表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幼馴染のニート更生日記  作者: やわらぎメンマ
41/45

40.彼女の精算

かなの要望で、海斗は次のPAを確認するなりウィンカーを点滅させた。


田園地帯に囲まれた盆地のパーキングエリアは、深夜の湿気を帯びた霧に覆われていた。

遠くの山影は闇に沈み、稲の穂が風に揺れるたび、青臭い匂いが微かに漂ってくる。

外灯の光が霧に滲み、輪郭を曖昧にした車列をぼんやりと浮かび上がらせていた。


ハイラックスはゆっくりと減速し、アスファルトの中央付近で停車した。

運転席の海斗は、窓の外の暗がりをしばらく見つめていたが、やがて短く息を吐き、後部の荷台に声を掛ける。


「……着いたよ」


鉄板をノックする音が響き、かなが身を乗り出した。

その手には、沙耶のスカートのポケットから取り出したスマホが握られている。


「ねぇ、カイ君。ちょっとここで休憩しない?」

そう言ってかなは、海斗に荷台に移動するように促す。


「え、トイレは?」

「デリカシーない事言わないの」


要領を得ないやり取りに、海斗は解せない気持ちを抱きながらも車を降りた。

荷台にはかなと、既に冷え切った沙耶の亡骸があった。

かなが気を利かせたのか、気持ちばかりハンカチで彼女の顔が覆われている。

海斗はその光景に、思わず目の奥が熱くなるのを感じた。


かなもつられそうになるが、ぐっとこらえて「はやく」と促す。

海斗はためらいつつも、荷台に乗り込んだ。


「ねぇ、カイ君」

何処か張り詰めたような空気が流れる。

海斗も緊張を帯びた声音で「なに?」と聞き返す。


「もし私が、命がけでカイ君の中から私の記憶を消そうとしてたら、どうする?」

「えっ?」


困惑の色が浮かぶ海斗に、かなは言葉を継いだ。

「ごめん、言い方を変えるね」

「私が存在しない世界で、私を知らないまま生きてほしいって言ったら、受け入れてくれる?」


「そんなの、絶対に嫌だよ!」

即答だった。


「そうだよね…」

かなは小さく笑う。

「なんでそんな悲しいこと言うの……? もしかしてここまできて、ナイーブになってる?」

「そうじゃないの。これは現実の話」

「分からない……。分からないよ……」


「そうだよね。だからちゃんとわかるように教えてくれる人がいるから、その人から聞いてほしい」


かなは沙耶のスマホのボリュームを最大に設定し、画面を海斗の前に差し出す。

そこには、先ほど夢で見た“もう一人のかな”が、淡い靄を背景に静かに佇んでいた。


「こんばんは、カイ君」

「えっ……?」


スマホ越しにもう一人のかなが映っている。

「訳が分からないって顔だね。それも当然か」


海斗は隣のかなを見るが、彼女は目を閉じたまま、まるで人形のように動かない。

「……かな? ねぇ」


「無駄だよ。今そっちの私は、時の流れが一時的に止まっている状態だから」

海斗は腕時計に目をやった。

秒針が動きを止めている。虫の声も途絶え、空気は凍り付いたように静まり返っていた。


「……これって、君の仕業なの?」

「そう」


影のかながゆっくりと告げる。

『これから、本当のカイ君の記憶を返すよ』


胸が高鳴る。息が浅くなる。

「……本当の記憶?」

『そう』

「どういうこと?」

『そのままの意味だよ』

「それって、どうやって……?」

『この画面を、よく見て』


画面は徐々に変化し、夜空を思わせる黒の中に星々のような光点が浮かび上がった。

光はゆっくりと渦を描きながら回転し、そのたびに低く短い音が規則的に響く。

耳の奥を侵食するモールス信号のようなその音が、やがて視界を白く塗りつぶしていく。


次の瞬間、海斗の意識は――暗転。

フリーズしたパソコンが強制終了するように、全ての感覚が闇に落ちた。


遠くから、かなの声が呼ぶ。

「カイ君……カイ君ッ!」


海斗ははっと息を吸い込み、目を開けた。

現実の感覚が戻ってくる。同時に、ここが夢だという理解が胸に広がった。

だがこの世界での記憶も、確かに存在している。


「カイ君、大丈夫?」

「……二人のかなが居て、変な感じ」


『目が覚めたみたいだね』

影のかなの声がスマホ越しに再び響く。

今度は淡々とした口調で続けた。


『この事実を知った日の出までに、この夢を終わらせること』

海斗は息を呑む。

『条件はひとつ――“二人が夕陽を見た場所”に行くこと』


「……夕陽?」

かなが眉を寄せ、海斗を見る。

「そんなの、どこかなんて……」


だが海斗の表情は、迷いを含んでいなかった。

胸の奥に、誰にも話したことのない光景が、唐突に蘇ったかのようだった。

目を細め、小さく頷く。


『そこで日が昇るまでの間に“果たせなかった約束”を果たすこと。これが、条件』

画面越しの彼女は、感情の起伏なく淡々と口にした。


「約束……?」

かなが問い返すが、海斗は答えなかった。

その沈黙が、かえって何かを確信していることを示していた。

かなの胸に、焦りと不安がじわじわと広がる。


「ねぇ、何それ……!」

だが海斗はスマホを静かに返し、運転席に戻る。

かなも慌てて助手席に乗り込んだ。

沙耶のスマホは、力尽きたかのように画面が真っ暗になっていた。


エンジンがかかる。

ハイラックスは闇の中へ滑り出し、再び高速道路を北へ駆けた。

夜はまだ深く、目的の場所までは百キロ弱。

霧は濃く、進むほどに視界は狭まっていく。

それでも海斗の手は、わずかな迷いもなくハンドルを握り続けていた

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