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伯爵の最後

ルージュは最後の言葉を伝えてから、何度、呼んでも答えない。

ハデスも召喚しても出てこなかったので、ハデスも奪われたのかと思ったが、呼びかけると無言の返事があるようなので、まだ、俺の眷属でいるようだ。ハデスも、穢れの女王というのを恐れて出て来ないのだろう。


今度のことは、冥界の眷属の問題なので、オーリアやルビー達と相談出来ない。

『テレナからの依頼は、一応終わったから、もう王都に戻ってもいいのだが、フィアを取り戻したい。どうすればいいのか?』

俺は暫く考えたいからと1人で部屋にこもって、まとまらない考えを、まとめようとしていた。


そのとき、俺の前に何かが現れた。

黒いロープを纏っているようにも見えるが、黒い影のようにも見える。そして、斜め後ろに膝を着いたリッチを従えていた。

その何かは、瞼を閉じたまま、蝋のように白い顔をこちらに向け、

『こやつは。妾がもらった』

どうやらフィアのことを言っているらしい。

「お前は、いったい何だ?」と、警戒しながら聞くと、

『ふむ、面白い奴じゃ。人間のくせに、冥界の権能を持っておるのか』

「冥界の権能?」

『リッチを返して欲しいか?』

「返してくれるのか?」

『妾は玩具が欲しいのじゃ。そちが、玩具になるか?』

このとき、

『玩具ならば、もっと面白いものが御座います』

とフィアだったリッチが口を挟んだ。

『もっと面白いもの?』

『かの伯爵ならば、きっとご無聊の慰めになるかと』

『あの伯爵では、面白くはないぞ』

『屍人にした伯爵を貴族として操れば、いずれは、この国を操れましょう』

『ふむ、面白いかもしれぬが、面倒そうじゃの』

『手筈は、我にお任せください』

『好きにせい』

という言葉を残して、それは消えた。そのとき、蝋のように白い口元が、少し笑っていたように思えた。

『フィアの提案が受け入れられたということか?』

『そのようですな』と、フィアがまだ残っていた。

『一緒に行かなくてよかったのか?』と聞くと、

『連れて行かれなかったのは、残っても良いということじゃな。穢れの女王陛下は、よほどそなたを気に入ったようじゃ』


この後、フィアが、今の状況を教えてくれた。


ラディウスという伯爵の手先は、既に、穢れの女王に殺されて、アンデッドにされたということだった。

このとき、穢れの女王は、ラディウスような人間の強者のアンデッドをもっと集めたいと口にしたそうだ。

そこで、フィアが、ラディウスに生きている振りをさせて、伯爵の元に送り返し、強者を集めさせてはどうかと提案したらしい。

穢れの女王が創るアンデッドは、ルージュが創るアンデッドと違い、生前の本物と見分けがつかないそうだ。

穢れの女王は、その策を面白がり、ラディウスを伯爵の元へ送り返し、リッチを倒す為に強者を集めることを進言させたが、逆に、ラディウスは伯爵から、100人の子供を集めるように命令された。


この状況を踏まえて、フィアが全ての作戦を立てた。


フィアの作戦に従って、俺はデスマスターの権能を使って、オーリア達と4人で、アンデッドの原を通って、燃えるアンデッド達の中に隠れて伯爵を待ち伏せることにした。


ラディウスは、子供達を閉じ込めた4台の荷馬車を率いて、伯爵の城に戻って来た。

「よくやった。これで、冥界の王を使役出来る」

子供達が閉じ込められた荷馬車を見て、トラディション伯爵は上機嫌になった。

「フェイナール、子供達を洗って儀式服を着せて、新しい馬車に乗せ替えろ」

フェイナールは、自らが率いる影部隊に、子供達が積まれた荷馬車を受け取らせ、城の裏庭へと移動させた。

裏庭で、荷馬車の後ろの扉が開かれて、武器を持った影部隊が子供達を1人ひとり引きずり出しては、大きな水桶の前に連れて行った。

影部隊は、子供達に服を脱いで体を洗うように命令し、体を洗った子供から、順番に新しい服を渡して、これを着ろと命令した。新しい服といっても、粗末な貫頭衣に過ぎなかったが、清潔ではあった。

そして、そこに運ばれて来た、装飾が施された新しい荷馬車に、子供達が詰め込まれていった。


トラディション伯爵は、フェイナールとラディウスの2人を副将とし、2000の近衛兵を率いて城を出た。その後を、子供達を積んだ新調の4台の馬車と、500の影部隊が付いて行く。

伯爵の一行は、ラディウスが設置した防衛線を越えて進み、アンデッドの群れが目視出来るところまで来て、行軍を止めた。


「あれが燃えるアンデッドか。確かに、火を吹き出しておるな」

と前方を見据えた伯爵。

「ここでは、少し遠い。フェイナール、贄の馬車を前に出せ。もう少し進んで祭壇を設けるぞ」

伯爵は、率いてきた小型の馬車を先導して、馬をゆっくりと進め、アンデッドの群れの500メートル程手前で、全体を止めた。

伯爵は馬から降りると、真後ろに控える将校に合図をした。すると、将校達は、小型の馬車から、白い石板や木の枠を運び出して、アンデットの群れの前に祭壇を築き始めた。

1時間程で祭壇が出来上がると、

「贄を連れて来い」

伯爵のその声に応えてフェイナールとその部下達が、荷馬車から降ろした子供達を連れて来た。子供達は、あらかじめ何かの薬を飲まされているのか、目がうつろで、泣き声さえ上げない。

