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お家に行きたい

 家にお邪魔したい。

 なんて顔を近づけて言ってきたのは、我が校の三大美少女様のギャルい方であった。


「(嫌に決まってんだろ、馬鹿かお前さんは……ッ!)」

「(えー)」


 桜坂が可愛らしく頬を膨らませる。

 小声で話すために顔を近づけているからか、あざと可愛い姿に思わずドキッとしてしまう。

 かといって、家に来るなど許可できるはずもない。何せ、俺の家には女性ものの服やコスメなどあるし、姉さんと鉢合わせて余計に話がこじれてしまいそうだから。

 それに、楪には俺がyukiの兄でkaedeの弟だという誤魔化しをしておらず、赤の他人として認識されているのだ、姉さんに会わせられるはずもない。

 とはいえ、この流れで「はい、お前はさよなら~」など心が鬼でなければ言えるわけもなく、必然的に桜坂を家に招くわけにはいかなかった。


「(でも、お友達ならお家イベントは必須だよ? 奏ちゃんとゆかちゃんのお家にも何度か行ったことあるし!)」

「(そういう発言は女の子友達かイケメンな男だけにしなさい。それに、俺の家には姉さんがいるんだ)」

「(……ハッ! じゃあyukiさんも自宅に───)」

「(すまんな、今日は家にいないんだ。あいつも予定があるからな)」


 まぁ、予定というのは急遽できた買い物の付き合いなのだが。

 というより、家にいないのは今ここにいるからである。もちろん、桜坂には言えない話だ。


「(うそうそ、いないって言うのは《《知ってる》》よ)」

「(知ってる?)」

「(あっ、ごめんなんでもないっ!)」


 はて、なんで知っていると言ったのだろうか?

 もしかして、yukiの撮影スケジュールの日を勘違いして……いや、撮影スケジュールを抑えられているのもおかしい話か。


「(でも、竜胆くんがまだ時間があるのに遊ぼうとせずに帰ろうとするからいけないんじゃん。せっかく初めて一緒に遊ぶのに)」


 疑問に思っている俺に向かってプクーっと、頬を膨らませる桜坂。

 美少女はどんな仕草でも可愛らしく映ってしまうのだから本当にズルい。

 しかし、こればかりは譲れないものなのだ。


「(いや、そもそも楪は俺の姉がkaedeだってことも知らな───)」

「私がどうかされましたか?」

「ッ!?」


 内緒話をしていたはずの俺達の横に、端麗な顔立ちの美少女が現れる。

 そのせいで「ドキッ!」ではなく「ビクッ!」といった、なんとも男らしくない反応をしてしまった。


「先程私の名前が挙がったような気がしたのですが……」


 おかしい、かなり小声で話していたというのにどうして聞こえていたのだろうか? もしかしなくても、彼女は耳がいいのかもしれない。


「それと、何やらこれから竜胆さんのご自宅に遊びに行かれるとも」


 ……本当に、彼女は悲しいことに耳がいいらしい。

 余計なことを口走る前でよかっ───


(いや、よくねぇよ!?)


 確かに、貴重な青春が女装で塗りたくられてしまった俺にとって、美少女が我が家に来てくれるというのは嬉しいイベントだ。

 しかしながら、我が家にはモデルとして活動している際に使っていたものなどが転がっている可能性がある。

 私物は基本的に俺の部屋にしまっており、部屋にあげなければ問題はないのだろうが……可能性があるのであれば、わざわざリスクを背負いたくない。姉さんが勝手に俺のものを使って散らかしていることもあるし。

 特に楪はダメだ。彼女にはまだ苦し紛れの誤魔化しを行っていない。

 ここはなんとしても、家にあげないような流れにしなくては。


「さ、さて……次は何して遊ぼうか!」

「竜胆くんの家でゲーム!」

「竜胆さんのご自宅にお邪魔ですかね」


 いけない、この三大美少女様達はもう俺の家にしか眼中に入っていないらしい。


「桜坂……お前はまだ買い物を続けたいだろう?」

「え? もう、選んでもらって大変満足!」

「楪も、俺と親交を深めたかったんじゃないのか!?」

「ですので、是非ともお邪魔させてください」


 眼前にいる美少女様方の視線が一身に向けられる。

 榊原に助け舟を出そうとしたが、何故かスマホを弄って何処吹く風。もしかしなくても、今日無理矢理連れて来させたこと根に持っているのかもしれない。


「いや、お前ら乗り気なのはいいが……男の家にホイホイあがってもいいのかよ? 女の子だろうが」


 いくら榊原がいるといっても、相手は男の家だ。

 昨日今日話したばかりの人間の家にあがることに、女性としての危機感は必ずあるはず。

 しかし───


「わ、私は……竜胆くんなら、行きたい……かなぁ」


 桜坂は頬を染めて、何故かモジモジし始める。

 何故? 一瞬思ってしまったが、桜坂がyukiのファンだということをふと思い出した。


(そんなにyukiのいる環境に行ってみたいのか……)


