5.彼女の過去(2)
奈菜に拉致されてから数分後。
かなは大学の校門近くにある、学生会館内のとある部室前にいた。
今目の前にある茶色の扉には「学生委員会」と表札があって、曇りガラスで出来た壁の前に置かれている机の上には、『新入生大募集中!!』と書かれたホワイトボードが壁に立てかけるようにして置かれている。
そんな茶色の扉に生えたドアノブに手をかけた奈菜は、
バァーンッ!
何の躊躇もなしに、勢いよくその戸を開け放った。
「ハロハロみなさーん!新しい子が来たよー!」
奈菜はかなの右手を半ば引きづりながら部屋に入ると、相変わらずのハイテンションでそんなことを叫ぶ。
だが部屋の中には先輩であろう男子学生が一人しかおらず、その彼は部屋の隅にあるパソコンで何か作業をしていた。
突然音がしたことにびっくりしたのか、両肩を少し強張らせ、ゆっくりとこちらに冷たい視線を向ける。
「はぁ」
男子学生は漏れ出たようなため息をついた。
続けて第一声に口にしたのは、
「また拉致ったのか」
まるで前にも同じことがあったかのような、ほぼ断定的な一言だった。
「もぉ、人聞きが悪いなぁ。たっくんは私のことなんだと思ってるの??」
「バカでドジなイカれポンチ野郎」
「酷いッ!」
奈菜はショックと言わんばかりに、その場でわざとらしくうな垂れる。
だがそんな気にする素振りから一転、
「っていうか、今たっくん一人?」
素直な疑問が奈菜の口をついてでた。
「ああぁ、昨日お前が経費で買っちまった電子レンジの処理をどうしようか考えてたところだ」
男子学生が忌々し気な視線を向けた先には、一台の立派な電子レンジがあった。
本体正面はワインレッドベースで、他は黒を基調としたシンプルで高級感があるデザイン。とはいっても、電子レンジの割にはそのボディは大きくてメニューボタンの種類がかなり多い。ボタンの上には、スマホの画面くらいの液晶画面まである。電子レンジというよりも、どちらかといえばオ電子オーブンと言った代物だ。
明らかに見た目から高価なものであるのは、間違えないだろう。
先ほどこの男子学生は、“経費で買った”と言っていた。
そもそもかなは、このサークルが何をしているのか全く分からない。
だがそんな彼女でも、この電子レンジがこのサークルに必要ないものであることは、なんとなく察することができた。
「えっ?普通に経費で落とせばいいじゃん」
なんてことない調子で、奈菜は言う。
男子学生は自分のこめかみ付近を手で押さえると、
「一台10万もする電子レンジをどうやって経費申請すればいいんだよ、アホ……」
呆れているのか、沈んだ口調でその男子学生は言った。
「普通に経費計上すればいいじゃん」
「会計監査にどう説明するつもりだ?」
「電子レンジ買いました、じゃだめ?」
「だめに決まってるだろ」
「嘘っ⁉︎」
キッパリと言われ、奈菜は驚きで顔を顰めた。
「っつか、弁当温めるだけでなんでこんな余計な機能もいるんだよ……」
「だってぇ、店員さんはこれがおすすめだっていうから……」
モジモジと身体を揺すりながら、説教中に言い訳する子供のような仕草で言う奈菜。
その様子を見た男子学生は、頭痛でもするのか額を手で押さえる。
そして顔を上げながら恐る恐ると、
「一応聞くけどお前、変なマルチとか宗教なんか入ってないよな?」
真剣な声音で、奈菜にそう問いかけた。
「バカにしすぎでしょ!そんなわけないじゃん!」
「はぁ……、まぁコイツの処理はとりあえずいい。それより、後ろにいるその子は?」
男子学生は視線をこちらに向けると、奈菜にかなの説明を促した。
「この子は戸石かなちゃん!国際学部の新しい子だよ!」
ようやく二人の間に入れるタイミングを得られたかなは、
「国際学部1年の、戸石かなです」
無難な軽い自己紹介をした。
「俺は情報処理学部2年の黒崎拓也。会計担当してる。よろしく」
「よ、よろしくお願いします……」
少し剣を感じる彼の対応に、上級生ということもあって、かなは緊張が強まる。
そんなかなの様子はお構いなしに、
「っていうかお前、学生課の用事はもう済んだのか?」
拓也は奈菜に問いかけた。
聞かれて元の用事を思い出したのか、
「え、あっ!すっかり忘れてた!」
奈菜はハッとした様子で叫んだ。