子供達が祭壇の前に整列させられると、伯爵は石板を抱えて祭壇の上に立ち、書見台のようなものに石板を置くと、両手を天に突きあげて、

「地の底と闇に君臨せし冥界の王よ」と呪文を唱え始めた。

「ここに我の願いの真実を示めさんと、贄の儀式を司らん。そは血と肉と魂の・・・・」

呪文は長く、伯爵の朗々とした詠唱が続く。


俺は、伯爵が呪文を唱えている間に密かに距離を詰めた。


呪文は、さらに数時間も続くと思われ、将校や近衛兵達が気を弛め始めたとき、俺が放った閃光剣が、伯爵の身体を斜めに切り裂き、上半身がズレて、祭壇の上に落ちた。

「「「閣下」」」

伯爵の後ろに控えていた将校や近衛兵達から絶叫が上がった。

このとき、フィアの作戦に従って、スタンとハデスを近衛兵の上に召喚し、装着者によってサイズが変わるハデスを、スタンに装着した。

ドスンという地響きが起こり、身長4メートルもある全身鎧の巨人騎士が地上に降りたち、3メートル近い大きさになったハデスの剣を振り回して、近衛兵達をなぎ倒し始めた。

ハデスを装着したスタンの動きは早く、剣の達人のように隙がない。

近衛兵達が、突然の出来事に反応出来ないうちに数百名が討ち取られていた。

そして、その間に、俺がデスマスターの権能で、燃えるアンデッド達を進撃させた。

近衛兵達は、動きを止めていた筈のアンデッド達が動き始めたことに気付いて、

「「「アンデッドだ」」」と叫んだ。

巨人騎士に立ち向かおうとしていた兵士達は、炎を纏ったアンデッドが進撃してくるのを見ると、慌てて逃げ始めた。

伯爵の死体だけがその場に取り残され、周囲の伯爵軍は1人も居なくなった。伯爵の側近中の側近であるフェイナールでさえも、影部隊に護られて逃げ出していた。その後を、3000の燃えるアンデッド達が、普通に歩く速度ではあるが、追いかけてゆく。

もう少しで生贄になるところだった子供達は無事で、祭壇の後ろで一塊になっているが、あらかじめ飲まされた薬のせいで、周囲で起こっていることは分かっていないようだった。

俺は、スタンの召還を解除して、俺自身がハデスを装着し、顔を隠して子供達に近づいた。オーリア達も黒いローブで顔を隠しながら出て来て、誰にも見られずに子供達を馬車に入れて、アンデッドの原を目指して連れ去ることに成功した。

子供達は、燃えるアンデッドの群れに飲み込まれて死んだと思われている筈だ。

伯爵軍を追いかけさせたアンデッドには、数キロ程進んだ時点で足を止めさせた。その為、領都を護る6000の兵士と対峙する形になったが、戦闘は起こらなかった。


この作戦の凄いところは、アンデッドを隠れ蓑にすることで、攫われた子供達が救出されたことや、それに俺達が関わっていることが、誰にも分からない点にある。

伯爵を殺してしまうことについては、後の影響が分からないので躊躇いがあったが、ここで殺してしまった方が後の憂がないのでバッサリと殺った。

しかし、穢れの女王が、伯爵のアンデッドで暫く遊ぶと言っているので、そのご好意に甘えて、この件の原因は全て、穢れの女王様に被って頂くことに、勝手に決めた。


これでは俺達ばかりが得をしたみたいだが、フィアにも穢れの女王にもメリットがあったという。

まず、伯爵家が代々伝えてきた、禁術の書物の部屋が手に入ったというのだ。

穢れの女王は、それほど興味がなかったようだが、フィアは研究すべき魔法書が大量に手に入ったと喜んでいる。

穢れの女王は、伯爵に生きた振りをさせて、この世界の強者を集めて、アンデッドのコレクションにすることを企んでいるらしい。

そして、その為に伯爵が斬られたところを見た者達を、ラディウスに探させて殺させているということだった。

それらのことも、全て、無聊を慰める為だというから、穢れの女王と敵対しなくて良かったと、つくづく思った。

また、俺達の中で一番の策士がフィアであることが分かり、そのフィアが、俺達の味方であることにも胸を撫で下ろした。


翌日までに、フェイナールを始め、城に居た伯爵の家族数十人、その他の将軍や将校など、伯爵家の主だったものは、全員ラディウスに殺されたらしい。

ラディウスの転移斬は、斬撃そのものを転移させるスキルなので、相手の位置さえ分かっていれば、距離も障害物も関係なく身体の内部を斬り刻んでしまえる。

転移を防ぐ結界内にいるか、全ての攻撃を防ぐ魔道具で全身を覆っていない限り、このスキルを使った暗殺を防ぐ術がない。

伯爵が死ぬところを目撃した数百人は一夜のうちに皆殺しにされ、直ぐに、穢れの女王によってアンデッドにされた。

そして、アンデッドになった伯爵は、いつの間にか城に戻り、これもまたアンデッドになった家族と重鎮達に囲まれて、城での営みを始めた。


セレストリ辺境伯は、バルダール鉱山の砦に腰を据え、数多くの影を放ってトラディション伯爵の動きを見張っていた。そして、アンデッドの群れが、伯爵の領都のすぐ近くまで攻め寄せ、防衛線の手前で6000の兵士と対峙していることは把握していたが、まさか、伯爵家の居城がアンデッドだらけになっているとは、想像の外にあった。

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