 ファンだったらそういう感情もあるのだろう。

 推しの住んでいる環境とか見てみたい! と、SNSでよく見かけるし、この反応は当然なのかもしれない。

 故に、俺の家に行きたがる理由は理解できた。

 かといって、それでも俺の家にあげるかどうかは別の話ではあるが。


「それに、私は竜胆くんと仲良くなりたい……」

「ぐっ……!」


 上目遣いで放たれた言葉。

 家に遊びに行くというのは、友達だからこそできるものだ。

 yukiのファンで、女装しているとバレるリスクが一番高い人間とはいえ、真っ直ぐに「仲良くしたい」と言われてしまえば中々言い返すことができない。

 最近、似たようなことがあったような気がする。そう、幾田の時とか───


(女装している姿とはいえ、俺って実はファンにはかなり弱いのか……?)


 本当にモデル業が板についてきたような気がする。

 無下にはできない発言を受けて思わずため息をついてしまうと俺は、視線を楪の方へと向けた。


「じゃあ、楪は───」

「……………………」

「……って、楪?」

「あっ、申し訳ございません」


 楪が我に返ったような反応を見せる。

 頬を染めた桜坂を何やら見つめていたが、どうしたというのだろうか?

 そんな疑問を他所に、楪はお淑やかな笑みを浮かべる。


「私は、単純に《《竜胆さんに興味があるから》》ですよ」

「うーむ……」


 そんなに男の家に興味があるのか?

 別にエロ本も今のご時世はパソコンの中とかベッドの下とかにあるわけでもないし、特段珍しいものは……いや、確かに俺の部屋はほとんど女性ものの服とコスメとバッグしかない。男の部屋としての珍しさは極まっているだろう。


(っていっても、楪は俺がyukiだということは知らないし)


 もしかしなくても、一度も男の家にお邪魔したことがないから行ってみたい、というのかもしれない。

 彼女と同じ学校になってから浮ついた話は聞かなかったことから、そういう交流もなかったのだと推測できる。

 これが折角のいい機会……なんて思っていても不思議ではなかった。


「あ、でも本当に嫌だったら諦める……から」

「ぐっ……!」

「仲良くはしたいけど、本気で迷惑をかけたいわけじゃないし」


 上目遣いから放たれたこの言葉。

 ここでキッパリ断るのが普通……ではあるのだが、何故か桜坂を見ていると「悲しませたくない」と思えてきてしまう。


(本当に押しに弱ぇ……)


 俺は思わず大きくため息をついた。


「……少しだけだぞ」

「やったー! ありがと、竜胆くんっ!」

「じゃあ、僕が竜胆の家までナビするよ」

「重ね重ねでありがとうー!」


 桜坂と榊原が俺の前を我先にと歩いて行く。

 その後ろ姿は、もう決定事項とでも言わんばかりに迷う素振りがなかった。


(はぁ……せめて姉さんが家にいませんように)


 姉さんがいたら、楪にも同じ誤解をしなければならないからな。面倒なことになりませんように。



 ♦♦♦



(※奏視点)


 ───やはり、久遠さんにとって竜胆さんは特別な人のようです。


(あの表情……)


 仮に友達と思っていても、友好関係にある人にあのような顔はしないでしょう。

 しかしながら、久遠さんと竜胆さんは私の知る限り付き合いは昨日今日ぐらいのもののはず。

 一体何故? 竜胆さんは、久遠さんにとってどのような人物なのでしょうか?

 そして、今まで男性に興味のなかった久遠さんを惹き付ける何かとは、どのような───


(あら、いけませんね……)


 綻んでしまいそうになった口元を手で押さえます。


(思った以上に、興味をそそられているみたいです)


 私は久方ぶりに味わった感情に高揚感を覚えながら、三人の背中について行くのでした。

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