どうやらこの先輩は、相当な天然キャラらしい。
「お前、、、新入生拉致って来ただけじゃねーかよ……」
拓也はそんな相変わらず奈菜に、呆れ口調で言った。
「人聞きの悪いこと言わないの!とりあえず行ってくる!」
奈菜は慌てた様子で、部室の扉に手をかけた。
「えっ、ちょっ……」
反射的に口から静止を促す言葉を漏らしたかなをよそに、
「かなちゃんはゆっくりくつろいでてねー!」
奈菜はそうとだけ言い残して、部室を出ていってしまった。
今ここにいるのは、かなと、無愛想そうな怖い男の先輩だけ。
呆然と立ち尽くしていたかなに、
「まぁ、気まずいかもしれないけど、とりあえず座ったらどうだ?」
拓也はそう声をかけた。
とりあえず立ちっぱなしもなんだったので、
「は、はい……、失礼します」
かなは彼に促されるがまま、遠慮なく目の前のテーブルの前の椅子に腰をかける。
あまりにも表情が硬く見えたのか、
「そんな畏まらなくていい。お茶のむか?紅茶しかないけど」
無愛想な口調で拓也はそう勧めてきた。
恐らく彼なりのもてなしなのだろう。
せっかくのご厚意を断るのも悪いと、
「それじゃあ、いただきます」
かなはできる限りの笑みを見せながら答える。
拓也は椅子から立ち上がりながら、
「分かった」
短くそう言うと、反対の壁際に置かれた紙コップとティーバッグの袋を一つ手に取った。
コップにティーバッグを落として、すぐ隣に置かれている電気式のポットに手を伸ばす。
すでにポット内は沸いていたらしく、お湯がコップに注がれていくにつれて湯気の量が増えていく。
この間も二人の間には、何一つ会話はなかった。
今はお湯が滴る音と掛け時計の秒針の音だけが、ただ部屋の中に響いている。
どことなくかなが気まずさを感じていると、
「ほらよ」
目の間に綺麗な琥珀色の液体が満たされたコップが置かれた。
立ち上る湯気は華やかながら軽い渋みを感じられて、紅茶らしい香りがかなの鼻孔をくすぐる。
「砂糖とミルクはお好みで」
目の前に置かれたおしゃれなかごの中には、スティックシュガーとコーヒーフレッシュ、そしてプラスティック製の使い捨てマドラーが数個づつ入れられていた。
「ありがとうございます。いただきます」
かなはそう礼をいいながら、スティックシュガーとマドラーを一本づつ手に取る。
砂糖をいれてマドラーで軽くかき混ぜると、少し渋みが混じった香りが少しマイルドになってきた。
程よくかき混ざったところで、かなは一口紅茶に口をつける。
もともと紅茶が持っている渋みと香りが、後で加えた砂糖のおかげでより甘く華やかなフレーバーとなって舌に広げていく。
もちろん甘いだけではなく、後になって紅茶の程よい渋みが鼻から抜けていくのを感じて、
「美味しい」
思わずそんな一言がかなの口をついて出た。
すると正面から、
「一応聞くけど、戸石さんはもうここに入る気なのか?」
拓也がストレートにそう尋ねてきた。
あまりにも急なその質問にかなは、
「いえ、さっきの先輩に急に声掛けられて断りきれなかったというか……」
そう簡潔に答える。
「ってことは、やっぱり奈菜のやつに半ば強引に連れて来られたのか?」
「そんな感じです」
「はぁ……」
どこか落胆の色を感じるそのため息に、かなはとっさに、
「あっ、でもちょうど私、何かサークルとかには入ろうかなって思っていたので、いい機会になってるっていうか」
どこか言い訳交じりのフォローを入れた。
でもこれがフォローの一言だと見透かされたのか、
「別に気を遣わなくていい」
拓也はきっぱりとそんなことを言う。
そして続けざまに、
「っていうか、俺もアイツに強制連行されて此処に入った身だしな」
さらっとそんな予想外なことを言ってきた。
「えっ、そうなんですか?」
「あぁ」
拓也は短く肯定する。
ここでかなは今の会話の流れで、本当なら拓也が考えを変えてここにいる理由を聞くのが自然なのだろう。
だがかなは、あえて話の腰を折ってしまうことを分かっていながら、
「あの、そもそもなこと聞いてもいいですか?」
拓也に疑問をぶつけることにした。
「なんだ?」
「このサークルって、何をしてるサークルなんですか?」
そう、そもそもかなはこのサークルが一体どう言う組織なのかを、誰からも聞かされていない。
