放課後にお嬢様と
桜坂と一緒に出掛けた翌日は撮影があり、迎えた憂鬱な週明けの放課後。
朝から「今日はお仕事も大学もお休みです、お姉ちゃんは!」などと姉さんが言っていたので、俺は皆が帰ったあとも学校に残っていた。
というのも、早く帰れば姉さんから着せ替え人形にされてしまうのだ。
そのため、姉さんが家にいる日は極力早く帰りたくはない。だから、榊原の家で時間を潰そうとも考えたのだが―――
『今日は予定があるけど、竜胆には絶対に言わない』
―――と、何故か警戒心剥き出しでそう言われてしまった。
どうしてあそこまで警戒されていたのは心当たりもなく甚だ本当に不思議なほど疑問ではあるが、予定が不明な人間と一緒にいることは難しいだろう。
というわけで、茜色の陽射しが教室を占めるまで、俺は机に突っ伏して時間を潰していたのであった。
「って言っても、そろそろ寝るのにも飽きた……」
こういう時、暇な潰し方でもあればいいのだが、ゲームセンターに行ったり誰かと遊んだりといったことが趣味じゃないのが恨めしい。
この格好でウィンドウショッピングをするにも男物しか漁れないし、誰か俺に合った時間の潰し方でも教えてほしいものだ。
「まぁ、そろそろ帰るか」
少しぐらいは時間が潰せたからよしとしよう。
姉さんが急な予定が入って外出していることを願いながら、横にかけていたカバンを持って教室を出る。
すると―――
「あら、まだ残られていたんですね」
ばったりと、段ボールを持った楪と出くわしてしまった。
まさか、ここで三大美少女の一人と二人きりのシチュエーションができてしまうとは……二学年に上がってもそんな機会はなかったのだが、最近は多くなったような気がする。
「まぁ、時間潰しでな。そっちは……生徒会か」
「はい、そうですよ。といっても、備品を運ぶだけですが」
「ふぅーん」
運ぶだけ……とは言っているが、抱えている段ボールは女の子が持つにしては大きいような気がする。
生徒会メンバーは男もいたはずだし、普通はその人間がするべきものではないだろうか?
「ちょっと、俺に貸してみろ」
「えっ? いえ、別にこれぐらい大丈夫なのですが―――」
「いいから」
俺は少し強引に楪から段ボールをもらう。
見た目相応と言うべきか、抱えた時点で「重たい」と思ってしまうぐらいのもの。
よくもまぁ、華奢な女の子が一人で持てるものである。
「よろしいのでしょうか?」
「暇だったしな、時間を潰せる機会がもらえて逆にありがたいぐらいだ」
何かをしていれば時間が経過していく。
重たいのは重たいが、運んでいる間にも時間は潰せるしこれはいい機会だと思っておこう。
(……って、流石にいい人すぎたかね?)
楪達とは極力関わりたくないと思っていたはずなのだが、ここ数日で俺も随分変わってしまった気がする。
せめて、この行いが気を引くためのものではないと理解してくれることを願おう。
そう、たまに見かける「俺が持つよ! 楪さんにそんな重たいものは持たせたくないっ! はぁはぁ……♡」と言って断られるクラスの男子達とは決して違うのだ。
「ふふっ、お優しいのですね」
「べ、別にそんなんじゃない……」
並ぶ楪が上品な笑顔を浮かべた。
この表情一つで心臓が一瞬高鳴ってしまうのだから、美少女というのは本当に恐ろしい。
「んで、これはどこに運べばいいんだ?」
「一階の空き倉庫ですね。今、そこに備品を集めておりまして……こちらが最後になります」
「ってことは、今まで運び続けてたのか。それなら、榊原とか桜坂達にでも声をかけて手伝わせりゃいいのに」
特に榊原とかはいい馬車馬になると思うぞ。
イケメンは存分に働かせて顔を疲弊でブサイクまで落としてほしい。
「久遠さん達は別件で忙しいですので。それに、あまり変な要求をされると困ってしまいますから、極力他人に任せて貸しを作りたくはありません」
「おーけー、貸し一つな」
「かしこまりました」
…………………………………………………………………Why?
「あれ、俺貸したよね?」
「はい、借りてしまいました」
「……借りたくないんだよな?」
「でも、貸してもらいました」
では、何故素直に受け取ったのだろうか?
からかってみたはずなのに、思っていた反応とは違うのだが。
「さて、竜胆さんの貸しとは一体なんなのでしょうか? ふふっ、休日にお出掛けだとワクワクしてしまいます♪」
「なんで借りた側が楽しみになるんだよ……」
先程、変な要求をされたら困ると言っていた人間の反応とはとても思えない。
俺もそこら辺の男と同じ枠組みにいる人間なのだが、やはり一度遊んだことが原因なのだろうか?
「竜胆さんは、私を見る目が違いますので。そういう要求をしないのだろうな、というのは目を見れば分かります」
「……まぁ、変な要求をするつもりはないが」
「その点で言うと、榊原さんも同じなのですが―――」
顎に手を添え、何やら考え込む楪。
すると、もう一度お淑やかな優しい笑みをこちらに向けてきた。
「竜胆さんの方が、と。私は思ってしまいます」
何が俺の方がいいのか? 主語も具体的な単語もなかったはずだが、妙に瞳へ視線が吸い寄せられる。
(別に、俺はお前に何もしてないんだがなぁ)
楪はどうして俺の評価が高いのか分からない。
yukiとしている状態ならまだしも、今の俺は単なる日陰者である。
もしかして、俺がyukiだと気づかれて―――
(まさか、な)
多々良さんに言われたせいか、妙にその問題が脳裏をよぎる。
別にバレるようなヘマはしていないはずだし、メイクをしていない俺は自分でもyukiとは似つかない。
きっと、桜坂と仲良くなった俺が興味深い対象になっているからだろう。
「着きました、こちらになります」
そう思っていると、いつの間にか目的の空き倉庫へと辿り着く。
「ありがとうございます、竜胆さん。大変助かりました」
「いいよ、別に。これぐらいはお安い御用だ」
「では、貸しを楽しみにしていますね」
「その楽しみは本来こっちのセリフなんだがなぁ」
女心はよく分からない。
とりあえず、俺は上手いこと片手を動かして空き倉庫の扉を開けた。
すると―――
「あっ、竜胆くんだ! やっほー!」
「ん? なんで竜胆が奏と一緒にいるの?」
机に座りながら手を振る派手さが目立つ可愛い少女と、原稿を片手に持つクールで綺麗な少女。
どちらも楪と同じで群を抜くほど容姿の整っている女の子。
「……へ?」
桜坂と幾田。
空き倉庫には、我が学校の三大美少女様の二人の姿があった。