと、身体が押し潰される。ここで、切り札を切るしかない』
俺は、無敵を発動し、重さを跳ね除けて立ち上がると、閃光剣で、テーブル越しに、上段から斬り付けた。
閃光が走り、テーブルは真っ二つになって倒れ、料理と食器が飛び散ったが、肥満男は椅子に座ったまま、依然として、右手に持った肉の塊を食べ続けていた。
「ぐへへへへっ。そんな斬撃、効かぬわい」と言うなり、空いている左手を突き出した。
俺の身体は、見えない力に跳ね飛ばされて、後の壁に叩きつけられた。
次の瞬間、肥満男は、その場で跳び上がり、凄まじいスピードで距離を詰めて、俺の上に降ってきた。
「ぐわっ」
肥満男の全体重が乗った足が、倒れていた俺の背中を踏みつけた。
「死ね」そのままの態勢で、肥満男が俺の頭を踏み潰そうとした。
「金剛」
肥満男が、俺の頭を踏み潰そうとしたので、金剛スキルを使った。鉄より硬くなった俺の頭が、肥満男の足を食い止める。
その隙に、
「来い、ハデス」と、冥界の鎧であるハデスを装着して起き上がり、肥満男の右手を蹴った。
その蹴りで、肥満男が右手に持っていた肉の塊が飛んで行く。
さっきの重力攻撃は、何かを食べていないと発動しないようだ。
身体が自由になった俺は、瞬動を発動し、ハデスの一部である剣を抜いて、肥満男に斬り付けた。
男は意外と機敏に剣を躱したが、剣の先が頬を斬り裂いた。
「動くな」と俺は、ここでバインドワードを使い、相手の動きを封じて、鎧袖一触を発動して斬り付けた。
肥満男は、避けようとしたが動きを封じられ、そこにハデスの剣を頭に受けたので、右耳から左顎にかけて、頭部が斬り取られた。
人間なら即死だが、さすがは冥界の化け物で、頭が半分無くなった状態で、俺に向かって左手を突き出した。
物理攻撃無効と魔法攻撃無効を持っているハデスだが、スキル無効は持っていなかったので、この攻撃は無効化されず、俺は吹っ飛ばされた。
しかし、飛ばされながら衝撃波魔法を放つと、肥満男は衝撃波魔法で反対側の壁に跳ね飛ばされた。
俺の背中が部屋の壁に激突するが、ハデスの物理攻撃無効の力で、俺にダメージは無い。直ぐに、瞬動で態勢を整えて、突進と縮地を使って、反対側の壁まで跳ね飛ばされた肥満男に追いついて、無双剣で斬り掛かった。
まず、厄介な左腕を斬り飛ばし、右手も斬り飛ばす。その間に、怪力を使って腹を蹴り上げ、更に、首を斬り落とした。
それでも、何かをしようと動いたので、肩を斬り、胸の肉を斬り、腹を斬り裂き、両足を斬り落とし、数十分にわたって斬り刻み続けて、肉の塊に変えてやっと動かなくなった。
『ふ〜、危ないところだった。しかし、これで終わりか?傲慢のときのような、仕掛けはないのか?』と警戒していると、肥満男だった肉の塊が消え、テーブルと床に散らばった料理や食器も消えて、床に大きな魔石が落ちていた。鑑定すると、貪欲の魔石だったので、剣で叩き割った。
すると、大地が揺れ、天井から小石が落ち始めたので、慌てて城から飛び出した。
河岸まで走って逃げた。川岸で後ろを振り向くと、城が崩れていくところだった。
河岸の階段を降りて、待っていたカロンの船に戻ると、
『この度は、勝ったようじゃのう』と言うので、
『貪欲は消えたのか?』と確認すると、
『根は消えておらぬが、芽の方は、そなたが打ち滅ぼした』
『今回は、傲慢のときのような罠は無かったようだが?』
『最後の魔石が、罠じゃ』
『あの魔石がか?』と聞き返すと、
『そなたの魔石を食って進化する特性に目を付けられたのじゃ。もし、その魔石を食っていたら、そなたの負けになっておったところじゃ』
『そういう仕掛けだったのか。食べずに、砕いたのが正解だったわけか』
『穢れどもが、どういう手を使って来るかは予想が出来ぬ。くれぐれも油断せぬことじゃ』と忠告された。
カロンの船は再び進み始めたが、俺の中に入り込んだ傲慢による、身体の底から突き上げてくる力の暴走に、相変わらず俺は苦しめられていた。