分からないことは、早めに聞いておくのが無難だろう。
そんなかなの疑問に拓也は、
「あいつ、何も伝えてねぇのかよ……」
またも頭を抱えながら、ゲンナリとした声音で呟いた。
自分の発した一言で機嫌を損ねてしまったように感じたかなは、
「ご、ごめんなさい……」
別に悪いことを言ったわけではないにも関わらず、反射的にそう謝っていた。
どこか申し訳なさそうなかなの様子に気づいた拓也は、
「あ、いやっ、別に戸石さんのことじゃない」
どこかバツが悪そうに、かなの非を否定する。
「ここは学生委員会。まぁ高校とかまでの生徒会みたいな組織だよ」
簡潔で分かりやすく、拓也は答える。
大体の活動内容を察することができたかなは、
「な、なるほど……」
紙コップから伝わるお茶の温もりを感じながら、とりあえず今自分がいるところを理解した。
ついでとばかりにかなは、
「他の1年生で、もう入部希望者はいるんですか?」
世間話程度にそう拓也に尋ねる。
「いや、戸石さんと同じ感じで奈菜のやつがみんな強引に連れてきて、それっきりって感じだな」
「そうなんですね……」
「あぁ」
会話が終わってしまった。
またも沈黙が二人の間を流れる。
気まずさを紛らわせるために、かなは手元の紅茶を一口飲むと、
「さっき戸石さんを連れてきたアイツ、実はアレでもここの委員長なんだ」
またかなり意外な一言が拓也の口から出てきた。
「えっ!?」
「びっくりしたか?」
「はい、色々と意外でした」
「俺も最初は、アイツが委員長なんて向いてないって思ってたよ」
拓也は自前のものであろう、デフォルメされたクマのキャラクターが描かれているカップに口をつける。
お茶を飲んで一息つくと、
「でもアイツ、意外と仕事はできるんだ。常識に欠けるところも多いけどな」
奈菜の意外な一面とそんな一言を加えた。
特に後半の一言に対してかなは、
「あはは……」
と苦笑いをするしかない。
でも、拓也の奈菜に対する認識を、かなはある程度ここで理解できた気がした。
「信頼してるんですね」
「悔しいことにな」
かなの一言に拓也は否定しない。
「俺とアイツは昔からの腐れ縁で、幼稚園くらいからずっと長いこと一緒なんだよ」
「幼馴染だったんですね」
「そういうこと」
どこか感慨深そうな表情を浮かべながら、拓也は続けた。
「人の上に立って何かするとか想像もできなかったけど、アイツ結構人望もあるし、俺と違って人当たりがいいからな」
「……」
これまた反応に困ることを聞いてしまい、あまりの気まずさにかなは押し黙る。
かなの様子で察したのか、
「悪い、自虐が過ぎたか。気にしないでくれ」
またバツが悪そうに拓也は謝った。
「まぁそんなアイツだから、委員長やれてるってのはあると思う」
「そういう、事だったんですね」
かなは最初、二人のやり取りを見て疑問に思っていた。
何故この先輩は、あんなめちゃくちゃな学生とかかわり続けているんだろうかと。
でも彼が言ったさっきの一言で、かなはおおよそ理解できる気がした。
この先輩は、奈菜のことを何だかんだ言いながら信頼している。
昔から一緒の時間を過ごして、かながまだ見たことない顔も全部知っているのだろう。
かなも海斗という幼馴染がいて、初対面の人には分からない彼の良さを知っている。
この先輩と自分は、どこか似ているところがあるとかなは感じた。
そして彼は、奈菜に対して幼馴染という関係以上の気持ちがあるのだろう。
初めて会ったばかりのかなが分かるくらいに、この先輩は恋愛に対してとても初心らしい。
そんなことを考えながら呆けているかなに、拓也はまた勘違いして、
「すまん、つまらない話しちまったな」
またやりずらそうな表情で謝る。
そんな彼にかなは自然な微笑みを浮かべながら、
「いえ、そんなことないです。むしろなんだか、ほっこりしちゃいました」
「ほっこり?」
「はい、ほっこりです」
「意味が分からん」
「ふふっ」
いつの間にか先輩との会話を楽しんでいた。
そしてふと、かなは真剣な表情を浮かべると、
「一つ聞いてもいいですか?」
「ん?」
「ここで私は、何かできることはあるんでしょうか?」
そんな取り留めもないようなことを聞いていた。
