34.彼らの決意
海斗たちが倉庫を脱出して、わずか数分後。
二人は直感に従い、海岸線とは反対の内陸方面へと足を向けた。
逃げるといっても、明確な目的地があるわけではない。
これまでずっと、見えない敵から逃げ続けてきた。
元はといえば、ただ漠然と小遣い稼ぎをしていただけの海斗たち。
しかし、相手は本気で裏社会の市場独占を狙っていた。
その追手は常に数手先を読み、まるで二人を掌で転がすかのように動いていた。
すでに彼らの影響は、国家の秘匿組織にまで及びはじめている。
そんな無茶な現実を、海斗と翔真は、つい先ほど一人の女子高生の裏切りによって突きつけられたばかりだった。
「……想像以上に、ヤバいことになったな」
珍しく不安げな小声で、翔真がつぶやく。
海斗は小さくうなずき、
「黒崎さん、大丈夫かな……」
ただ死を待つだけとなった男の身を案じた。
「少なくても、あの女に何かされることはないだろ」
翔真は少し苛立ったように返す。
「そう、だけど……」
それでも海斗の胸の底から、不安は消えない。
自分が招いた事態のツケを、意味ある人間に背負わせてしまった。
罪悪感と自己嫌悪がまとわりつき、振り払えなかった。
「海斗、いい加減腹くくれよ」
苛立ちを押し殺し、翔真は静かに言い放つ。
「……ごめん」
海斗は煮え切らない声で謝る。
翔真は深くため息をつき、現実に意識を向け直した。
「とりあえず、東京で仕切り直しだ」
「そうだね……。電車使う?」
「そうだな。さすがに奴らも、この人混みの中からは見つけられないだろ」
少し迷いを含んだ声で言い、翔真は視線を前へ向けた。
その瞬間、彼の表情が一気に凍りつく。
何事かと、海斗も同じ方向を見た。
眩い光に包まれた都会的な駅舎。行き交う大勢の人々。
初めて見るはずの光景だが、これがこの街の「日常」なのだろう。
だが、しばらくして――海斗も違和感に気づく。
見知らぬはずの景色の中に、見知った顔があった。
「あれって……」
呼吸が止まる。数十メートル先の人影から、目が離せなかった。
見覚えのあるミディアムショート。人懐こそうな笑みの似合う、かわいらしい美人。
腐れ縁がなければ、海斗とは無関係であったはずのその人物は、
まるで誰かを探すように周囲を落ち着きなく見回していた。
「なんで、かなが、ここに……?」
そこにいたのは、幼馴染のかな。
その刹那、彼女はスマホを耳にあてがった。
驚きを隠せないのは、隣の翔真も同じだった。
「なんでアイツが、こんな所に……。カイ、まさかお前――」
「いや、言ってないよ!」
海斗は即座に否定する。
翔真とかなは昔から犬猿の仲だった。理由は分からない。
海斗はいつも、その板挟みになってきた。
どちらの味方をすることもなかった。
二人とも大切な幼馴染で、心を許せる数少ない同年代の仲間だったからだ。
だからこそ――海斗は願望を口にしてしまう。
「でも……僕、かなに会いたい」
「待て待て!お前正気か!?」
翔真は慌てて制止する。
「アイツ、大学出て警察行ったんだろ? しかもまだ巡査なら、末端の警官がここまで来るのはおかしいだろ」
「何が言いたいの」
苛立ちを帯びた目で海斗が睨む。
翔真は臆せず告げる。
「言っただろ、腹くくれって」
「それとこれは違う!」
翔真は落ち着いて説得を続ける。
「考えてみろ。もしアイツも奴らの仲間だったら? 幼馴染って立場を利用して、お前を利用しようとしてきたら?」
「違う! かなはそんな人じゃ――」
「忘れたのか!? 今の俺らは、すべてが敵だ!」
それでも海斗は諦めなかった。
今までの人生で、こんなふうに譲らなかったことはなかったかもしれない。
「それでも……僕は、かなに会いたい」
声がかすれているのが、自分でもわかった。
ただの願望だ。意味なんてない。
それでも抑えられなかった。
翔真は黙って海斗を見つめ、そして小さくため息をついた。
「……分かった。もう好きにしろ」
海斗はうなずかず、ただ足を前に出した。
雑踏の向こう、翔真の背中が少しずつ小さくなっていく。
だが呼び止めようとは思わなかった。
視界に映るかなに、意識は吸い寄せられていく。
(どうして……こんなところに)
責める気持ちはなかった。
ただ戸惑っていた。現実感がなかった。
夢を見ているような、信じられない光景。
海斗は覚悟を決め、駅前の支柱に立つかなへと歩み寄る。
ミディアムショート。少し猫背で、落ち着きなく周囲を見回す様子も変わらない。
(本当に……かな、なの?)
今朝会ったはずなのに、置き去りにしてきた記憶が一気に押し寄せる。
声、匂い、笑顔。
一歩ごとに胸の奥で膨らんでいく。
信じたいとか、守りたいとか、そんな大げさなものじゃない。
ただ会いたかった。会いたかっただけだ。
結果がどうなろうと、今だけは――
かながふと、こちらを向いた気がした。
海斗の心臓が跳ねる。
目が合った……ような気がした。
時間が止まったようだった。
気づけば海斗は、おずおずと名前を呼んでいた。
「も、もしかして……かな……?」
かなり期間が空いちゃいました。
自分が書いている小説なのにもかかわらず、別のストーリーにも浮気しつつあります。
ですが、この物語のゴールは少しずつ見えてきたので、今年中には完走できるようにしたいと思っている所存です。
全体的にダラダラとしたところもあったので、この物語を執筆し終えたら、大きく校正してまとめたいと思います。
面白味がまだないところかと思いますが、楽しんでいただけている方がいる限り、頑張って執筆していきます。
リアルとの両立に苦戦しているこの頃ですが、とりあえず頑張って形にしていきます。
拙い表現も多いかと思いますが、引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです<(_ _)>




