戻って来たラディウス
トラディション伯爵の命令で、ラディウスは、領都の入口から約1キロ離れた場所に、防衛線を敷き、6000程の領兵を布陣させた。
「ここが最後の防衛線だ。何が何でも、この防衛線を死守せよ」
「「「「お~」」」」と兵士が気勢を上げる。
足が遅いアンデッドの行軍がこの防衛線に着くまでには、今暫しの猶予があった。
暫くすると、斥候が、アンデッドが領都から3キロ程離れた地点で、何故か動きを止めたという報告があった。
ラディウスは、防衛線の指揮を、領兵の将軍に任せて偵察に出た。
『確かに、動きを止めている。何があった?』
そのままラディウスはアンデッドを見張ることにした。領兵の斥候や伝令が、頻繁にラディウスの元を訪れては、ラディウスから戦況の報告や、今後の指示を受け取り、領主や各部隊の指揮官達の元へと走っていく。
「ギルマスも、一旦、引き上げたらどうだい?報告することもあるだろうし。後は、俺達が見張っておくぜ」
と声をかけてきたのはリヴァイ達だった。
「そうだな、そろそろ報告しないとな」とラディウスとリヴァィ達が話していた矢先だった。
『あの街を滅ぼすおつもりですか?』とフィアであったリッチが聞く。
『人間が多くおるようじゃが、一気に攻め落としてもつまらぬ。ここで、アンデッドどもを止めおいて、玩具を集めたいものじゃ』
穢れの女王の後ろには、ルージュがアンデッドに変えた者達がいた。5人の影将軍と3人の分家の貴族だ。このアンデッド達も、ルージュから奪われていた。玩具というのは、彼らのことを指しているのだろう。
『面白い技を使いおった奴らがいたのう。そ奴等も集めようかえ』
穢れの女王が、枯れ枝のような、鳴らない指を鳴らした。
ラディウスとリヴァイ達の5人の身体が、いきなり燃え上がった。
「な、なんだ、これは?煉獄の業火か?何故、俺が?」
「氷結剣」
アライザが、燃え上がった自分たちの身体の炎を消すために、自分達自身に氷結スキルを使った。
「海嘯」
リヴァイも同じ目的で、自分達自身に海嘯スキルを使った。
しかし、それらの努力も虚しく、ラディウス達は、その場で焼け炭の死体となった。
暫くすると、燃え尽きたはずの5つの死体から炎が噴き出したと思うと、ギクシャクとしながら起き上がり、アンデッド達のいる方へ、脚を引きずるような不自然な歩き方で去って行った。
この出来事は、防衛線からかなり前方、周囲に味方の兵がいない、アンデッドの群れに近い所で起こったため、ラディウス達が死んだことは誰にも知られなかった。
「アンデッドはどうなった?ラディウスはどうした?」と、トラディション伯爵は、苛立ちながら喚いた。
「ラディウス様とは、連絡が取れません」と将校の1人が答える。
「連絡が取れない?どういうことだ?」
ラディウスは、トラディション伯爵が抱える最大の戦力だ。その戦力が、この大事な時に連絡が取れないなとはどういうことだ?何か、秘密の作戦でも考えついたのか?
伯爵は、部下に苛立ちをぶつけながらも、思案を巡らしていた。
そのとき、
「俺を探しているのか?」と言いながらラディウスが入って来た。
その姿を見たトラディション伯爵は、
「おお、ラディウス、連絡が取れないと将校たちが困っていたぞ。何処へ行っておった?」
「ふんっ、アンデッドにもっと近づいて探っていただけだ。腰抜けどもには、そんな勇気はねえだろう」と、ラディウスは鼻先で笑った。
「それで、アンデッドはどうなった?」と伯爵が聞く。
「理由は分からねえが、止まっていやがる。このまま止まったままでいてくれたらいいんだがな」
「敵の正体は、分かったのか?」
「ああ、分かったぞ」
「何者だった?」
「リッチだ。カスタリングの坑道に巣食っていた奴だ。そいつが、どういう訳か、坑道から出て来て、アンデッドを操っていやがる」
「やはり、リッチか。強敵だな」
「倒せない敵ではない」
「倒す目途があるのか?」
「俺のような強者を集めれば、倒せないことはない」
「強者を集める?」
「王国中の強者の射幸心を煽ってやるんだよ。そうすれば、強者が集まって来る」
「なるほど、いい手かもしれんな。しかし、それまで、アンデッドは待ってくれるかのう?」
「そこは賭けだな。まっ、細かいことはあんたらでやってくれ。俺は、少し休む」
そう言い捨てると、ラディウスは伯爵の執務室を出て行った。
城の中の自分の部屋に戻ったラディウスが、グラスに注いだ酒を飲もうとしたとき、その酒はグラスの中で燃え上がった。そして、ラディウスは、その火を酒をともに飲み干した。
「王国中から強者を集めるか。どう考える?」と伯爵は、フェイナールに意見を求めた。
「妙手ではありますが、今は必要ないでしょうな」
「フェイナールもそう思うか」
「強者を集める前に、王家がリッチ討伐に動くでしょう。こちらは、その線で交渉を始めるつもりでしたが」
「うむ、そうなると、王家の意向は無視できまい。しかし、王家の剣は、本当にリッチを倒せるのか?」
「そのように言われております」
「もし、その通りなら、ラディウスは、何故、強者を集めると言い出した?」
「そこが解せませぬな。しかし、それがどうかしましたかな」
「ふむ、気にすることもないか。フェイナールは、王家と交渉の準備を進めてくれ」