かなは今までの学生生活で、生徒会のような組織で人をまとめるような経験をしたことがない。
それどころか、責任の一端を担った仕事をする経験自体があまり無かった自分が、大学バージョンの生徒会というこのサークルで、一体何ができるのだろうか。
勧誘を受けて入部したとしても、結局そこで自分が何もできないサークルのお荷物になって、迷惑をかけてしまうのは申し訳なくてしかたがない。
もし少しでも期待されていて裏切ってしまうくらいなら、最初から入らないほうがいい気もする。
だけどそんな自分でも、この場所に居てもいい理由があるのであれば……。
かなは心のどこかで、いつの間にかそんなことを気にするようになっていた。
そんなかなの疑問に対して、
「戸石さんがいうできることっていうのが、具体的に何なのかは分らんけど―――」
拓也はお茶を一口飲んで「ふぅ」と一息ついた後、
「まぁ、それを見つけるきっかけはいくらでもあるんじゃねーの?イベントの企画とかで人と関わる機会は多いし」
なんてことない口調で言う。
あまりにもあっさりしたその答えに、かなは思わず、
「きっかけ……、でいいんですか?」
拓也にそう聞き返していた。
「私、別に生徒会で活動した経験もないし、何もわからないから……」
「別にそれでいいんだよ」
「ほんと、ですか……?」
「俺だってここ来るまでそういう経験はなかったし、大体ここはそんなお堅い場所じゃないから。それに―ーー」
「それに?」
拓也はまたお茶を一口飲んで、一呼吸置くと、
「会長が会長だろ? アイツがいるから、大丈夫だ」
少し優し気な表情を浮かべて言った。
そんな彼の答えにかなはクスっと笑って、
「確かに、そうかもしれないですね」
彼のちょっとした冗談に同情した。
「一応言っておくけど、ここに入ることを強制するつもりはないからな。他のサークルも見て、考えてみるのもいいと思う」
相変わらずこの先輩は、口調とその表情からぶっけらぼうとしていてとっつきづらい人だ。だけど彼のその一言からかなは、自分のことをちゃんと考えて言ってくれている優しさが感じられる。
そんな不器用な彼にかなは、
「そうですね、ありがとうございます」
持ち前の笑顔を自然と彼に向けて言った。
拓也はかなの眩しいくらいの笑みに、少しドキッとした様子だったが、なんてことないかのようにいつもの様子にすぐ取り繕っていた。
そんな彼に気にすることもなく、かなはコップに口をつけて、既に冷めきったお茶を飲み干す。
壁に掛けられている時計を見てみると、なんだかんだ20分以上が経過していた。
すっかり緊張が解けたかなは、ついでに少し気になっていたことを拓也に聞いてみることにした。
「それともう一つだけ、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「先輩と奈菜さんって、その、やっぱり付き合ってたり?」
「ち、ちげぇーよ!」
拓也は急に席を立ちあがると、全力で否定しながらそう叫ぶ。
あまりにも分かりやすいその動揺っぷりに、かなは驚きで思わず身体を背もたれに仰け反らせた。
危うく椅子から落ちそうなところを、ギリギリのところで何とか持ちこたえる。
一方の拓也はそんなかなの状況など気にした様子もなく、
「そもそも俺とアイツは、ただの幼馴染っ!だからそんな気持ちなんてこれっぽっちもない!」
かなの顔前で捲し立てるようにように言ってきた。
そんな彼の様子に、
「プッ」
かなは思わず吹きだす。
「な、なんだよ……」
「何ムキになってるんですか?」
「ムキになんてーーー」
「なってるじゃないですかっ」
「ッ……、戸石さん、ここにきた時とキャラ変わってねーか?」
「元々こういうキャラなんですー」
ただの怖い先輩じゃない。
一見ブッケラ坊に見えるだけで、根は幼馴染の海斗のように純粋なのだ。
なら、彼に対して遠慮する必要もないだろう。
そんなことを改めて思った刹那、
「たっだいまぁー!」
突然扉が開き、元気な声が部屋中に響いた。奈菜の声だ。
彼女のそんな一言に、
「お帰りなさい」
かなは軽い口調で返す。
「おや? 二人ともなんだか仲良くなってる?」
「別に仲良くなんてーーー」
拓也の否定を遮るようにして、
「なりましたよっ」
