燃えるアンデッド
その頃、トラディション伯爵軍はどうなっていたか。
尾根の上に逃げ延びた者以外は、カスタリング鉱山に向かって逃げ出していた。
山の麓で、ランズリード侯爵軍の騎兵と戦っていた歩兵は、アンデッドの原から直ぐに逃げ出すことが出来た。だが、尾根の近くで戦っていた歩兵の多くは、アンデッドと戦いながら山肌を降りたので、数多くの者が命を落とした。
その結果、トラディション伯爵軍の兵が、カスタリング砦の焼け跡に辿り着いたときには、その数は3000を下回っていた。
しかし、そこでひと息付けると安心した兵士達を絶望が襲った。
フィアのドッペルゲンガー達が、彼らを襲い、冥界魔法の煉獄の業火で3000名を焼き尽くしたのだ。この大虐殺によって、アンデッドの原がカスタリング鉱山にまで拡大して、アンデッドの大群が、人里近くまで押し寄せることになった。
報告を受けたトラディション伯爵は、こめかみに青筋を立てて怒っていた。
「アンデッドの原が現れただと」
と言うなり、片膝を付き頭を下げて報告をした将校の顔を蹴り上げた。
将校は、もんどりうってひっくり返るが、誰も助けようとしない。
「そやつを、地下牢に放り込め」と、報告しただけの将校に八つ当たりして、自分の席に座り直すと、
「不味いことになったな」と顔を顰めた。
ローザリア王国では、アンデッドの原が過去に何度も現れている為、その対処が決まっており、アンデッドの原が現れた領地は王国に没収される。
今回の件では、トランディション伯爵の領地がその対象となることは明らかだった。
アンデッドの原が尾根の向こう側まで広がっていれば、ランズリード侯爵に責任を擦り付けることも考えられたのだが、今のところ、それは確認出来ていない。
しかも、アンデッドの原は、山裾で止まらず、カスタリング鉱山にまで広がっているという。
トランディション伯爵が直面している問題はそれだけではない。
北西に隣接しているセレストリ辺境伯が、10000の軍勢を率いて領地に攻め込み、バルダ―ル鉱山を占領したのだ。
領都に攻め込んでくれば、勝算は十分にある。
領都を護る15000の兵と、ナザニエールの5000の兵で挟撃すれば、10000の兵を撃破するのは難しくない。同時に、同盟している貴族からの援軍が期待できるので、伯爵軍の勝ちは揺るがない。
仮に、ナザニエールが先に攻め込まれても、5000の領兵に加えて、3000の冒険者を強制的に徴兵して街の防衛に当たらせる仕組みが、ナザニエールにはある。
しかし、セレストリ辺境伯は、一向に動かない。
こうなれば、こちらから攻めるしかないと考えたトランディション伯爵が、領都から12000、ナザニエールから4000の出兵の準備を進めていたところに、アンデッドの原の出現の報告がもたらされたのだった。
アンデッドの原が出現した以上、王国からの調査団の派遣は拒否できない。拒否すれば、王国軍が攻めて来るからだ。
しかも具合の悪いことに、アンデッドの原が出現したことで、セレストリ辺境伯の侵攻を、王国に訴え出るタイミングを失ってしまった。
アンデッドの原の出現は、王家の作戦なのかと疑うようなタイミングで、事が起こっている。
ここで、伯爵は、次の手を考えた。
「ラディウスを呼べ」
「はっ」と一礼して、将校が下がっていく。
暫くすると、2メートルを軽く超える巨漢が、伯爵の執務室を訪れた。
高級感のある鎧を着込んだ将校たちと違い、薄汚れて擦り切れた革鎧を着込み、しかも、その革鎧には、急所を護るように、継ぎはぎのように鉄板が貼り付けられていて、その風体は異彩を放っていた。
「アンデッドの原が出現した」と伯爵が、何の説明もなく告げる。
「アンデッドの原だと。何処に?」
「ランズリードの領地との境だ」
「尾根のどっち側だ?」
「こちら側だ」
「不味いな」
「ああ、不味い。それを口実に、王国軍に介入されては、下手をしたら領地を没収されかねん」
「だけど、あそこは領地の外じゃねえか」
「アンデッドの原は、カスタリング鉱山にまで広がったというのだ」
「それじゃあ、言い逃れは出来ねえな。それで俺を呼んだのは?」
「バルダ―ル鉱山のセレストリ辺境伯軍に仕掛けろ」
「セレストリ辺境伯か。だけどよ、相手は10000もいるんじゃんなかったか?どうやって仕掛けるんだ?」
「他国から仕入れた毒があっただろう。あれを撒け」
「撒くのはいいけどよ、撒いた奴も死んじまうぜ」
「構わん。奴隷か冒険者にやらせろ」
「奴隷を使うとして、300から500は死ぬな」
「やり方は任せる。ただし、王国の調査が入るまでにやれ」
「時間が無いのか・・・金が掛かるぞ」
「構わん。ギルドの金を使え」
「ちぇ、そこはギルドの金じゃなく、黙って皮袋を出して欲しいぜ」
「同じことだ」
「分かったよ」
頷いたナザニエールのギルドマスター、ラディウスは立ち上がった。
そのとき、
「大変です。アンデッドの大群が領都に向かっております」と、将校の1人が、部屋に転がり込みながら報告した。
「アンデッドが?奴らは、アンデッドの原から出られないのじゃなかったのか?」
とラディウスが疑問を口にする。
「それが何故か、カスタリング鉱山から出て領都に向かって来ており、街道沿いの村が幾つも燃やされました」
「燃やされた?」
「はい、アンデッドどもは、何故か燃えており、奴らが触れると何もかもが燃え上がり、歩いた跡は地面が燃え上がっていると、報告が上がっております」
「燃えるアンデッドだと?聞いたことがないな」とトラディション伯爵。
「全くだ。アンデッドは火に弱い。だから火魔法で燃やしてしまうのが1番なんだが、始めから燃えているとなると火魔法が効かないのかも知れねえな」とラディウスが冷静に分析する。
「ラディウス、こちらの仕事が先だ。アンデッドを止めて来い」
「俺がやるのかよ?他にも、使えるやつらがいるだろう?」
「今回のことは、裏に誰かいる。そいつを炙り出せ」
「誰かの仕掛けだっていうのか?」
「ああ、アンデッドを操る奴がいるのは間違いない」
「ちっ、仕方ねえな」と愚痴を零しながら、ラディウスは部屋を出て行った。




