デスマスターの権能
斜面の下で戦っていた兵士達は、斜面の上のアンデッドの群れを恐れて、尾根に向かって逃げずに、平地に向かって逃げた。
ランズリード侯爵軍の騎兵は、半数近くが馬を失わずに騎乗していたので、そこから南西のローズラバリー伯爵領に向けて逃げ出した。馬を失った騎兵達も徒歩で南西に向かった。
一方、トラディション伯爵軍の歩兵は、カスタリング砦に向かって逃げた。
俺達が、ディラウス砦に向かっていると、道の反対側から約200騎の騎兵を率いて戦場に戻ろうとしていたテオドールに出会った。
テオドールは俺達の前で馬を止め、
「ダブリン殿、姉上を運んでいるのか?」と興奮して問いただしてきた。
「尾根でやられた。医者のいるところまで運んでいる途中だ」と答えると、
「生きているのか?良かった」と馬を飛び降りて、荷台の横からアンテローヌの手を握った。
「大丈夫のようだ。姉上を頼む」と言ったところに、
「殿下、戦闘はもう終わりましたぞ」と近衛の分隊長のベラルカが報告した。
「何?」
テオドールは、アンテローヌから手を離してベラルカを振り返った。
「アンデッドの原が現れました」とベラルカが言葉を続けると、
「何?アンデッドの原が現れた?」
テオドールは、ベラルカに詰め寄って聞き返した。
「今は、ディフォーヌ殿下が、生き延びた兵をまとめて軍を立て直しておられます」
「そうか。ディフォーヌは無事だったか。それで敵兵はどうなった?」
「敵兵は戦意を無くしており、抵抗せずに武装解除に応じました」
「そうか。よくやった。よし、それでは、俺は行くぞ。ベラルカは、閣下にも報告せよ。ダブリン殿、姉上を宜しく頼む」
テオドールは、そう告げて馬に跨ると、200騎の騎兵を率いて、尾根を目指して駆け出した。
俺達は、再び砦を目指して歩き出し、暫くして、砦からやって来たランズドリー公爵と、彼が率いる500の歩兵と出会った。
1人、騎乗している侯爵は、俺達を見つけると、単騎で駆け寄って来た。
「婿殿、そこに寝ているのはアンテローヌか?」
「峠で刺されたので、医者に見せるために砦まで運んでいるところです」
俺が説明書している間に、侯爵は馬から降り、荷車の上で横になっているアンテローヌの手を握った。
テオドールと同じ動作をするということは、心配だから手を握ったのではなく、生きているか確かめているのだろう。
「傷は何処じゃ」と聞くので、
「右の腰の辺りです」と答えると、娘の身体を横向けにして、鎧下を捲り上げて傷口を調べていたが、
「血が止まっておるな。これなら大丈夫じゃろう」と独りで頷いた。
ここで、
「閣下、報告が御座います」と、ベラルカが敬礼する。
「報告せい」とランズドリー侯爵が応じると、ベラルカはテオドールに説明したのと同じ説明を繰り返した。
「アンデッドの原じゃと」
その報告を聞いた侯爵は、腕組みをして暫く考え込んでしまった。
やがて、
「ここで考え込んでいても仕方がない。現場を見に行くぞ。婿殿には、兵を付けるので、アンテローヌを砦に届けて欲しい」
と言って、砦から来た歩兵の隊長の1人を呼び付けると、俺の補佐を命じて、再び進軍を始めた。
俺達は、新しく加わった約30人の小隊に護衛されて、ディラウス砦に向かった。
無事に砦に着き、アンテローヌを医者に預けると、俺達には部屋が与えられた。戦闘の疲れがあったので、皆、泥のように眠った。
それは突然起こった。
フィールドでの死者が一定数に達したことを確認。
デスマスターの権能の条件を満たしました。
デスマスターの権能により、この場所は、アンデッドフィールドになります。
フィールド内の死者は、アンデッドとなって蘇り、このフィールドに固定されます。
頭の中で流れたアナウンスの意味が分からなかった。
そして、そのアナウンスの間、戦場にいた全ての兵士が動きを止めていた。いや、時間が止まっていたのだろう。
脳内アナウンスが終わって時間が動き出したとき、倒れていた死体が動き出し、ギクシャクした動作で立ち上がった。
「はっ」として目が覚めた。
『夢か・・・。それにしても嫌な夢だ』
『夢ではないぞ。そなたが受け入れることを拒否して、記憶から消したのじゃよ』
とフィアが念話で語りかけてくる。
『受け入れることを拒否した?記憶から消した?』
『そうじゃ、あのアンデッドの原は、そなたのデスマスターの権能で生まれたものじゃ』
『俺にそんなことが出来る力はない筈だ』
『そなたは、選ばれたのじゃよ』
『選ばれた?誰に?』
『誰かではない。この世界にじゃ』
『世界に選ばれた?』
『この世界には意思があるようでな。我も、我自身の存在について、長い間考えてきた。そして、この世界には、意思があると考えるようになった。そして、そなたに出会った。そなたは、世界が、そなたを通して、何事かを成すために選ばれた者に違いない』
『何事かとは、何だ?』
『それは我にも分からぬ。今、言えることは、そなたが着実に力を増しながらも、それが、人の目からは隠されていることじゃ。何事かが雌伏しておると考えるしかないのじゃよ』
そこまで言うとフィアは沈黙した。