かなは奈菜の一言に肯定した。
そしてかなは、ここで宣言する。
「奈菜先輩、私、ここに入ります」
「はっ!?」
「えっ!?ホントに!?」
二人が同時に、驚きの声を上げた。
「ちょっ、おまっ、さっき他のサークルも色々見てからってーーー」
「それは先輩が言ったことで、私は別にここに入らないなんて言ってないですよね?」
ニッと歯を見せるように口角を上げて、かなは揚げ足をとってみる。
「お前……、言うようになってきたな……」
案の定、拓也はめんどくさそうな表情を見せながら言った。
そんな二人のやり取りを見ていた奈菜は、
「ちょっとたっくん!別に私のことはぞんざいな呼び方してもいいけど、会ったばかりのかなちゃんに“お前”はないんじゃないかなっ⁉︎ 」
ごもっともなことを拓也に指摘する。
「先輩、言葉遣い荒いですもんねー」
かなは奈菜の一言に肯定すると、二人して
「「ねーっ」」
と声を合わせた。
脇で一人だけ理不尽に悪者にされた拓也は、
「ちっ、奈菜みてぇな奴が入っちまった……」
深いため息とともに思わずぼやく。
こうしてかなは、学生委員会に入会することになった。
その後日、かなは同じ大学に合格した海斗に学生委員会に入らないかと声をかけたが、
「僕はバイトで忙しいから、ごめん、無理」
とそっけなく振られてしまった。
初めから断られることは分かっていたけど、奈菜と先輩のやりとりを見て、どこか羨ましい気持ちがあった。
あんなふうに心の底から気兼ねなく、遠慮ないやりとりをサークルでもできるとしたら、幼馴染の海斗以外にいないだろう。
でも本人が他に注力したいことがあるなら、無理強いはできない。
結局素直に引いたかなだったが、この後かなと同じ学年の新入生が何人か入会してきた。
なんだかんだ馴染めなかった人は何人か抜けしまったが、元々委員会に入っていた学生伝に他の学生が入ってきて、学生委員会の運営は賑やかに続いている。
肝心な委員会の活動は本当に生徒会みたいで、スポーツ大会や文化祭の運営を中心に、委員会のメンバーで企画から運営を全て仲間と乗り越える日々は、かなの学生生活を充実させてくれるものだった。
そんな日々を重ねるたびに、初めは警戒していた奈菜や拓也ともだいぶ打ち解けるようになり、今では奈菜と一緒に拓也をからかうようになるまで関係性は深くなっていった。
このサークルに入って、本当によかった。
入学して半年以上が経った12月の半ばには、かなは寒い会室で自前のマグカップに入れたココアを飲みながらそう感じられていた。
だが奈菜にどこか異変を感じ始めたのも、ちょうどこの頃だったかもしれない。
その異変を最初に口にしたのは、
「そういや、奈菜のやつ最近見ないな」
領収書の整理をしていた先輩だった。
「やっぱり、先輩も?」
「その様子だと、戸石もそうなのか」
「うん、連絡しても最近返信来なくて……」
かなが言った通り、ここ3週間の間、二人とも菜奈と直接会うどころか、メッセージも電話も通じない状況が続いている。
二人が最後に菜奈と会ったのは、ちょうどハロウィンイベントの打ち上げの時で、程よく酔った奈菜は、
『二人とも、また会室でねぇー』
と言いながら、彼女の保護者が運転する車に乗って別れた。
あの時は別に酔っていること以外、特に変わった様子はなかったと思う。
あの日から2、3日の間は、かなも拓也も何か別の用事とかで忙しくしているのかとも思っていたが、ここまで連絡がつかなければさすがに心配にもなる。
「先輩、幼馴染でしょ? 奈菜さんの家に行ったりしないんですか?」
「この年になって、異性の幼馴染の家に気軽に行けるかっつーの」
「ですよねぇー」
「まぁ、アイツのことだ。なんかバイトとかでも初めて忙しいんだろ」
「だといいですけど……」
割と楽観的な考えの拓也とは対照的に、かなはどこか嫌な予感がしていた。
もし何かの事故で、意識がない状態で搬送でもされていたら?
もしかすると、何か大きな事件に巻き込まれているのかもしれない。
そんなどこか虫の知らせを感じながら、かなはそれからも奈菜からの連絡を待ち続けた。
それから4日後。二人のスマホに奈菜からのメッセージが受信された。
奈菜の容体を2人が知ったのは、彼女が亡くなる1ヶ月前のことだった。