41.彼らの消去
海斗たちが走る高速道路から、はるか三百キロ以上も離れた内陸の拠点。
無数のモニタが並ぶ薄暗い部屋に、関屋の長い吐息が響いた。
映し出されているのは、たった一台だけ疾走する黒いピックアップトラック。そのほかのカメラはすべて空白で、街道にも市街にも人影はなかった。かつて膨大な営みを映していた監視網が、今はまるで廃墟の記録のように沈黙している。
関屋は椅子の背もたれに身を預け、苦笑にも似た吐息をもらす。
「やっぱり、僕には彼らを止められないみたいだね」
隣でオロオロと立ち尽くす部下――名もなき若い男が、慌てて声を張り上げた。
「ま、まだあきらめるのには早いですよ! 追跡の手は残ってますし、リーダーさえ本気を出せば――」
だが関屋は首を横に振り、淡々と遮った。
「いや、終わりだよ。計画も……僕らもね」
その声音には悔恨も憤怒もなかった。ただ、すべてを受け入れてしまった人間特有の静けさがあった。
「……どうしてそんなことを……」部下は絞り出すように問いかける。
次の瞬間、乾いた銃声が室内にこだました。
部下の胸元に、赤黒い花が咲く。目を見開いたまま膝を折り、重い音を立てて床に崩れ落ちた。
「そ、んな……」呻く声が空気の中でほどけ、すぐに消えた。
関屋は銃口から立ち上る煙を見つめながら、ひとつ溜め息を落とす。
「そんなに事は単純じゃないんだ。僕の役割は……もう既に終わっている」
冷ややかというより、疲れ切った声だった。
その刹那。鋭い風切り音と共に、関屋の頬を弾くように銃弾が掠めた。
熱と痛みに顔をしかめつつも、関屋はゆっくりと視線を上げる。
そこに立っていたのは、一人の青年――翔真だった。
右手に拳銃を構え、油断なくこちらをにらみながら歩み寄ってくる。
「ありゃりゃ。見つかっちゃったね」関屋はわざとらしく笑みを浮かべ、両腕をゆるやかに広げた。
「彼らと会っていないということは、下道で来たんだ。……正直、驚いたよ」
翔真の表情に、容赦はなかった。
「とぼけやがって。ご丁寧にそう仕向けてきたくせによ」
銃口をぶれさせぬまま近づき、吐き捨てるように問いかける。
「お前は――初めから知ってたのか?」
関屋は肩をすくめ、爽やかな調子で返す。
「何のことだろう?」
翔真の眉がつり上がる。
「ふざけるな。まどろっこしい真似しやがって」
観念したかのように、関屋は息を吐いた。
「そう怖い顔をしないでよ。僕だって、これは本意じゃなかった。ただ……与えられたプロセスを、忠実に実行しただけさ」
その声音には、悔恨とも開き直りともつかない奇妙な軽さがあった。
「やっぱり……お前が支配者か」翔真は低く言い放つ。
関屋は、彼の目をじっと見つめ、淡く微笑んだ。
「その様子だと、君も“目が覚めた”ようだね。そう……、僕らはもう、お役御免ってわけだ」
視線を横へ流す。そこには、壁際に並んだ無数のモニタ。
一つの画面には、高速道路を走り抜けるピックアップトラックの姿が映っている。
しかしその他の映像には、車も人影も、営みの残滓すら見えなかった。
「終わりゆく世界っていうのは、案外あっけないものだね」
関屋は椅子から立ち上がり、血で濡れた頬をぬぐいながら翔真に向き直った。
「さて……そんな、わずかな時間しか残されていないこの世界で――君は最期に、何を望む?」
翔真の目に迷いはなかった。
「そんなの、当たり前だろ」
引き金を引く。銃声が轟き、関屋の体がのけぞる。
「俺は……最後までお前らに抗う」
倒れゆく関屋は、その言葉を耳にしながら、どこか満ち足りたように薄く頷いた。
次の瞬間、瞳から光が失われる。
翔真は深く息を吐き、モニタに映る海斗の車を見やった。
「……今度はヘマするんじゃねーぞ、カイ」
呆れたような、それでいて微笑みを帯びた声で呟く。
やがて彼は、迷いなくこめかみに銃口を押し当てた。
そして静かに、引き金を引いた。
最後に響く銃声。それはこの空間で最後の、物質的な波動となって消えていった。




