3.彼女たちの今
事件発生の連絡を受けてから、1時間くらいがたった頃。
先輩の警察官が運転するパトカーの助手席で、かなはただボーッと車窓に流れていく景色をサイドパネルに頬杖をつきながら眺めていた。
とはいっても、別に新鮮味がある景色というわけでもない。
窓の先にある景色は、幼い頃から馴染みのあるつまらない光景だ。
「相変わらず、のどかだなぁ……」
今日の天気は、この地域では珍しい快晴だ。
だいぶ久しい雲一つない空と昔から変わらない車窓の景色に思わず声を漏らす。
そもそもかなの地元は、海と山に挟まれた広大な平野の中心部に位置している。
日本で屈指の米所と言われているこの一帯は、夏のこの時期になると稲の背がだいぶ伸びて青々と茂っている頃だ。今年もおおむね例年通り、この時期らしい青々とした田園風景が広がっている。
だがそんな田園のところどころには、たまに早い稲が既に実の部分が付き始めている区画があって、まだ夏の終わりも見えないのに薄っすらと秋の兆しを感んじられた。
あと数時間もすると、夏らしい暑さが本気を出し始める。
一体この稲穂たちは、涼しくなるころまでここにいるのかな。
なんてことをかなが考えていると、
「おい戸石、一応周りはしっかり見てろよ」
あまり歳の差がない男の声が座席の右横から割り込んで、彼女の余韻を覚まさせた。
仕事中である現実に引き戻されたかなは、
「はいはい」
と、どこか投げやりに言う。
「“はい”は一回でいい、馬鹿たれ」
あまりにもストレートな男の物言いに、
「なっ⁉︎ ば、バカとは失礼なっ⁉︎」
クワっと運転席に身を乗り出しながら抗議した。
「おまっ、バカっ!!」
本当に驚いた様子の男性警官は、わずかにハンドルを右に切ってしまった。
車は一瞬で安定性を失って、身体が瞬間的に左側へよってしまう。
それとほぼ同時に、男性警官は咄嗟の判断でハンドルを左に切って、何とか車の軌道を元に戻した。
幸い対向車線に車はなく、パトカー自体も対向車線にはみ出ることもなかったので、軽く車がフラつく程度で済んだようだ。
再び安定した状態の車内で二人は思わず、「ふぅ」と緊張で身体に溜め込んだ空気を吐き出すように、安堵の吐息を漏らす。
「お前、マジで今のはヤバかったぞ……」
「先輩がバカっていうからじゃんっ!」
「言い訳しないでちっとは反省しろよ……」
「それは、ちょっと……、ごめん……」
何も言い返せず、かなは顔をうつむかせて反省の色を浮かべる。
そんなかなの様子を横目で見た男性警察官は、どこか諦めのこもった溜息を溢した。
「お前、やっぱ大学時代から何も変わってねーな」
「先輩だって、大学時代からお堅い正確なのは昔のままじゃん」
先輩。そうかなが呼ぶ男性警察官は、軽く表情を強張らせると、
「いや、絶対お前らが適当だっただけだ」
少しムキになって話題を反らしてきた。
そんな彼の言葉に、かなは少し切な気な表情を浮かべながら、
「お前"ら"って、奈々先輩のことですか?」
ハンドルを握る男性警官に確認の意を込めて問いかけた。
一方の彼は、目線を正面のフロントガラスの先に向けたまま、
「はぁ……」
と、ただため息をつく。
彼のその目は、どこかほんの少し切な気だ。
「あれから、もう3年か」
男性警察官は投げかけられた問いを答える代わりに、そんなことを口にする。
かなは彼のそんな一言に、視線を助手席側の窓の外に向けて、ただ静かに頷いた。